モンスター食堂のギルドマスター

古森きり

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故郷へ【後編】

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「すんげー時間の無駄」
「そ、そういう事言うな!」

なんて事を言うんだこいつは。
ぷんすこ怒って指差して怒るが、冷徹な眼差しで睨み返されてすごすご指を下ろす。
ショコラは忠直の背中にしがみ付いたまま、まだピィピィと泣いていた。
その切ない声に、また泣きそうになる。

「じゃあ異界へ落っこってもらう」
「お⁉︎」

今落っこちるって言った?
涙が引くほど驚いて聞き返す。
するとやはりさも当然とばかりな「当たり前だろ」が帰ってきた。
いや、異世界の常識など知らん。
例え異世界関係者にとってそれが当たり前でも忠直はど素人。
それが常識とか知らん。

「いや、普通考えて下に出来た穴を通ったら落ちるだろ。マ◯オの土管じゃあるめーし」
「そ、そういうもんなのか⁉︎」
「俺はそんなヘマはしねーけど」
「…………」

さようですか。

「さっきから言ってるだろ、異世界がまともなはずがねーんだよ。この世界の常識なんざ通じるか。海外と似たようなもんだからな」
「ふ、不安になってきた……、ちょ、ちょっといきなり墜落死とか、そんな事にならねーよな?」
「知らねーな」
「おおい!」
「さっきも言ったがあっちでテメェが死ぬならそれは俺じゃなくてそこの鼻水垂らしたドラゴンの責任だ。飛行系の道具が欲しいっつーなら別売り! 別料金発生!」
「せ、せこっ⁉︎」
「ハッハー! せこいわけあるか、商売だ! 言っておくが俺の作るものは高性能高品質! 故に高額! 五百万だ!」
「ご、五百万⁉︎」

……なるほど、この高額な口止め料の値段も段々と理解出来てきた。
この男……最初からこの金額満額で払う気が、ない!

「て、てっめぇ、詐欺じゃねーか? そんな、卑怯じゃねーか⁉︎」
「はあ? 何の事だ? まあ、俺もそこまで鬼じゃねぇ。テメェとはどーせ金輪際仕事はしねーんだ、百万で一日レンタル。どうだ?」
「…………。レンタル、します」
「ほいよ、契約書」
「く、くそぅ!」

完全に足元を見られている。
しかし安全には代えられない。
これでまるっと四百万。
口止め料から差し引かれる事になった。
実は悪徳商人じゃないのかこいつ。
冷静になれば異世界なんて——。

「きゅう」
「…………」

いや、背中にむちゃくちゃドラゴン乗ってる。
異世界ある。
多分間違いなくある。

「展開、と腕時計に向かって叫べば足元に『凧』のような飛行補助機が展開する。急に重力を体感するからバランスを崩さないように気を付けな」
「う……わ、分かった」
「それと、飛行補助機は魔力を動力として動く。魔力ゼロのこの世界の人間は基本的に動かせないから……まあ、墜落死防止程度に考えろ」
「わ、分かった……って、待て! それじゃあ帰る時どうしたらいいんだ⁉︎」
「さあ? 自力でなんとかすれば良いんじゃないか?」
「…………」
「…………」

ほくそ笑んでいる。
口元がめちゃくちゃ歪んでやがる。
つまり、こいつは——。

「あるんだな? 浮かぶ何かが! いくらだちくしょう!」
「なかなか勘が良いな、つまらん。帰る時にピィピィ泣く様を眺めるつもりだったのに……!」
「この鬼畜野郎……ッ」

とても楽しそうにしくさりやがっている。
で、結局浮かぶ航空機も借りた。
しかし、こちらも動力源は『魔力』だという。

「……つまり俺は扱えねぇって事じゃ……」
「そうだ。レンタルで百万」
「うっ」

これで口止め料の半額は持っていかれる。
こ、姑息!

「俺に魔力供給して欲しければ二百万」
「…………」

ついに七割。
最低だこの男。
がくりと項垂れる。
顔が引きつるが、こんな事態になれば誰でも引きつるだろう。
いや、だがそれも構わないと思えた。
元より降って湧いたような口止め料一千万。
この店の土地と建物代が返ってきた、奇跡! ラッキー! 程度なものだ。
自分の金ではないのですんなりと頷ける。

「…………。分かった」
「賢い選択だな。じゃ、こっちにサインと指紋」
「くっそう!」

……それはそれとして悔しいけれど。

「きゅうぃ?」
「ああ、今準備がな、終わるとこだよ」

ショコラの背中を軽く叩く。
そして、いよいよ準備が揃った。
はず。
これ以上備える事はない……と、思いたい。
ごくん、と生唾を飲み込んで空間の裂け目——ゲートとやらの前に立った。
この先は異世界。
そして、恐らく落下が待っている。

「飛行補助機と航空機はそれぞれその腕時計にデータとして収納済だ。『展開』と言えばそれぞれが展開される。よく分からねーだろうがまあそこはこの俺が超絶天才過ぎるという事で納得しておけ。それ以上でもそれ以下でもない」
「……は、はあ?」
「それと、忘れているかも知れねーが情報収集の件も忘れるなよ。欲を出せば死ぬかもしれんが、無理なく探索すれば一割ぐらい、口止め料を取り戻せるかもしれないぜ?」
「……あ、ああ、そういえば……」

異世界の情報を収集してきて、ジークに売り払う事が出来るのだ。
その情報の内容によっては、最大百万。
値段表を思い出して「なるほど」と顎を撫でる。
ショコラのようなドラゴンがいる世界に機械科学は発展していない場合が多い、と言っていたが、飛び込んでみなければどんな世界かは分からない。
もしかしたら意外とそういう世界かもしれない。
だとしたら一気に一千万分取り戻せたりも?
なにしろ一つの情報に対して適応されるらしいのだ、これは。
例えば電子レンジ的なものが一つあり、それを持ち帰れて、この男のお眼鏡に叶えば百万円。
ふむ、そう考えると事前投資と思えば良い。
もちろん、一番大切なのは己の命とショコラの親探し。
そこまで無茶をするつもりはない。

「では、行くぞ」
「きゅううぅ……」
「あ、そうだ」
「な、なんだ?」
「初めての異世界、さぞ不安だろう? 今ならこの俺のサポートを二百万で付けられるぜ?」
「…………。どんなもんか聞こう」
「普通に通信でサポートだ。その腕時計で俺がモニターしながら色々助言してやろう。お前と違って俺は色々知っているし慣れているからな。便利だぜ?」
「…………。付けよう」
「毎度」

このギリギリのタイミング。
最も不安に駆られた瞬間。
最低だ最低だとは思っていたがとことん最低だった。
サインと指紋を同じようにまた紙に記す。

「これで口止め料は残り百万か」
「さすがにこれ以上は搾り取らねーよ。口止め料の意味がなくなるからな」
「本当かよ」
「もちろん。……長期契約する、とかなら、話はまた変わるがな。あと、そうだな、お前の人格データを俺に提供するっつーんなら五百万支払おう」
「?」

いきなりまた、今度はなんの話なのか。
怪訝な顔になったに違いない。
しかしジークは笑みを浮かべたまま。

「なんだ、人格データって。響きが普通にこえぇな」
「別に。人格データは人格データだ。テメェという人間がこれまで生きてきた結果、構成されたテメェという人間の性格だな。なかなかに興味深いと思った。……最も人格データはデータ収集が長期間に及ぶ。金輪際関わらないテメェにはあまり期待出来ないと思っていたが……今回の異世界渡航間程度の時間で収集可能な程度でも五百万は払おう。どうする?」
「…………。それ、なんに使うんだ?」
「……まあ、悪い事には使わないさ。良い事にも使わねーけど」

ニヤリ、と笑む。
だろうな、と思った。

「…………」

しかし、ショコラを置いて帰ってくるだけの間で五百万返ってくるのなら「まあ、いい、か?」とも思ってしまう。
具体的に何に使うのか。
改めて聞いてみると笑みが深くなるだけ。
怖い。
とても怖い。

「一括りにするのなら一応は『人助け』だ。一応な。ただ、テメェの人格データが加わったところで大した変化は期待出来ない。特に短期間しかデータの収集が取れないとなれば。テメェの人格全て搾り取るんけじゃねぇ。表面上だけになるだろう。まあ、それでもいい」
「うーん?」
「ドラゴン相手に子どもを守るのが大人だとかどうとか抜かすアホは興味深い……。………………」
「…………」

それだけ言って突然、不可思議な笑顔になる。
そして、沈黙。
『人助け』と言っていたが、もしや本当なのだろうか。

「その人格データ? でどんな人助けが出来るんだ?」
「むちゃくちゃ小難しい説明が八時間ほど続くが?」
「か、簡潔に」
「引きこもりを引きずり出す?」
「…………」

……なるほど、分からん。
そして、確かに自分の人格がなんの役に立つのかも、分からん。

「え、得体が知れねーのはちょっとな」
「まぁ、そうだろうな。……金で釣れるようなら……」
「ん?」
「いや、別に。それよりサポート代はもらったからな。安心して落ちろ」
「ぐっ」

やはり落ちるのか。
あまり高くない事を祈れ、と見下すようにジークに言われる。

「ふ、普通に飛び込めばいいのか?」
「そうだな」
「…………。よし、行くぞショコラ」
「きゅう」

意を決して、魔法陣の中へと足を踏み入れる。
ただの真っ黒な渦。
息を飲む。
そして、ジャンプして飛び込む。

「…………このまま破壊して終わらせてもいいんだが……」

カツ、とジークが穴へと近付く。
笑みは浮かべたまま。
このゲートを、このまま閉じれば『成人男性が一名行方不明』になるだけだ。

「……面白そうだから見守っていてやろう。やれやれ、俺も丸くなったものだ。なあ?」
『本当だね。以前の君なら二日前、初動で終わらせていただろうに。これも『愛』を知った故かな? いやはや『愛』は偉大だねぇ!』
「やかましい殺すぞ。……そうだ、ついでにアイツの人格データは収集しておけよ。……ドラゴン相手に『子どもを守るのが大人だ』なんて言い出す馬鹿、見逃す手はねぇ」
『せっこ。……ちゃんと色付けて支払ってあげなよー?』
「……気が向いたらな」



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