冬の兎は晴の日に虎と跳ねる。【センチネルバース】

古森きり

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株式会社[花ノ宮]

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「でも……僕、クビになってしまいました……」
 
 車内でじわじわと実感が湧いてきた。
 仕事を、失ったのだ、と。
 じわ、と涙が滲む。
 眼鏡を持ち上げて指で拭っていると、大きな手が頭を撫でて行く。
 見上げると、変わらずフードを被ったままの華城。
 少し心配そうな表情が髪の隙間から見える。
 やはり、優しい人だ。
 
「大丈夫ですよ、夜凪さん。圧倒的に会社都合なんだから、あとでこっちから解雇予告通知と解雇理由証明書をもぎ取ってやんよ……!」
「わ……わ……」
 
 バシッと拳を掌にぶつけて、燃え上がる烏丸。
 ……彼の前職も相当なブラックだったのだろうな、と察する。
 ぐう、とその横で華城の腹が鳴った。
 見ると目を閉じてじっとして動かない。
 センチネルは外食が苦手と聞いたばかり。
 お腹は空いているだろうに――
 
「もう少しで本部だし、頑張れ、華城」
「ん」
「あの、討伐事務所[花ノ宮]にはセンチネルの人が食べられるご飯があるんですか?」
「そうそう。味の薄い料理が出る専門の食堂があるんだ。――花ノ宮CEOが開発したレシピが食べられるんだ。まあ、ガイドがいればセンチネル系能力者も外食しても大丈夫なんですけれど……華城はこの体なんで、めちゃくちゃ食うんですよね。そうなると俺と華城のマッチング数値だと、足りなくて……」
「そ、そうなんですね……」
 
 ガイドの共感能力で味覚をガイドのものと合わせ、外食を可能にするらしい。
 ただ、味覚特化のセンチネルやパーシャルは作られた料理から、誰がどのように作られ、どんな材料が使われているのかまで感じ取ってしまうので自分で素材から作るヴィーガンが多いそう。
 原材料――肉の死の瞬間まで感知してしまうのがつらいそうだ。
 それは、つらい。
 幸い華城は一つの感覚が特化しているわけではなく、五感すべてが均等に常人の三倍。
 パーシャルのように、一つが二つの感覚が五倍、八倍のセンチネル系能力者はそういう苦労があるという。
 
「まー……だからセンチネル系能力者にはガイドが必須なんですよね。感覚が鋭すぎて、普通の人間が切り捨てる情報を全部拾っちゃうから、脳みそパーンってなっちゃう」
「そんなに苦労しているとは……」
「ま、[花ノ宮]事務所は国に登録しているセンチネル系能力者とガイドが揃っていますし、未登録のセンチネル系能力者やガイド、レイタントの保護も国から許可されているんです。夜凪さんは少しレアな例なので、国からの調査も入ると思います」
「わ、わかりました」
「あ、到着しましたよ。ここです」
 
 運転手の顔は見えないが、百階は軽く超えていそうな高いビルの前で停車する。
 駅が地下にあり、一階は八ヶ所も出入り口があり一階から五階まではショッピングモール。
 六階にはカラオケや映画館まで入っている。
 この魔都と呼ばれる中央無都でいちばん大きな建物の一つ。
 名前はフラワータワー。
 中央の巨大なビルに天空回廊が繋がり、四方に中央ビル百階からしか移動できない“四神ビル”がある。
 四神ビルは[花ノ宮]事務所所属、または関係者の住居であるタワーマンション。
 そこまで説明されて空いた口が塞がらない。
 
「本部は三十階より上なんだ。その下はレンタル。まあ、そのレンタル料は会社収入になるんで実質不動産って感じだけどね」
「すごいです……」
「国からも補助金もらってるんだよ。全部花ノ宮さんが整えたシステム。それが今も――これからもこの会社とこの会社にいる社員を守っているんです」
 
 そう目を細めて専用エレベーターへ案内される。
 花ノ宮明人――“異端のガイド”。
 国一つ、ほんの十年で変えてしまった。
 彼に救われた命は数知れず。
 
(僕も……その一人だもんね)
 
 十八の夏。
 半袖の制服姿。
 妖艶な笑みを浮かべた少年と、体の大きな黒髪の少年。
 あれが花ノ宮明人と――きっと、華城晴虎。
 
「おかえりなさい、烏丸さん、華城さん。そちらの方がレイタント疑惑の方ですね」
「そうそう! 夜凪さん、こっち!」
「は、はい」
 
 専用エレベーターを降りると、だだっ広い空間。
 右側に銀行のようなカウンター受付がある。
 しっかり上にもシェルターがあり、窓ガラスに穴があるタイプ。
 広い部屋の奥には廊下が見える。
 受付カウンターから話しかけてくる受付のお姉さん。
 他にもいくつかの受付窓口があるが、話しかけてきたのは彼女のみ。
 その奥では忙しく多くの人が働いている。
 烏丸は冬兎を連れて、彼女に近づく。
 
「夜凪冬兎さんですね。烏丸さんから報告は受けております。ひとまず[花ノ宮]事務所の方で保護という形になります。こちらの書面に目を通して、必要事項を記入していただけますか?」
「あ、は、はい」
 
 バインダーに挟まった紙とボールペンを受け取り、近くのベンチに促される。
 冬兎が座ったベンチの横に、華城がどさっと座った。
 気怠そうだ。
 
「多喜」
「あ、槙さん……!」
 
 廊下から人が二人、出てきた。
 そのうちの一人の顔を見ると――輝いている。
 嬉しそうに烏丸に駆け寄ってきて、烏丸も彼へ向かって小走りで近づく。
 
「え」
 
 そして、そのまま抱き締め合った。
 と、思ったら烏丸が上向かされ口づけられる。
 驚愕の光景。
 ボールペンが落下した。
 
「ん……ちょ……ぉ……ま、槙さん!」
「っぐ! ご、ごめん、つい……」
「あーかったるー。お疲れ、華城~。ケア受けてきたー?」
「まだいい」
「まーたそんなこと言ってぇ。あれ? 誰?」
「え! あ、は、は、初めまして、夜凪と申します……!」
 
 片目に眼帯をつけ、棒つき飴を加えた金髪の男が近づいてきた。
 ふと、華城が「あれ、見える?」と聞いてくる。
 華城が指差しているのは金髪男の肩。
 
「え……と……蛇……?」
「!」
「……やっぱ、見えてる。ね」
「えー……なに? 新人? どっち? センチネル? ガイド?」
「あ……い、いえ、あの……」
 
 冬兎の目の前に座り込む金髪男。
 華城が金髪男を指差し「辰巳瑠夏たつみるか。ガイド」と男の名前を教えてくれた。
 
「夜凪。スピリットアニマル見える。レイタント。多分」
「――え? は? うっそ、なにそれそんなの聞いたことないんだけど?」
「調べる」
「あーなるほど。そりゃ確かに“ウチ”の案件だな。なるほどねー」
 
 最低限の単語で会話を終わらせてしまう華城。
 確かに言ってることはわかるけれども。
 
「……華城、お前まーたスピリットアニマル縮んでんじゃん。飯食ったら医務室行けよ。これ以上はマジゾーン入っちまうぞ」
「ん」
「っていうか、なんのために烏丸と組んでるんだか。ちゃんと烏丸にケアしてもらえよ」
 
 と、辰巳が言うと華城の視線が未だ抱き合う二人の方に向けられる。
 それを見て、冬兎も察した。
 
「槙と変な空気になりたくない」
「わかるけども」
 
 確信に変わった。
 
「フリーの俺がお前のケアしてやれたらよかったけど――俺らのマッチング数値クソだからなー」
「ん」
「夜凪だっけ? アンタ、レイタントなんだろ? ガイドだといいなぁ。ガイドは何人いてもいいからさー。特にコイツともう一人の実働部隊エース様、マッチング数値が50超えるガイド一人もいなくてずっと弱体化し続けてるんだよ」
「え……」
 
 センチネル系能力者は、ガイドのケアがなければ暴走状態に陥ることがある。
 感覚が鋭すぎて、精神に影響が出るのだ。
 その精神暴走をゾーンといい、生命に危険が及ぶレベルになるとそれはもうゾーンアウトと呼ばれる危機的状況となる。
 その領域に入るとスピリットアニマルが“野生化”を起こし、具現化して周囲を無差別に傷つけるという。
 
「お前もジョエルも精神具現化能力者エンボディメントなんだからさぁ、マジでお前らがゾーンアウトなんてした日にゃ血が流れる未来しか見えんわけよ。ってわけで、早めに医務室行ってケア受けるようにな!」
「……わかってる……」
 
 目を閉じて心ここに在らずといった様子の華城に、深く溜息を吐く辰巳。
 立ち上がると、イチャイチャと顔を近づける槙と烏丸の方へ近づく。
 
「まーき。いつまでもイチャイチャしてんなよ。ほら、お仕事お仕事!」
「わ、わかってる! でもごめんあと五分……」
「なに言ってるんですか! そ、その、明日の夜は……夜非番ですから……俺……あ、あの……」
「っ――! ……わかった、じゃあ、夕飯は俺の部屋で一緒に食べよう」
「……はい……」
 
 冬兎は見た。
 受付のお姉さんが死んだ目をして槙と烏丸のイチャイチャを眺めているのを。
 ああ、日常なんだな、とまた察した。
 
「華城、ちゃんと烏丸のケアを受けるんだぞ」
「医務院行く。大丈夫」
「そ、そうか?」
 
 年上らしく、辰巳と同じことを華城に言ってきたが医務室へ行くという返事を聞いた途端、わかりやすく安堵した顔をする。
 確かに恋人なら、ケアのためとはいえ肌接触させるのも嫌だろう。
 肌接触は、手を繋ぐ、額をあてがう。
 そして、唇を合わせるキスなどが一般的。
 どれも恋人なら他の男に許し難い。
 もちろん、粘液接触――濃厚な口づけ――や、粘膜接触――セックス――は言語道断のレベル。
 
(そうか、烏丸さん恋人がいたから……華城さんは頑なにケアを断ってたのか……)
 
 マッチング数値が低ければ、回復するためにはより濃厚な接触が推奨される。
 が、恋人のいるガイド相手にそんな濃厚な接触なんて、頼めるわけがない。
 相手を思い遣り、自分の苦痛は耐えている。
 そんな姿に胸が痛んだ。
 自分を助けてくれた人が、癒されることもできない状況だなんて……。
 
「終わった?」
「へあ!?」
 
 とんとん、と書面はを指で突かれて、ギョッとする。
 ボールペンを落っことしたままだと気がついて、慌てて拾い上げて名前や年齢、生年月日を書き始めた。
 必要事項を記入うしてから受付に提出する。
 受け取った受付のお姉さんはチェックを終わらせてから、カードを一枚取り出した。
 
「白虎四十三階の1315号室が夜凪さんのお部屋となります。お部屋を確認後、医務室の方で健康診断を受けてください。その後、今後のことを夜凪さんの希望を聞き取りしながら決めていきましょう」
「は、はい。わかりました」
「烏丸さん、お任せしていいですか?」
「ああ、もちろん」
 
 こっち、と烏丸に指差されたのは奥の廊下。
 カードはカードキーで、身分証になるらしい。
 華城が段ボールを片手で抱えてついてくる。
 
「あ、僕の荷物なので――」
「平気」
「まあ、持たせてやりないよ。……どうせ医務室には華城も行くんだし」
「あ……ありがとうございます」
「ん」
 
 廊下に出ると、そこはエレベーターホール。
 白虎ビルにはカードキーを持つ人間しか入れない。
 なので、エレベーターにもカードキーを通さなければならないそうだ。
 
「俺は朱雀ビルの3105号室なんですけど、まあ、そのキーじゃ入れないからここに住むのならそのうち招待しますね。役職つきになると“ランクキー”に格上げになるんですけど、華城が持ってるのがそれね」
「へぁ!?」
 
 片手を段ボール、もう片手からカードキーを取り出す。
 そのカードキーには白虎のイラストが入っている。
 
「ランクキーは実働部隊と幹部に配布されるんだ。最上階の五階はフロア自体が部屋になってるんだよな?」
「ん」
「へえー、すごいですね」
「寝る以外、帰らないし」
「え、え?」
「華城は実働部隊のエースだから、最上階のワンフロアに住んでるんです。俺も入ったことないけどすごいらしいですよ~」
 歩いて白虎ビルへの空中回廊へ向かう。
 十階ごとに回廊が四神ビルに伸びており、エスカレーターに乗れば歩く必要もない。
 白虎ビルに入ると、今度は上下にエスカレーター。
 四階まで降りて、1315号室室に向かう。
 
「すごい……広い……」
 
 あまりにも場違いすぎて、分布相応すぎて。
 体がガクガクと震え始める。
 
「四神ビルは構造同じだと思うけど、一階は温泉、二階はジム、本部――さっきのビルの三階には保育所や図書館もあるし、ショッピングモール内にはスーパーも入ってるからだいたいのことは本部と四神ビルの中でほとんど済む。ゴミ出しはその階ごとにダストボックスがあるから二十四時間、好きな時に捨てられます。あ、この部屋ですね」
「僕、こんなところに住むんですか……?」
「あ、もちろん他に住みたいところがあれば大丈夫ですよ? 家賃は給料から天引き。本部の食堂も天引きOK。天引きなら割引も、その他の福利厚生もありますし」
 
 はいここ、と入り口にカードキーを通すよう烏丸に指示される。
 言われた通りにカードキーを通すと、ロックが解除された。
 部屋に入ると、なんと家具が揃っているではないか。
 
「ご……ごっ……豪華……!」
「家具にこだわりがある場合は処分や運び込みも自分でやってもらわなきゃいけないんだけど、まあ、数日泊まるのには問題ないでしょ。食事は食堂かスーパーで買えばいいだろうし、一階にはコンビニも入ってるし」
「至れり尽くせりすぎません……!?」
「初めて見るとビビりますよねー」
 
 華城が段ボールを床に置く。
 ホテルのようにあらゆる家具が揃い、掃除も行き届いていて心なしかいい匂いもする。
 何より驚きなのは――
 
「3LDK!? そんな……僕一人に!?」
「各部屋同じですから」
「ひ、広すぎますよ! 掃除とか……」
「ロボット掃除機も完備ですから」
「分布相応な生活……!」
 
 風呂トイレも別。
 洋室の他に和室もある。
 広いキッチンとリビング、ダイニングは当然のこと。
 トイレットペーパーの予備、歯ブラシなどのアメニティ、乾燥固形化タオルなどまで。
 
「至れり尽くせりすぎる……!」
「そろそろ医務室に行けそうですか?」
「そ、そうでした……!」



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