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9話
しおりを挟む聖女——近藤さんの持っている『特異スキル』があまりにも聖女らしからぬスキルだったため、せっかく勇者と聖女が揃って召喚されたにも関わらず、[略奪]なんて外聞が悪すぎる!
そこで目をつけたのがリオハルトの『天性スキル』だ。
【召喚】ならば、聖女が持っていても賞賛される。
生後半年で赤子のリオハルトには、まだ【召喚】が使えない。
それならばリオハルトから【召喚】を取り上げて、国のために“有効活用”する、と。
そして侯爵家の者として、この国に貢献せよ、という意味。
私も、リオハルトも、トイニェスティン侯爵家の人間。
この国のために心身を捧げるのは、貴族としての義務。
私は立場上断るという選択肢はない。
けれどリオハルトにはそもそも選択するという能力がない。
リオハルトの保護者であり責任者であるお父様が『是』と答えたのならば、私もリオハルトもその決定に従うしか……。
「………………」
涙が溢れる。
こんな……こんな……!
「え、えーと、あ、あの、お、王様? な、なんか彼女、困ってるように見えるんですけど……」
恐る恐る、郁夫が陛下に話しかける。
でも、本当に余計なことをしないで、言わないで!
私の立場は本当に弱い。
ないと言ってもいいぐらいなのよ。
あなたがなにを言ったところでなにも変わらないし、最低条件——リオハルトの命さえ危うくなる!
私はいい。
でも、あなたは今世のリオハルトの命まで危険に晒すつもり!?
「なにも不安になることはない。たとえリオハルトから『天性スキル』が聖女のもとへ移動したとて、お前たちの身柄はトイニェスティン侯爵が保護すると約束している。そうだな?」
「はい! 我が娘、我が孫のことでございます。なにもご心配はございません」
「!」
ゾッとした。
父の笑み。陛下の安堵した表情。
クリステリア王女殿下の不満げな態度と、ニコニコ愛想笑いする近藤さん。
わかっていたこととはいえ、郁夫はそれを聞いて「そ、そうかー」と安心した顔をする。
俺のおかげで私が助かった、くらい思ってる顔だ。冗談ではない。
父が私たちを庇護するわけがないのだ。
それも、リオハルトから【召喚】が奪われれば、穀潰しを二人も置いておく必要は完全になくなる。
むしろ、この瞬間——父が私たちの身柄を掌握することを、陛下が承認したに等しい。
家に帰ればどうなるかわからなくなった。
まずい。
お兄様に連絡する術もない。
どうにかして……家に帰る前に逃げなくては。
家に帰ったら、今まで以上に酷い扱いを受ける。
最悪、即殺されても不思議じゃない!
「どうだ? 娘。リオハルトのスキルを聖女殿に預けてはくれぬか?」
陛下の言い方は優しい。
もしかしたら、陛下は本当に近藤さんが帰ることになったらスキルをリオハルトに返してもらうつもりなのかも。
少なくとも片方を元の世界に還す魔力を貯めるには五年、二人揃って還すには十年かかる。
リオハルトは五歳か、十歳。
十歳にもなれば、魔法の基礎勉強を始められる。
でも……でも!
「アンジェリカ」
父の低い、小さな脅しの声。
ここで嫌だと答えたらどうなる?
父の普段の姿を暴露したら?
陛下なら信じてくれる?
いいえ、すでにクリステリア王女が私の悪印象を口にしている。
ああ、そうか。
やっぱり最初から仕組まれていたんだ。
陛下が一度も私の名前を呼ばないのも、私の今の地位を理解しているからだ。
無理だ。だめだ。助からない。
リオハルトの『天性スキル』は諦めるしかない。
家に戻る前、城にいる間になんとか逃げ出すんだ。
それにはまず、謁見の間を出なくては。
問題は父の隷属紋章魔法をどうするか。
「…………はい。もちろんです。侯爵家に生まれたからには、わたくしもリオハルトもこのコバルト王国に身命を賭して尽くす所存。しかしながら、過保護な父の隷属紋章魔法は、わたくしには枷として感じられます。クリステリア殿下ならば、父の束縛の煩わしさはご理解いただけるかと存じますが」
「え? ……ま、まあ? お父様からそのような魔法を? それは確かに過保護すぎではなくて? 侯爵」
私の印象を悪くする要因、クリステリア王女を利用する。
自由奔放なクリステリア王女なら、こういう言い方をすれば賛同しないわけがない。
兄との婚約を進めたいのであれば、私は邪魔。
特に実家に入り浸りになる要因の一つがこの『父の過保護さにおける隷属紋章魔法のせい』と上塗りすれば父の印象もさほど悪くはならないはず。
陛下も眉を寄せるが、社交界デビュー前に妊娠出産した私に過保護故に隷属紋章魔法を強いたと言われれば、「余程娘を大事に思っているのか」と外聞はひどくはないだろう。
お父様は私にだけ聞こえる舌打ちをした上で、陛下たちの目の前で隷属紋章魔法を解除する。
これで逃げられる……。
「それでは聖女様、リオハルトの【召喚】を、どうぞこの国のためにお使いください」
「ええ、実験に付き合ってくれてありがとうね」
やっと、と言わんばかりにあくびを噛み殺した近藤さんが近づいてくる。
私の腕の中で寝ていたリオハルトに手をかざすと、光の鎖が二人を繋ぐ。
リオハルトの中から水晶のような光の玉が出てきて、鎖を引っ張った近藤さんの中へと入って消えた。
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