落第したい聖女候補が、恋を知るまでのお話

古森きり

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初めてのおしゃれ

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 いや、気持ちは分かるけどな……?
 多分おれが想像しているよりも遥かに色々酷い目に遭ってきたんだろうしさ。
 けど、その復讐におれを利用するとか……相当ヤベェなぁ。

「…………」

 とか、思うけど。
 でもおれも、心のどこかで「女らしくなれるかもしれない」という期待を抱いていた。
 想像の中の聖女……そんな風に、おれがなれる?
 いやいや、そんなバカなと思いながら、おれは抵抗もせず女官についていく。
 ……女らしくなれば、ノワールに……。

「っー!」

 いや、ほんとになんだ!?
 どうしたんだおれは! なんでこんな事を考える!?
 ノワールに『女らしく見られたい』ってこの気持ちは! 一体! なんなんっだぁぁぁああぁっ!

「……こ、ここは?」
「衣装室です。フィーネ様はご利用になられた事はありませんが、聖女候補はこちらで自由に着飾ってお時間を楽しんで頂いて大丈夫なんですよ」
「…………。なんでそんな事すんだ?」
「そういうところぉ……!」
「ひ、ひえ……」

 本当に日々、おれたちの前でふるふると震えていた女官と同一人物とは思えない。
 担当だったおれが最終試験まで残った事で、押さえつけていたものが溢れ出したんだろうか?
 もはや人格が違う。
 復讐の鬼と化している……?

「……女の子というのはおしゃれを楽しむものなのですよ」
「ふ、ふーん?」
「まあ、実際おしゃれしてみれば分かりますよ。さ、こちらへ」
「…………」

 促されるまま試着室に入り、女官が選んできた服を着せられる。
 なんだこりゃ、ひらひらフリルがたっぷり使われた、ドレスってやつか?
 生地はあちこちに刺繍が施されていて、なんてすげぇ仕事だ、とおそらく見当違いに感動した。
 針仕事は女の仕事だ。
 でもおれはそれが苦手だった。
 だからこそ分かる。こりゃあとんでもねぇ職人だ。

「さあ、次はこちら」
「?」
「髪を結うんですよ」

 そう言って、女官がおれの髪を梳かす。
 え、く、櫛なんて、おれ初めて使った……。

「梳かしにくいですねぇ……まずお風呂で肌や毛を洗って整えてからの方が良かった……」
「え、えーと、なんかごめん?」
「いえ、それは聖女になったあとの方がいいと思います。侍女が増えますからね! 徹底的に出来ますよ。そしてその際は私を侍女長に据えてください」
「…………」

 目が……本気マジだ……。

「まあ、おれはその辺よく分かんねぇから……。それに、本当に聖女になれるかどうかも分からねーぞ?」
「なぁにをおっしゃいます! ここまで圧倒的だったら、フィーネ様が聖女になるしかありませんよ! 聖女になってくだされば私、全力でサポート致しますし一生お仕えしますよ!」
「それはなんか、別になぁ……」

 若干怖ぇし。

「あ、あとさぁ、おれ、ルウって言うんだけど。そのフィーネって呼ばれるとさ~、誰の事だって感じになるんだ」
「え……あ、そ、そうなんですね。ではルウ様とお呼びしてもいいんですか?」
「おう。……アンタは名前なんて言うんだ?」
「私ですか? リネといいます」
「リネか~。……なんかここに来てノワール以外とまともに話しが出来る奴と初めて会った気がするわ」
「……ああ、そういえばルウ様は……そうかもしれませんね」

 きっと他の聖女候補は担当女官と話をするんだろう。
 けどおれは田舎者だし、ノワールがびびられてたから……。
 そんでここに来て「媚を売ろうと思う!」とか潔すぎだろう。

「痛っ、いてっ、いててっ」
「普段からきちんと手入れなさらないからですよ! ……まあ、普通の聖女候補は自分のメイドを連れ込むのでアレですけど」

 あー、はいはいなるほどなるほど~。
 貴族はそんな事も出来んのな。

「こうして、編み込んで……はい! 次はお化粧しますよ」
「え、ま、まだ終わらんのか?」
「今日はこれで終わりにしますよ。このあと夕飯ですし、お風呂にも入りますからね。……本当なら、最終候補に残った聖女候補のお世話係は増えるものなんです。でも、ルウ様は試験が終わると突然どこかへ行ってしまわれるから……」

 あ、ご、ごめん……でもあん時はなんかこう、いたたまれないもんに襲われたんだよ。
 今でもよく分からん。
 ノワールの事、おれは好きになっちまったんだろうか?
 でもなんでそんな事になる?
 そんな要素、どこにあった?
 確かにあいつ絶対顔はいいと思うし、強かったし、誠実だったけどさ。
 ……あんな男今まで見た事ない。
 おれの村にはいないし、ここに来てからも……。

「…………」

 だからなのか?
 あんなタイプの男は生まれて初めてだから?
 だから、対処がどうすればいいのか分からなくて……恋してるみたいに錯覚してんのかも?
 い、いや、きっとそうに違いない!
 四六時中おれなんかを大事に守ってくれる男……いなかったから……。

「さあ、出来ましたよ。白粉を塗って頬紅と口紅をさしただけの簡単なものなのですけど」
「…………」

 これが、【着飾る】という事……。
 おれがおれではないみたい——っていうか。

「だれ?」
「ルウ様ですよ」
「いやいや、女の子じゃん」
「ルウ様は女の子ですよ」

 鏡の前に立つ、三つ編みをお団子にして花飾りをつけた、ドレスを纏った女の子。
 右手を上げてみると、鏡の中の女の子は左手を上げて同じように曲げたり手を開いたり……マジで?
 マジでこれが、おれ?

「……っ」
「お可愛らしいですよ」

 とどめとばかりに言われ、おれは首まで真っ赤になった。

 そんなおれをどう思ったのか、リネがショールを肩にかけた。
 そして背中を撫でてくれる。

「言葉遣いも練習しましょう。意識すればすぐに変わります」

 聖女らしく?
 そう聞くと微笑まれた。
 リネはおれを、聖女に仕立て上げたいんだろうなぁ。

「…………」

 でもおれは。
 おれは……?
 なんとなくでここまで来てしまったけど、おれは……聖女に、なりたいのか?
 明日の試験ですべてが決まる。
 もし受かっても、おれは辞退して村に帰るつもりだった。
 ノワールもおれが辞退すれば精霊界とやらに帰れる。
 あいつは帰りたいんだろう。
 帰りたい、よな?
 はっきり聞いた事がない。
 それに、おれは村に帰りたいと思ってたけど……帰ってなにをするんだ?
 嫁の貰い手もなく、今から家事や料理を覚えて花嫁修行をする?
 出来んのか? やりたくはねぇな。

「さあ、明日の試験のためにも今日はちゃんとしたご飯をもらってきますね! お風呂もお手伝いを呼んできて、しっかり磨き上げますので!」
「え、ええっ、い、いいって!」
「ダメです! 明日はルウ様が聖女となる日なんですからー!」
「えええぇ……」

 リネは別人のようにテンションを上げて叫ぶ。
 明日。明日ですべてが終わる。
 聖女が決まる。
 そうしたら……。

 ——あいつとも、別れなきゃいけなくなる。

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