呪厄令嬢は幸運王子の【お守り】です!〜外堀陥没で溺愛ルートのできあがり〜

古森きり

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がんばってみる

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「は、はひ、はひ……いく、しょくどう、おとうさま……ごはん」
「その調子です、お嬢様!」
「イングリスト殿下、申し訳ございませんがもう少し距離を……」
「で、でも祝福と呪いが……」
「魔術師様、この距離でも祝福と呪いは相殺しあいませんか?」
「問題はなさそうですね」

 入り口のところに、昨日の魔術師様もいらっしゃった。
 ぜ、全然気づかなかった。
 イングリスト殿下しか、見えていなかったんだわ。
 わ、私ったら、視野が狭い。
 隣にイングリスト殿下が歩いている。
 ちらちら、と時々私の方を見ているのがわかった。
 歩くだけで自分か、周りの誰かを転ばせてしまうから——ゆっくり、慎重に歩く。
 けれど、今日は不思議と転ばない。
 いつもよりも狼狽えているのに、どうしてだろう?

「——……」

 ふと、隣のイングリスト殿下を見た。
 目があって、微笑まれる。
 思い切り、慌てて顔を背けた。
 私の顔、火、噴いてないだろうか?
 綺麗な人。
 女神に祝福されている王子様。
 むり、むり。なんでそんな人が私なんかの隣にいるのだろう?

「エーテル、大丈夫か?」
「……おは、おは、おは、よ、ございま、ス……」
「お、おはよう」

 食堂につくと陛下とお父様がいた。
 お妃様、は——いない。

「すまない、妻は今朝起きられそうになくてな」
「い、いえ」

 イングリスト殿下の表情がつらそうに歪む。
 昨日、無理を押してパーティーに出席した王妃様は、倒れる寸前までイングリスト殿下の祝福の効果にご自身の幸運を吸い取られてしまったのだろう。
 席に着いた私は真正面にイングリスト殿下が座ると思わず、思い切り俯いてしまうけど——最後にイングリスト殿下のつらそうな表情をバッチリ見てしまった。

「エーテル嬢、昨日はよく眠れたかな」
「は、はぁ、は、はい……」

 陛下の質問にガチガチになりつつ答える。
 眠れたというか、さっき気絶から目覚めたというか。

「昨日は驚かせてすまなかった。君の呪いとイングリストの祝福——相性を見てからでなければ決められないと思ったのだ」

 神妙な面持ちで語る陛下だが、それを知りたいのであればなにもパーティーの場でなくてもよいのでは。
 と、私が思わずお父様を見上げると、どうやらお父様も同じことを思っていたらしい。

「しかし陛下、ならばなにもパーティーの日でなくともよろしかったのではありませんかな? なにぞ、それほど焦る理由がありましたか?」
「うむ……実はな、昨晩のパーティーに隣国のマリージア姫が出席なさる予定だった」
「は?」

 隣国?
 淑女教育さえ満足に受けていない私を慮り、お父様が「隣国オージェは我が国の大切な貿易国なんだよ」と教えてくれる。
 海に面している隣国オージェからは塩が輸出され、我が国はその恩恵を一番間近で受けているのだそうだ。
 もちろん、我が国からは小麦と豆が輸出されているので、持ちつ持たれつだけれど。

「イングリストとマリージア姫は同い年。しかし、イングリストの体質を思うと大切な隣国の姫君を我が国の妃として迎えるわけにはいかぬ。断りの手紙は送ったのだが、返事が来る前に姫が我が国へ入ったと報せがきてな……このままでは事実上、マリージア姫がイングリストの婚約者になりかねないと……」
「それはまあ、なんとも……」
「かなりの力技で乗り越えるしかなかったわけだ。申し訳ないことをしたとは思っておるよ」

 要するになかなかの緊急事態だったということのようだ。
 隣国との関係もあるので、姫の輿入れはお断りしたい我が国。
 手紙がオージェ国に届けば、国から帰還するようにマリージア姫へ連絡がいくだろう。
 ……まあ、国内にもなんか強烈な方がいましたしね。
 名前はなんだったか、忘れたけど。
 婚約者に決まっていないのに王妃教育を受けているというのだから、やる気が違うわよね。

「だが、エーテル嬢の呪いがイングリストの祝福を相殺するとわかった以上、是非城で王妃教育を受け、イングリストを生涯支えてほしい。君の家にももちろんそれなりの便宜は図ろう」
「……で、ですが、私……あの、令嬢としての、教育も受けておりません……し……」
「これから学べばよい。君にとってもイングリストの側は、悪いことばかりではあるまい? ……いや、本当に。もっと早くに君の呪いのことを思い出しておれば……! せめて十年……いや、七年! この結果を知っておれば、スティーラもローズレックも……っく!」

 フォークを握り締めたまま、反対の手で頭を抱える陛下。
 お妃様も、第一王子ローズレック様も……それほどまでに体調がよろしくないのね。

「……エーテル嬢、やはり自分と、どうか結婚していただけないでしょうか」
「え」

 目の前に座っていたイングリスト殿下が、あまりにも真剣に私を見つめる。
 それが無理すぎて俯くけれど、あの射抜くような眼差しは、私を見つめ続けていた。
 それがビシビシ感じられる。

「あなたが誰かを巻き込まぬように、お一人で暮らして来られたという話を聞いて、あなたの生き方は自分に似ていると思いました。自分も一人で生活をするようにしてきたので」
「…………」
「だから——いえ、これは、結局自分の主観かもしれませんが……その……」

 詰まる。
 その先の言葉を、“父”の前で告げるのは苦しいですよね。
 わかります。
 私も——同じだから。

「私、本当に、あの……字の読み書き以上のこと、できません。……それでも、いいですか?」

 その先を言わせたくなかった。
 きっと私も同じだもの。
 だから遮るように、聞いた。
 恐る恐るイングリスト殿下を見上げると、一瞬驚いてから安堵したような笑顔になる。
 だめ、やっぱり無理。
 あの人の笑顔が綺麗すぎて、直視できない。

「もちろんです!」
「で、でしたら……いいです。私も……貴族の端くれ、なので……」
「! ありがとうございます!」

 お父様が「本当にいいのか?」と小声で私の肩を抱く。
 もちろんである。

「がんばってみる……」
「そうか」

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