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フラーシュ王国(2)
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入口にいた紫色のローブの女性が頭を下げて部屋に案内される。
ニグム様が先に入り、部屋を確認してからまた舌打ち。
「別の部屋も準備しておけよ」
「もちろんでございます。お部屋のお掃除が行き届いていない件、ご不快にさせて申し訳ございません」
「はあ……フラーシュ王国の使用人が国外に今後どのように言いふらされるか……。この程度の仕事しかできない女中なら必要ないな」
ぎろり、とついてきた四十人くらいの侍女たちを睨みつけるニグム様。
部屋の中を眺めるとなるほど、確かに砂が入り込んでいる。
コキアとハゼランが笑顔で初老の侍女に「掃除用具はどちらでしょうか?」と嫌味を言っていた。
鼻水も出ていないから、大丈夫だとは思うけれど……。
王太子の客人の部屋ではありえないよね。
「ジェーラ、全員実家に帰せ。いらん」
「ぜ、全員でございますか?」
「いらん。この程度の女中しか揃えられないならお前もいらない。次はない。総入れ替えするように申請しておく」
「お、お待ちください!?」
初老の侍女が驚いて顔を上げる。
侍女を全員解雇っていうのはさすがに過激すぎでは、と思ったのだけれどニグム様のうんざりした表情から「あ、初めてじゃないんだな」と察した。
この国では女性の立場は非常に低い。
それなのに仕事も適当、他国の姫の客間の掃除も適当、では……。
ううん、私の方からはなんとも言えないな。
自国で自分の侍女やメイドがこんなことしたら私もこの場からは下げるもの。
まあ、私の侍女たちはこんなことしないけれど。
実際初老の侍女から掃除道具の在り処を聞き出し、持ち出してきて部屋の掃除を始まる。
寝室とダイニングが繋がるような広い部屋が二つなので、コキアに笑顔で「姫様は寝室でお待ちくださいませね」と言われて追いやられてしまった。
ニグム様のお怒りは治まる気配はなく、ご自分でカウチソファーにかけられた絨毯を外に出してパタパタ砂を落としている。
「殿下、そのようなこと、わたくしどもが……」
「お前たちがやらぬのだから俺がやるしかあるまい。ふざけるなよ。給金をもらっておきながらまともな仕事もできぬ女中などいらん。荷物をまとめておけ」
ふんわりと私の肩の方に飛んできたフラーシュ様が『気にしなくていいからな。どうせニグム様相手のハーレム要員候補や。貴族の金持ちが自分の娘をハーレムに入れて、うまい汁吸うために捻じ込んできてるやつらやねん。仕事できんのはそのせいやな』とのこと。
ああ、なら……い、いいのかなぁ?
「あの、ジェーラ様という方は……」
『あれもそういう貴族の娘を王宮に入れる手引きをしとる女官やな。それで賄賂とかもらっとんねん。恥ずかしながら、今うちの国結構腐っとんねん。わいが見える王族がすっかり減ってもうたからな~』
「そうなのですね……」
恥ずかしい限りやわ~、と顔を小さな手で覆うフラーシュ様。
まあ、どこの国も大なり小なり腐っている部分はあるものだ。
でも、そうなるとニグム様は――
「ニグム様は……この国で本当に、孤独なのですね……」
その気持ちは、少しだけわかる。
花真王国で私だけが花粉症だった。
花の国で、王族なのに花粉症。
ニグム様もこの国で一人だけフラーシュ様を見て、話すことができる。
国を守り繁栄させる才能を持つ者だけ見て、触れることができる守護獣様を。
それはこの国の益そのもの。
でも、だからこそあのようにハーレム要員候補が殺到しているし、後宮で女性にトラウマができるほど色々なことに巻き込まれてきたのだろう。
弟さんが二人いると言っていたので、王位継承権もゴタゴタしているだろうし。
「お待たせいたしました、ニグム様」
「ラフィーフ、やっと来たか」
新しく入ってきたのは黄色い服の女性。
ニグム様に手招きされて、入り口に近づくと「ラフィーフだ。滞在中君の世話を任せる。まだ成人前なので他国のことを色々教えてやってほしい」と紹介された。
十四歳の年若い女の子。
フェイスベールでわかりづらいけれど、フラーシュ王国では王族の女性しか勉強できないし王族の女性であっても留学はできない。
他国の文化に興味のあるお年頃の女の子、ということでニグム様が気を利かせて滞在中私付きの世話係にして話を聞かせてあげたい、ということらしい。
優しいな……。
「私でよろしければ」
「ああ、ありがとう。ではまず部屋の掃除を頼む。他のものは邪魔だ。自分の荷物をまとめて家に帰れ。散れ!」
あたふたとしている侍女たちを、ニグム様が追い払う。
結局私も部屋の掃除を手伝って、その日はずっとニグム様と一緒。
王族が侍女たちと一緒に部屋の掃除をするなんて、ちょっと間抜けな気もするけれど……家具の名前や侍女さんたちが来ている服の名称、服の色による階級などを教わった。
基本的な衣装は四つ。
ヒジャブ――女性の顔を覆う一般的なもの。スカーフやヴェールのこと。主に髪を隠す用途。
ニカブ――目だけを出して顔が全部覆われるもの。この国の貴族女性の中でも、身分の低い女性、顔の美しくない女性は頭から顔まですべて覆う。ヒジャブより覆われる面積も多く、外れづらい。
アバヤ――黒いガウンのこと。貴族女性や城仕えの女性はあまり着ないけれど、太陽の日差しが強いので、建物の外に出る機会の多い平民女性には必須。多種多様の色と柄があるいわゆるおしゃれアイテムだが、黒がシックでエレガントに見えると言われて好まれているらしい。
チャルド――いわゆる羽織。アバヤと似ているけれど、アバヤはコート、チャルドは布一枚。そのため結構ずり落ちる。王宮勤めの女性が城から貴族街などへ買い物に出かける時などに着用する。
「王宮勤めの女性は動きやすさ重視なので、アバヤやチャルドを着る機会は少ないのですが、貴族街に出かける時はお洒落できるのでテンションが上がるんですよ」
「そうなのですね」
「他の国にはどんな服があるのですか?フィエラシーラ姫の着ている服は、どんな名前なのですか?どうやって着るのですか?一着いくらくらいが相場なんですか?学園では制服を着ると聞きました。どんなものなのですか?」
キラキラした目。
この国の女性……王宮努めの女性はお洒落する自由も制限されているのね。
「ええ、いっぱいお話ししましょう」
「はい!」
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