呪厄令嬢は幸運王子の【お守り】です!〜外堀陥没で溺愛ルートのできあがり〜

古森きり

文字の大きさ
21 / 30

私と魔女(1)

しおりを挟む
 
 床に横たわるイングリスト様の頭を持ち上げて、膝に乗せる。
 強制的に眠らされたイングリスト様は、このままでは水も飲めずに死んでしまう。

「お願い……お願いします、魔女様! イングリスト様を巻き込むのはやめてください! 私の命を差し出します! 私にできることなら、人様の命を奪う以外ならなんでもします! だから、呪いを解いてください!」

 嫌。嫌。本当に嫌。
 私を優しく見つめてくれた瞳が、もう見れないなんて嫌。
 私の名前を優しく囁いてくれた声が、もう二度と聞けないなんて絶対に嫌。
 私のせいでこの方が死ぬなんて、私が死ぬより嫌!

「あたしを裏切って生まれてきた娘が、ずいぶん虫のいいことを言うわね」
「っ……」
「あたしは魔女よ。裏切られたら倍返し。いいえ、二度とあたしに舐めた真似をできないように、あたしという存在の恐怖をしっかりと叩き込まなきゃ。迂闊に魔女に頼みごとをしたらどうなるか、思いされてやる。あんたの父親にね!」

 怒りだ。
 夢で見た、魔女そのもの。
 彼女は私にずっと怒りと恨みを夢の中で訴え続けてきた。
 知っているわ。
 私が悪いわけでも、父が悪いわけでも、そして彼女——魔女が悪いわけでもないの。
 父は一年という約束を守るつもりだった。
 母が治り、私が一歳になったら魔女の夫になるため戻るつもりだったのだと知っている。
 どんなに幸せでも、魔女との約束だから。
 それで母の命を繋いだのだから。
 それは家族で過ごす最後の一年になるはずだった。
 魔女が、父との約束を待てなかっただけ。
 魔女がそれほどまでに父と過ごしたかったのは、きっと本当に孤独だったからだろう。
 わかる。
 たった三年でも、あの小屋で独りぼっちの生活を送った今なら。
 この魔女ひとは寂しかったのだ。
 寂しくて寂しくて、久しぶりに訪れた父にすっかり頼って心を許してしまったんだ。
 でも父に愛する女性がいると知り、父を母に返すために私に呪いをかけた。
 やり場のない、悲しみや怒りや寂しさ。
 呪いを通じて、ずっとずっと私に夢で訴えていた。

「……」
「なによ、その目は」
「っ……」
「……なんなの……なんで、あたしを! お前を呪ったあたしをそんな憐れむような目で見る!? お前はあたしを、憎んでいるはずでしょう!?」
「違う……恨んでなんて、いません。私、魔女様がずっと寂しかったのを知っています」
「!?」
「夢の中でいつも魔女様が悲しそうで寂しそうだったのを知っていたんです。でも、夢の中では話しかけることもできなくて、私、本当はずっと魔女様とお話してみたかった。けれど、私が移動すると周りの人にまで不幸が及んでしまう。岬に住むあなたに、会いにいくことも難しくて諦めてしまっていました。せっかく会えたのに……私は……また魔女様を悲しませてしまって……ごめんなさい……ごめんなさい……!」

 父と同じように、私はあなたを孤独にするだけ。
 私の呪いがイングリスト様によって相殺されて、私との繋がりを感じられなくなってまた寂しくなってしまったんだろう。
 だからわざわざ会いにきて、私とまた繋がろうとした。
 この人はそういう形でしか、人と関われない。
 可哀想な人。寂しい人。孤独な人。
 私とイングリスト様、そして、この魔女。
 似ている、とても。
 似ているからこそ、私の目から溢れる涙は止まらない。

「でも、どうかイングリスト様はお許しください。この方もずっと、周りの人の幸運を吸い取ってしまうという孤独に苛まれていた方なのです。私たちと同じように、ずっとお一人で過ごされていたんです……! だから、許してください! イングリスト様だけは!」

 目を強く瞑る。
 手を組み、魔女に懇願した。
 長い沈黙のあと、魔女が動いた気配。

「無理よ」
「……!?」
「あたしにできるのは、呪いをかけることだけ。呪いを解くには女神の試練を受けて解呪の玉を得なければならないの」
「かいじゅの、ぎょく……?」

 ゆっくり目を開くと、先ほどの苛烈さを微塵も感じない魔女が立っていた。
 私が聞き返すと「そうよ」と返事までくれる。

「毒気を抜かれる娘ね。まるであたしの娘より、よほど女神のようだわ。あたしに呪われておきながら、どうしてこんなふうに育つのやら」
「魔女様……」
「ただし、呪いを解けるのは一つの玉で一つまで。お前自身に使えば周りまで不幸にする呪いは解けるが、王子に与えた眠りの呪いは解けない。そして、王子が女神に与えられた祝福は呪いではないからそのままよ。その強すぎる祝福をどうにかしたいのなら、その王子が自分の足であたしのところまで来なさい。祝福を相殺する呪いをかけてあげる」
「え! イングリスト様の『幸運』の祝福を、なんとかできるのですか!?」
「当たり前でしょ、あたしは魔女なのよ」

 イングリスト様の祝福が、直せる!
 いえ、魔女の呪いで相殺できる!
 そうか、私が今成り代わっている呪いを、直接イングリスト様にかけてもらえればイングリスト様は自由になれるんだ!

「あ、ありがとうございます! 魔女様!」
「ちゃんと手土産を持ってくるのよ。それから、あんたもちゃんと一緒に来なさい。女神の試練の“二周”はキツイと思うけど、その王子と一緒ならなんとかなるはずよ。いい? 絶対に——あたしに会いに来るのよ」
「……はい!」


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜

咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。 もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。 一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…? ※これはかなり人を選ぶ作品です。 感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。 それでも大丈夫って方は、ぜひ。

好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が

和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」 エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。 けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。 「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」 「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」 ──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

「転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?」〜推しが今日も溺愛してきます〜 (旧題:転生したら報われない悪役夫を溺愛することになった件)

透子(とおるこ)
恋愛
読んでいた小説の中で一番好きだった“悪役宰相グラヴィス”。 有能で冷たく見えるけど、本当は一途で優しい――そんな彼が、報われずに処刑された。 「今度こそ、彼を幸せにしてあげたい」 そう願った瞬間、気づけば私は物語の姫ジェニエットに転生していて―― しかも、彼との“政略結婚”が目前!? 婚約から始まる、再構築系・年の差溺愛ラブ。 “報われない推し”が、今度こそ幸せになるお話。

処理中です...