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信仰
しおりを挟む「そいじゃー、夜凪にガイドの仕事を教えまーす。っつっても皮膚接触ケアは大して難しくねぇんだけどさ。問題は精神に直接触れるキスやセックスによるケア。ある程度信頼関係、もしくはマッチング数値が高くないと結構危険。でもまあ、お前らパーフェクトマッチなんだろ? んじゃあ平気だろ。粘液接触って言うなれば唾液だから、舌までしっかり絡めてがっつり濃厚なのかますってことで」
「やっぱりいきなりハードルが高いです……!」
衣緒が出かけてから、残った辰巳がしれっとさらっと言い放つ。
スマートフォンで調べた時に、同じことも書いてあったけれど。
知り合いの口から言われると威力が違う。
「華城はどーよ? 俺いない方がやりやすいなら、隣の部屋に戻ってるけど」
「ん」
「了解。んじゃ、終わったら一応声かけろよ」
「ん」
(頷いてしまわれたァッー!?)
焦りでおかしなことを口走りそうだったが、辰巳がスタスタと部屋から出ていく。
取り残されて二人きり。
いや、ここ数日二人きりで過ごしていたけれど。
「冬兎さん」
「ふぁぁあい!?」
「手を繋いでもいいですか? それだけでなんとか大丈夫だと思うんで」
「え」
ガバリと晴虎を見上げると、困ったような顔をしている。
でも、と言いかけたが晴虎の手が伸びてきてブワッと体が跳ねた。
「あ、え、あ、ええと……で、でも……」
「えっと……俺は、その、さすがに粘液接触のケアは……初めてではないんですけど……冬兎さんは……ケアでするのは初めてなんですもん、ね?」
「――――っ」
粘液接触。キス。
初めてでは、ない。
(……そんなの……当たり前のことを……)
センチネル系能力者の能力開花はガイドよりも早い。
ケアがなければ生きていけないのだから、当然キスによるケアは初めてではないだろう。
(あれ……待って……? なんで僕、ショック受けてるの……?)
困った顔の晴虎が気にしているのは、恋人いない歴=年齢で当然ファーストキスすらまだの冬兎のこと。
わざわざ気を遣って「ケアでするのは」なんて前置きしてくれたが、キス自体が初めてだ。
固まった冬兎を見ていたから、心配してそう言ってくれたのだろう。
(ああ……晴虎さん、優しいな)
手を伸ばしたまま、冬兎が体を跳ねさせたから触れないようにしてくれた。
体が大きいからか、色々なものに対して丁寧に触れる人だ。
ここ三日で、あらゆるものを恐る恐る触っているのを見てきた。
特に扉などは最新の注意を払い、開けていく。
彼のセンチネルとしての能力が、身体強化だから力が有り余りすぎているかららしい。
その優しさが嬉しくて、けれど自分だけじゃないからそれが嫌で――
(やだな。これじゃ、まるで……僕、晴虎さんのこと……好きみたいな……)
ガイドとセンチネル、パーシャルの能力者は身体的な接触でのケアを重ねて恋人になることが多い。
烏丸と槙のように。
そんなことを聞かされて、澱み切った青春時代に今までの世界をひっくり返した憧れの人たちが、また命を助けてくれて――それはもう――運命だと勝手に思ってしまって。
「花ノ宮さんとも、キスしたんですか」
「え?」
言葉が漏れた。
すぐにハッとして顔を上げて両手と顔面を左右に振る。
「あああ……! ち、ちちち違うんですそんな! いや、全然そういうのはケアだから仕方ないというか! わかってるんです、はい! そういうのではなくてですね!?」
「いや、明人は……明人は皮膚接触だけでどんなセンチネルもパーシャルもケアしちゃう特殊能力だったから……」
「は……ぁ」
そういえばそれも有名だった。
センチネルとパーシャルに触れるだけでケアをしてしまう、と。
知っていたはずなのに。
「すみません……」
「いや。別に。……それに、明人はキス嫌いだし」
「え?」
キスが嫌い?
全人類キスは好きなもんだと勝手に憧れを抱いていた童貞……恋人いない歴=年齢は、思いも寄らなくて聞き返してしまった。
しかも、あの人類どころか妖や怪物にまで好かれる英雄が。
すると晴虎は少し迷ったようにしてから「四歳の時に性的な悪戯されてから、トラウマみたいで」と教えてくれた。
「そ、それは僕が聞いても大丈夫な情報なんですか……!?」
「隠してはないし、あんまりしつこい人には話してる。当時抵抗しなかったのは『幼くて能力が制御できるかわからなかった。下手したら殺してしまうから』って言ってたし。明人は“命を奪えない性質”だから無意識にブレーキかけてなすがままにされたみたい。でもとにかく気持ち悪かったから、性的なこと全般に嫌悪感があったんだよね」
「そ、そんなことが……」
完璧超人にも弱点はあるということなのか。
晴虎はさらに「明人、無理矢理キスされたら半殺しにしてたからな……」ということなので成長後はちゃんとシメていたらしい。
それでも、四歳の時に性的な悪戯とは……。
「小さい頃にそういうのを見るのだけでもトラウマになりますもんね……わかります」
幼い頃、父がベッドに括りつけられて母が腰を揺すっていた光景はグロテスクだった。
だからとてもよくわかる。
恋人を作らなかったのも、作れなかったのも、なんとなくあの時の光景による嫌悪感からきている気がした。
「えっと……だからあの、皮膚接触だけで、大丈夫です。その、でもケアは……お願いしたい、かなって」
「あ、はい。あの、手でよければ、はい、どうぞ……」
手を差し出す。
手のひらを合わせると、大きさが驚くほど違う。
大人と子どものようだ。
指が絡む。
ただそれだけで胸がドキドキと高なった。
まるで、中高生みたいだ、と思いながらも恋人いない歴=年齢の自分なのだから仕方ないと内心言い訳する。
そう、仕方ない。
(だって、好きだし)
命の恩人だから、という理由以外にも彼自身がとても気遣いのできる優しい人だと知ってしまった。
誰かのために自ら傷つくことに躊躇がない。
こんなに強い人が、この世にいるのかとますます憧れて、尊敬して、彼の力になれたらと強く思う。
手のひらから伝わる不安。
(自分がガイドになってよくわかる。……皮膚接触だけでケアを完璧にする花ノ宮さんは……やはり異常だ)
目を閉じてぬくもりに集中するけれど、彼の心の微細な動きまで感じ取ることはできても精神を守る盾、シールドの補強までは進めない。
弱っていたり、絡まったり、不安定になっているところを整えてて安定させる。
手のひらだけでは難しい。
(あ)
額が当たる。
うっすらと目を開けると、晴虎の金の瞳とかちあった。
強い色のはずなのに、宿る感情はあたたかい。
安心する色。
(ああ、綺麗。好きだ)
綺麗な顔。
前髪で隠れてしまう目をもっと見ていたくて、繋いでいない方の手で前髪を避ける。
もっと近くで見たい。
(ふわふわする。晴虎さんの感情が、すごく安定していて、穏やかで、心地よくて……もっと近くで……)
顔を傾けて、唇が重なる。
その瞬間、もっと深いところに繋がった。
かちり、という音。
丸い透明な球の中に、小さな虎が眠っている。
球に触れると、薄い壁がコーティングされたようになった。
(もしかしてこれがシールド……?)
周りを見ると、桜が散っている。
足元は平らな水面。
シールドから手を離して、一歩下がる。
心象風景と言えばいいのだろうか?
優しい色合いの青い空と、青い水面に桜が舞い散り続ける。
シールドの周りには桜の木。
それは、なんだか――
(花ノ宮、明人……)
石竹色のふわふわの髪と、紫色の瞳。
青いコートやジャケットを好んで着ており、精神具現化能力者としての具現化した武具は青い薔薇が絡まる青銅。
あらゆる攻撃は跳ね返し、薔薇の蔓で拘束し、鏡を操って様々なものを模す。
攻守ともに安定した高出力。
彼が生きていた当時、五人いた精神具現化能力者の中では最強といえば花ノ宮明人だった。
他のセンチネルの精神具現化能力者と違って、明人には精神具現化能力を使うことで起こる精神的な疲弊がほぼなかったという。
けれど、桜のようにあっという間にその命を散らしてしまった。
ピンク色と青は、彼の色。
「晴虎くんは、本当に花ノ宮さんのことが大好きだったんですね」
心象風景が彼の色一色だなんて、と目を細める。
目を閉じて、開いた。
金色の瞳と視線が混じる。
「俺の人生は、明人で変わったから」
父の不倫。
母の自殺。
明人が退職にまで追い込んだ不貞教師は、逆ギレして息子まで巻き込み誘拐事件まで起こした。
晴虎が選んだのは明人について行く道。
実際父と共倒れになるよりよほど真っ当な修羅の道だろう。
「僕もです」
「……え」
「晴虎さんは二十二歳ですよね。えーとそれだと……十五歳かな? 夏に高校生を助けたのを覚えていますか? 覚えてなくてもいいんです。僕はあの日、晴虎さんと花ノ宮さん二人に助けられて――世界がひっくり返った」
両親の異常な関係性。
それが日常で当たり前だったあの頃に、信頼し合うセンチネルとガイドの姿に世界を変えられた。
あの日に明人からもらった名刺は今も手帳に挟んで大切に持っている。
お守りだ。
「僕の人生は花ノ宮さんと晴虎さんで変わった」
「……っ」
「だから、わかります。あなたが大切にしている人。花ノ宮さんがどれほど特別なのか」
自分にとっても特別。
そして、口づけを交わして理解した。
この人とマッチングするガイドが極端なほどに少ない理由。
――花ノ宮明人という彼の主柱を受け入れられないんだ、と。
(でも、花ノ宮さんは僕にとっても特別な人だ。僕も彼のようになりたいし、彼に近づきたい。同じには絶対になれないけれど、晴虎さんの心に花ノ宮さんがいなくなることはない。それを受け入れられるのは……きっと同じ憧れを抱く僕だけなんだろうな)
同じ人に世界を変えられた。
そんなの自分たちだけじゃない。
それでも他の人たちと、自分たちが決定的に違うことがある。
花ノ宮明人が、未だに心の中で死んでいない――。
(この気持ちはきっと……)
信仰だ。
(体が朽ちようとも、過去の人として忘れ去られようとも……少なくとも、僕たちはあの人を忘れない。一生)
尊敬し続ける。
信仰し続ける。
彼の理想、願いを叶えるために戦っていける。
そんな華城晴虎という人を、人生を賭けて支えたいと思う。
「晴虎さん、僕……あなたのガイドになりたいです」
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