呪厄令嬢は幸運王子の【お守り】です!〜外堀陥没で溺愛ルートのできあがり〜

古森きり

文字の大きさ
6 / 30

王宮の朝(2)

しおりを挟む
 
 がたん、と部屋をノックする音に立ち上がってしまった。
 今し方思い浮かべていた人の声が聞こえて、心臓がバクバク凄い勢いで鳴っている。

「あ、あ、あ、あ、あ……」
「お嬢様、落ち着いてください」
「深呼吸ですよ」
「は、ははひひひぃ、ひいぃぃぃ、ひいーーーっ」
「もはや悲鳴」

 三人に肩を撫でられたり頭を撫でられたり背を撫でられたりして、とにかく必死に深呼吸をする。
 それから、震えながら口を開く。

「やっぱり無理ー! リリィ、ノリガ、エマお願いします! 対応してくださいっ!」
「ここでまさかの丸投げ!」
「やはり対人を拗らせてらっしゃる!」
「でもお嬢様のお願いなのでやるわよ!」
「「おう!」」

 三人とも力強い。

「おはようございます、イングリスト殿下。エーテルお嬢様はこちらでございます」
「おはようございます、リリィさん、ノリガさん、エマさん」

 なっ! なんと!
 リリィたちの名前をしっかり覚えていらっしゃるなんて!
 リリィたちもこれには目を丸くして驚いている。
 部屋に入ってきたイングリスト殿下の、その爽やかな姿。
 ふ、ふれぐらんす……?
 香水?
 それに、イングリスト殿下の周りにはキラキラとなにか光が舞っている。
 あれが祝福だろうか?

「おはようございます、エーテル嬢」
「っっっっーーー!」

 ま、眩しい!
 微笑まれただけで目が爆発してしまったみたい。
 思わず顔を両手で覆ってしまう。
 だって、だって仕方ない。
 私、十五歳の頃からずっと山の一軒家で一人暮らしだったのよ。
 同い年の男の人なんて、見たことがないのーーー!

「お、おは、おは、おはよう、ございます……」
「ご気分はどうですか?」
「だ、だいびょ、ぶ、でふ」

 か、噛んだーーー!
 むしろ噛み噛みー!
 家族以外の人と“会話”なんていつぶり?
 わかんないわかんない。
 もう十年か、そのぐらいぶり!

「朝食をご一緒してくださいませんか?」
「…………」

 ふるふると震えながらリリィたちを見る。
 ぐっ、と拳を握っていた。
 はい、逃げられないんですね。

「は、はい。ええと……でも、あの」
「はい」
「わ、わた、し、食事の、マナーとか……」
「大丈夫です。淑女教育を受けておられないんですよね。エーテル嬢には負担になってしまうかもしれませんが、今日から家庭教師に来てもらえることになりましたから、一緒に頑張りましょう!」
「へぅ!?」

 家庭教師!
 つまり淑女教育を受けろ、ということ!
 ま、まあ、そ、そうだよね。
 王子様の婚約者になったなら、それは仕方ない……。

「…………」
「エーテル嬢?」
「あ、あの、あの……私のような者を、婚約者に据えるよりも……ええと、そ、そう! 私の呪いがお役に立つのなら、婚約者ではなく、お側に仕えるだけで、いいと思うのですが!」

 そうだ、私みたいに一からマナーを叩き込まなければいけないような者よりも、昨日のパーティーにいた——…………ええとー……名前は忘れたけど、あの黒い縦巻きロールの彼女みたいに、王妃教育を受けている方、みたいな方の方が絶対にイングリスト殿下にはお似合い!
 だから、私のことは置き物のように扱ってください!

「それでは、あなたの幸せはどうなるのです」
「え」
「自分はこの祝福から、死ぬまで逃れることはできません。つまり、自分にはエーテル嬢、あなたが生涯必要なのです」
「ぴぅ……っ!」

 しょ、しょしょしょしょ、生涯!
 真正面からキラキラした瞳で、顔で、姿で言われると、やっぱり直視ができない!

「そして、あなたにも自分の祝福がお役に立てます。自分が側にいれば、あなたの呪いも相殺されるのですから」
「あ、あう、あう、あうっ!」

 て、て、て、手ぇ!
 手を握られてますよ私!
 お、おおぉぉ王子様に! イングリスト様に!
 そして顔がとても近い!
 え、なんの話ししてますか?
 顔が近くてなにも聞こえない。

「それならば夫婦として、生涯お互いを支え合うべきではありませんか!? それこそが健全な関係だと思います! それに、自分はあなたとなら、側にいられるのです。他の女性では、兄上や母上のようにしてしまう。ですが、あなたなら!」
「は、ひ、ふ、は、ほ……はふ……っ」
「エ、エーテル嬢?」

 顔が、近い。
 手が、熱い。
 声が、匂いが、体温が、存在が。
 目の前がぐるぐるぐるぐる。
 このままでは、私、また——!

「失礼いたします! 殿下!」
「申し訳ありません、イングリスト殿下! エーテルお嬢様は呪いの影響で、人に慣れておりません」
「ええ、ええ、特に殿下のような同い年の殿方とは、お話ししたこともありません!」

 リリィたちが、私の限界を察して私とイングリスト殿下を引き離してくれる。
 た、た、助かった。
 い、いえ、全然助かってない。
 体が震えて止まらない。どうなつているの、これ?

「っ、も、申し訳ない! 自分もご令嬢との距離感がわからないので、色々焦りすぎてしまったのですね……」
「そうですね、ゆっくりと距離感を測っていってくださいませ」
「それに、これから朝食でございましょう?」
「早く行かねば、陛下や旦那様をお待たせしてしまいます」
「それもそうですね。では、参りましょうか、エーテル嬢」

 エマに背中を撫でられて、宥められる。
 目の前がまだぐるぐる回っているけれど、陛下やお父様、と聞くと体はゆっくり歩き出した。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜

咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。 もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。 一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…? ※これはかなり人を選ぶ作品です。 感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。 それでも大丈夫って方は、ぜひ。

好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が

和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」 エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。 けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。 「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」 「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」 ──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

「転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?」〜推しが今日も溺愛してきます〜 (旧題:転生したら報われない悪役夫を溺愛することになった件)

透子(とおるこ)
恋愛
読んでいた小説の中で一番好きだった“悪役宰相グラヴィス”。 有能で冷たく見えるけど、本当は一途で優しい――そんな彼が、報われずに処刑された。 「今度こそ、彼を幸せにしてあげたい」 そう願った瞬間、気づけば私は物語の姫ジェニエットに転生していて―― しかも、彼との“政略結婚”が目前!? 婚約から始まる、再構築系・年の差溺愛ラブ。 “報われない推し”が、今度こそ幸せになるお話。

処理中です...