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入学式(2)
しおりを挟む「失礼。ユーフィア王女殿下とお見受けいたします。ご挨拶をさせていただきたいのですが」
「はい――」
声をかけてきたのは制服の男子生徒たち。
留学生だ。
彼らの目的はユーフィアだろう。
大国サービール王国の溺愛末姫のユーフィアと仲良くして損などなに一つない。
ユーフィアも最初から分かっていたので、一瞬で王女の顔に変わる。
そして彼らの挨拶を横で聞きながら、もし私にも挨拶をしてくれるような人がいたら――と、淡い期待を持ってにこにこと笑顔を浮かべていた。
まあ、わかっていたけれどどんどんユーフィア目的の留学生に囲まれ、私はユーフィアから引き離されていくのだけれど。
はあ、まさかこんなにも収穫がないなんて思わないわ。
「――あら?」
彼らから離れると、会場の様子がよく見えるようになった。
大きな窓べりに片足をかけて外を詰まらなさそうに見る留学生がいる。
灰黄緑の短髪と、褐色の肌。
その方にふわふわもふもふの未知の生き物が絡みついていた。
か――かわいい~~~~! なにあの生き物、初めて見たー!
私、犬猫もアレルギー対象だけれどこの距離の同じ空間にいても、くしゃみも起きないってことはこの世界特有の生物かしら?
え? 待ってそれって――重度のアレルギー体質の私でも触れるもふもふがいるという可能性では……!?
前世からもふもふは大好き!
でも触れたことは一度もない。
さ、触れる? 触れる可能性が、ある?
もちろん命の危機はあるので、一歩一歩、ゆっくり、慎重に近づく。
八メートル、五メートル、三メートル……体に変化はなく、むしろついに近づいてきた私に生き物の方が気がついて顔をこちらに向けた。
大きな耳とつぶらな瞳、かわうそののような長い体ともっふもっふの尻尾。
「あ、あの、わ、私……花真王国の第一王女、フィエラシーラ・花真と申します。お名前をお伺いしてもいいでしょうか」
そのもふもふかわいい子は、なんとおっしゃるんですか!
興奮する自分を必死に抑え込みながら聞くと、振り返った男子生徒は淡黄の瞳を細めて私を見た。
わあ、人間の方も綺麗。
「”申し訳ない、中央語はまだ上手く話せないんだ”」
「あ! ――”フラーシュ王国の留学生ですか”?」
「!?」
彼が話したのは南の砂漠大国フラーシュ王国の言葉だ。
あちらの方からも留学生は来るけれど言語が違うので、主に大陸中央、または北側の言語を習得目的での留学である場合が多い。
多分彼もそうなんだろう。
だからすぐにフラーシュ王国語に切り替えて話しかけると、ずいぶん大きく目を見開かれてしまった。
「”君はフラーシュ語が話せるのか……!?”」
「”主要言語は一通り”」
にこり、と微笑む。
ええ、嫁ぎ先がどこでも大丈夫なように、東西南北中央の五つの主要言語はマスターしましたよ。
アレルギー薬の研修と同時進行だったけれど、文字が読めるとそっちの研究にも役立ったし。
まあ、アレルギー薬に関しては言語が読めても進んでいるわけじゃあないんだけれどね。
やはり杉をすべて伐採するしかないんじゃなかろうか。
いや、私のアレルギー体質は杉花粉だけが原因じゃないから杉だけ始末しても意味ないんだけれど。
「”改めまして、花真王国の第一王女、フィエラシーラ・花真と申します”」
「”花真王国の姫君? 俺はフラーシュ王国第一王子、ニグム・フラーシュ”」
「え?」
素で聞き返してしまった。
え、今なんかとんでもねえこと言わなかったか、この人。
フラーシュ王国第一王子?
「………………。”フラーシュ王国の、王太子殿下……”?」
「”ああ、まあ、一応”」
やっべぇのに声かけちまったよ。
王太子だなんで婚約者がいるに決まってるじゃーーーん!
全力で後悔していると、ニグム様は窓べりから下りて私に向き直ってくれた。
わあ、完全に話をする体制に入ってしまったーーー!
く、仕方ない。
話しかけたのは私!
「”し、失礼いたしました。まさか王太子殿下だとは思わず……”」
「”ああ、王太子が中央語が話せないとは思わないか”」
お!? 面倒くさく拗らせてるタイプかな!?
ああ、でもよく考えると十六歳って高校一年生……反抗期真っただ中なのかも。
なんだぁ、そう考えると可愛いもんじゃない。
「”そういう意味ではありませんわ。ふふ、ニグム様はなかなかに穿ったお方なのですわね”」
「”は……? あ……う……”」
『ククク……! 女の子の方が一枚上手だなぁ!』
「”うるさい”」
「”え……!? その子喋るのですか!?”」
「『え!?』」
すごーい!
さすが異世界、言葉を喋れる生き物がいるんだ!
「”実は、ニグム様の肩にいる生き物が可愛くて、でも、見たことがない生き物でしたので詳しくお話を聞いて見たくて声をかけましたの。まさか言葉を話せるなんて! フラーシュ王国にはすごい生き物がいるのですね。あの、あの、もしお許しいただけるのでしたら、その子とお友達にしていただけませんか”」
この距離でも私の体に異常が現れない生き物がいるなんて、絶対仲良くなりたい!
もしかしたら、触ったりもできるかもしれないじゃない?
そんなことできるものなのかって、思うけれど……ここは異世界だし、もしかしたらもしかするかもしれない。
この生き物について調べれば、アレルギー薬についても進展ができるかもしれないし!
前世からの夢――もふもふを撫でまわす夢が叶うかもしれないしーーー!!
「”信じられない。君はフラーシュが見えるのか”?」
「”フラーシュ、という生き物なのですか? 国名と同じだなんて、フラーシュ王国ではポピュラーな生き物なのですか”?」
『ちゃうちゃう。わいはフラーシュ王国、建国守護獣なんよ』
え? ……関西弁……?
じゃ、なくて……建国の守護獣!?
「”守護獣様、なのですか!? す、すごい! 初めて見ました”!」
この世界の各国には、それぞれ国に『建国の守護獣』が存在する。
大きな国の守護獣はそれだけ長く生きており、強力で強大。
花真王国にも花真龍という守護獣がいる。
私はお会いする機会がなかったけれど、王族でも絶対相性が悪かっただろうな。
「”というよりも、普通の人間はフラーシュが見えないんだ。フラーシュは国を守り繁栄させる才能を持つ者だけ見て、触れることができる。君は――見えるんだな……”」
「え」
フラーシュ王国の守護獣、フラーシュ様。
国を守り繁栄させる才能を持つ者だけ見て、触れることができる。
じゃあ、フラーシュ様が見えるってこと、私って国を守り繁栄させる才能を持つ者、あるいはできる人間、ということ?
えええええ?
「”み、見えますが……ええと……”」
「”なるほど……”」
ちらりとニグム様はフラーシュ様と顔を見合わせる。
だらだら、変な汗が出てきた。
あれ、これ、ちょっと……私……。
「”花真王国の第一王女、フィエラシーラ・花真姫だな。俺は中央語がまだ上手く話せない。色々と世話になるかもしれないがどうだろうか”」
「…………。”わ、私にできることでしたら”……」
とか言いつつ、左手を持ち上げられる。
その指にキスをされて、おもわず「ひっ」と声を上げてしまった。
南側の国の王侯貴族が異性の左手の指にキスをするのは「異性として興味があるので、あなたにも自分を異性として意識してほしいです」アピール!!
いや! 確かに南のフラーシュ王国やコルアビア王国、アルサビス新興国あたりの伯爵家以上の貴族にでも嫁げたらいいかと思ったけれど……南の最大大国フラーシュ王国の王太子はデカい魚すぎるからああああぁぁぁぁぁぁ!!
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