流星群の落下地点〜子どもの初恋が大人の恋になるまでの二年間〜

古森きり

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安心と後悔の狭間

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(あったかい……優しい……)
 
 ぼんやりとする。
 腹の中にまだ、あの熱が渦巻いている感覚。
 けれど、体には相変わらず力が入らない。
 
「損傷のない部屋はこちらが一番かと」
「他の部屋の安全確認も頼む。あと、上の騎士たちにもノインを見つで保護した連絡。安否確認は今から行う。あの女が“ロラ・エルセイド”である可能性が高い以上、二階の安全な部屋から一歩も出るなと釘を刺しておけ」
「かしこまりました」
 
 テキパキとノインをベッドに寝かせ、風磨フウマに指示を飛ばしてからノインを包んでいた外套を外す。
 体を隅々まで見下ろされている、視線。
 その視線だけで、身に渦巻いていた熱が広がっていく。
 
「あ……」
 
 声が漏れる。
 見られているだけなのに。
 
「あの女」
 
 視線を上げる。
 殺意の籠ったシドの声。
 カラン、と胸の上にガラティーンのペンダントが置かれる。
 
『ノイン! 無事であったか!?』
「ガラティーン……」
「無事ではない。淫紋を刻まれ、第二異次元エクテカを繋げられている。面倒なことを……」
「えく、てか……?」
 
 掠れた声しか出てこないが、なんとか聞き返した。
 すると両腕をまとめあげられ、頭の上で固定される。
 
「あ……あの……?」
「少し我慢しろ。俺じゃ完全に取り払うのは無理だが、条件の緩和なら多少融通が利くはずだ。ガラティーン、そのままノインに聖剣の加護を。淫紋は【神霊国ミスティオード】の一部悪魔が使う魔術で、俺も知識が足りない」
『りょ、了解した』
「んひぃ!?」
 
 下腹部にシドの手が置かれる。
 たったそれだけのことなのに、あの甘ったるい電流が全身に駆け巡った。
 頭が痺れる。
 口を開けて「あぁっ」という情けのない、甘い声が溢れた。
 
「あ、っあ……気持ちいいっ、や……やだあ」
 
 全身が気持ちよくなっていく。
 そして、物足りない。
 尻の中を細い触手が進んだ時のように「もっと太いもので貫かれたい。激しく出し入れされて、弱いところを突かれたい」という欲求。
 唾液が口の端から溢れる。
 理性がブチブチ、音を立てて焼き切れるようだった。
 口走りたい。
 とにかく、とんでもないことを。
 太いもので貫かれたい、ではなく――シドのモノで貫かれたい、と。
 自分の勃起した性器を見て、それと自分の中に入っていた器具が“それを模したモノ”だということくらいもうとっくに気づいている。
 気づいていて、怖くて認めたくなかった。
 けれど先程、頭まであの感覚に支配されて、認めてしまった。
 だから「シドもおちんちん大きくなったら硬くなるんでしょ?」とか「それでボクのお尻をぐちゃぐちゃにして!」とか、とんでもないことを言いそうになっている。
 唇を噛む。
 そんなこと、言ってはいけない。
 これ以上醜態を晒すわけにはいかない。
 
「……厄介な」
『なんとかなりそうなのか?』
「やはりいくつか条件が付与されている。すべての条件を削除することは俺では無理だが、数種類くらいなら消せる。それ以外は、命令を書き換えれば緩和は可能だな。淫紋自体を消すには、やはりリグでなければ無理だ」
『むう……』
「っ……ッ……っ、ぅは、ぁっう……」
 
 全身が甘く痺れて、堪らない。
 我慢ができない。
 それを、根性で必死に耐えている。
 なにか一つ決壊したら、あのとんでもないセリフを絶対に口走る自信があった。
 もう、ノインの体はノインのものであってノインのものではない。
 自分の体なのに、自分では制御ができない。
 
「項目1、“自分より魔力の高い者への発情”条件を変更。“魔力量100以上の人間”に限定。項目2、3を削除。項目4、“常に発情状態を維持”条件を変更。“一日に一度だけ発情”に限定。項目5、6、8を削除。……項目7を“人間”に限定し変更。っ……これは……。第二異次元エクテカへのアクセス権を一時停止。再稼働時期を三十日後に設定。項目9を削除。……項目10、“絶頂回数制限管理者権限”を――シド・エルセイドに再設定」
 
 渦巻いていた熱が、ほんの少しずつ消えていく。
 呼吸は未だに苦しいが、あの凶暴な熱は確かに小さくなっていった。
 はあ、と息を吐く。
 
「項目11から14を削除。項目15、“支配権限”を……シド・エルセイドに変更、再設定。項目16、“痛覚設定”は正常に変更。項目17から19を削除。項目20、“人外妊娠”を“不可”に変更、再設定を不可に」
『なんかさっきからずっと不穏すぎないか!?』
「話しかけんな!」
 
 それからもつらつらとシドがなにかを呟いていく。
 一度目を閉じると、体の熱が下がり続けて体が楽になる。
 もう一度目を開いて、シドの手のひらの体温を感じる場所に視線を落とす。
 赤い魔法陣がシドの手のひらを包み、それが少しずつ形を変えていった。
 
「――このくらいしかできないな。体はどうだ?」
「……楽になった……」
「はあ……」
 
 安堵の溜息。
 ベッドに座り直したシドが、また外套を体にかけてくれる。
 
「シャワー室を見てくる。お前体ベタついてるけど、風呂入りたい?」
「おふろ……入りたい……」
「待ってろ」
 
 髪を撫でられるが、その手が離れると髪も一緒に引っ張られた。
 目を開けるとシドの嫌そうな顔。
 あのスライムや、器具の粘液だろうか。
 ベッドから重みが消えると、扉が開く音。
 そのあと、シャワー室から水音が聞こえてきた。
 
「お前、そういえば服は?」
「スライムに……」
「はあー。クソ。まあいい、抱き上げるぞ。眠たければ寝ててもいい」
「……あ……ありがとう……」
 
 寝てもいい、と言われて自分の体力が限界だったのを自覚した。
 体力には自信があったが、体力以外――精神的な部分の消耗も激しい。
 言われるがままに意識を手放す。
 目を閉じても、シドの温もり、匂いによる安心感で不安な気持ちが嘘のようになくなった。
 
「主人」
 
 意識を手放したノインを横抱きにして抱え、シャワー室に連れて行こうとしたところで風磨フウマが部屋に戻ってきた。
 二階の騎士二人はノインの安否を、執拗に聞いてくるという。
 
「最低限の治療は終わらせた、と伝えろ。とにかく消耗が激しい。しばらくこの部屋で休ませて、様子を見てから戻る。完治させたわけでもないが、命に別状はない。引き続き待機。厳命だ」
「かしこまりました。そのように伝えます。必要とあれば拙者があの二人をこちらに案内しますが――」
「ダメだ。あの女はハロルド・エルセイドの妻だぞ。舐めるな。若いとはいえ剣聖が喰われている。その意味を肝に銘じろ」
「差し出がましいことを申しました」
「それに……条件は緩和したとはいえ淫紋は“男”に限定されている。自分の身も自分で守れないような状態で“男”と会わせるのは不安要素が大きすぎる」
「……そうですね」
 
 その、一瞬の“間”に含まれた意味を、シドとて理解している。
 抱いたままシャワー室に入り、ノインの全身についた粘液を洗い落とす。
 催淫ローションと、見慣れたピンクのスライム――【神林国ハルフレム】の発情スライムの粘液。
 今は乾燥して効果を失っているので、シドが触れても問題はないが吐き気がする。
 これは弟が――リグが、ダロアログに犯されていたあの日々にも用いられていたものだ。
 
(ああ、気分悪ぃ……)
 
 
 
 ◆◇◆◇◆
 
 
 
「……ん……」
 
 ふと、意識が浮上する。
 薄暗い部屋。
 あの白く眩しい部屋ではない。
 視線だけであたりを見回し、確認すると入口付近にシドが座って本を読んでいた。
 
(かっこよ……)
 
 なにをしていても絵になる男だと思う。
 髪を掻き上げる仕草すら、色っぽくてかっこいい。
 
「お腹すいた……」
「あ? 起きたのか?」
 
 ぽつり、と呟く。無意識だった。
 ハッとして目を見開くと、シドが気づいて椅子から立ち上がりベッドに近づいてくる。
 
「あ……ゲホッ、ゲホッ!」
「先に水飲め」
「ぐぅ」
 
 背中を支えられて上半身を起こされる。
 水差しでゆっくりと水を飲む。
 やたらと甘く、とろみがある水だ。
 
「美味しい……」
「ジャイモとナナヴァの粉末を少量混ぜてある。栄養と胃や腸の粘膜保護効果があるから、もう少し飲んでおけ」
「んん……」
 
 そう言われて、口にまた近づけられたので素直に飲む。
 すっかり空になるまで飲んでから、息を吐き出した。
 
「やはり熱が出ているな」
「ねつ……?」
「寒気がするだろう?」
「さむけ……?」
「自覚ないのかよ。まあいい、食事したらもう少し寝ろ。あの二人の騎士は一旦町に帰らせる。ここじゃあ食糧もそのうちなくなるからな」
「え? あ、うん……?」
 
 誰のことだろう、とぼんやりと思考の定まらない頭で考える。
 生まれてこの方、風邪も引いたことがないので自分が熱を出しているという実感が一切ない。
 
「……なんか知らない服着てる……」
「この研究施設の支給品だな。お前の着替えを取りにいくより、部屋の備品を使った方が早かったからな」
「カビ臭くないね」
「【機雷国シドレス】の技術で、五秒ほどで製作されたものだからな。新品だよ」
「ほええ……」
 
 すごいねぇ、と言うと目を細められた。
 そして、壁のパネルのようなものをぽちぽちと押してから、突然開いた穴からプレートを取り出す。
 ほかほかと湯気を立てたお粥。
 
「うえぇ……? すご……どーなってるのぉ?」
「キッチンがあったから作っておいた。リグのやつが『これなら胃が弱ってても食べられた』と言っていたから、作り方をリョウに聞いておいたんだが、まさかお前に作ることになるとはな」
「……あ……ありがとう……」
 
 リグにリョウが作ってあげた“お粥”だ。
 実はノインも食べてみたかった料理。
 スプーンを持って食べようとしたが、手に上手く力が入らなくておっことしてしまう。
 
「あれ……」
「貸してみろ」
 
 なにか言われるのではと思ったが、シドはなにも言わずに隣に腰かけてスプーンを拾い、粥を掬ってノインの口元まで持ってきてくれる。
 それは、いつか本部の食堂でフィリックスがリグにしてあげていた――。
 
「……あーん……んっ……おいひい」
「よかったな」
「ん」
 
 飲み込むと、次を口元に運んでくれる。
 優しい。
 ノインは年上に囲まれて育ったので、自分でも甘えるのは上手い方だと思う。
 けれど、なぜなのだろう。
 シドの自分への扱いが、他の大人とは違う気がする。
 
(子ども扱いされてる……?)
 
 なんとなく師であるレイオンと、似たような感じで扱われているような気がした。
 一皿平らげると、また水分補給してから寝かされる。
 
「お薬とか飲まなくていいの? 熱が出た時はお薬飲むって……」
「病気の熱とは違うからな。体力と気力を消耗した、疲労による熱だ。睡眠と栄養をたっぷり摂って、休むしかない」
「そうなんだ……」
「次に起きた時は体力も気力もだいぶ回復して、別のしんどさが来る。それを乗り越えるためにも今は休め。起きるまで側にいるから、大丈夫だ」
「…………うん」
 
 髪を撫でられる。
 胸の上にはガラティーンの重みも感じられた。
 シドがずっと側にいてくれるのなら、なにも怖いものは来ない。
 絶対に大丈夫という確信と、安心感。
 その安心し切った寝顔を見ながら、シドはゆっくりと椅子に体を戻す。
 
(罪滅ぼしのつもりかよ。カッコ悪ぃ……)


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