“用済み”捨てられ子持ち令嬢は、隣国でオルゴールカフェを始めました

古森きり

文字の大きさ
9 / 42

9話

しおりを挟む

 聖女——近藤さんの持っている『特異スキル』があまりにも聖女らしからぬスキルだったため、せっかく勇者と聖女が揃って召喚されたにも関わらず、[略奪]なんて外聞が悪すぎる!
 そこで目をつけたのがリオハルトの『天性スキル』だ。
【召喚】ならば、聖女が持っていても賞賛される。
 生後半年で赤子のリオハルトには、まだ【召喚】が使えない。
 それならばリオハルトから【召喚】を取り上げて、国のために“有効活用”する、と。
 そして侯爵家の者として、この国に貢献せよ、という意味。
 私も、リオハルトも、トイニェスティン侯爵家の人間。
 この国のために心身を捧げるのは、貴族としての義務。
 私は立場上断るという選択肢はない。
 けれどリオハルトにはそもそも選択するという能力がない。
 リオハルトの保護者であり責任者であるお父様が『是』と答えたのならば、私もリオハルトもその決定に従うしか……。

「………………」

 涙が溢れる。
 こんな……こんな……!

「え、えーと、あ、あの、お、王様? な、なんか彼女、困ってるように見えるんですけど……」

 恐る恐る、郁夫が陛下に話しかける。
 でも、本当に余計なことをしないで、言わないで!
 私の立場は本当に弱い。
 ないと言ってもいいぐらいなのよ。
 あなたがなにを言ったところでなにも変わらないし、最低条件——リオハルトの命さえ危うくなる!
 私はいい。
 でも、あなたは今世のリオハルトの命まで危険に晒すつもり!?

「なにも不安になることはない。たとえリオハルトから『天性スキル』が聖女のもとへ移動したとて、お前たちの身柄はトイニェスティン侯爵が保護すると約束している。そうだな?」
「はい! 我が娘、我が孫のことでございます。なにもご心配はございません」
「!」

 ゾッとした。
 父の笑み。陛下の安堵した表情。
 クリステリア王女殿下の不満げな態度と、ニコニコ愛想笑いする近藤さん。
 わかっていたこととはいえ、郁夫はそれを聞いて「そ、そうかー」と安心した顔をする。
 俺のおかげで私が助かった、くらい思ってる顔だ。冗談ではない。
 父が私たちを庇護するわけがないのだ。
 それも、リオハルトから【召喚】が奪われれば、穀潰しを二人も置いておく必要は完全になくなる。
 むしろ、この瞬間——父が私たちの身柄を掌握することを、陛下が承認したに等しい。
 家に帰ればどうなるかわからなくなった。
 まずい。
 お兄様に連絡する術もない。
 どうにかして……家に帰る前に逃げなくては。
 家に帰ったら、今まで以上に酷い扱いを受ける。
 最悪、即殺されても不思議じゃない!

「どうだ? 娘。リオハルトのスキルを聖女殿に預けてはくれぬか?」

 陛下の言い方は優しい。
 もしかしたら、陛下は本当に近藤さんが帰ることになったらスキルをリオハルトに返してもらうつもりなのかも。
 少なくとも片方を元の世界に還す魔力を貯めるには五年、二人揃って還すには十年かかる。
 リオハルトは五歳か、十歳。
 十歳にもなれば、魔法の基礎勉強を始められる。
 でも……でも!

「アンジェリカ」

 父の低い、小さな脅しの声。
 ここで嫌だと答えたらどうなる?
 父の普段の姿を暴露したら?
 陛下なら信じてくれる?
 いいえ、すでにクリステリア王女が私の悪印象を口にしている。
 ああ、そうか。
 やっぱり最初から仕組まれていたんだ。
 陛下が一度も私の名前を呼ばないのも、私の今の地位を理解しているからだ。
 無理だ。だめだ。助からない。
 リオハルトの『天性スキル』は諦めるしかない。
 家に戻る前、城にいる間になんとか逃げ出すんだ。
 それにはまず、謁見の間を出なくては。
 問題は父の隷属紋章魔法をどうするか。

「…………はい。もちろんです。侯爵家に生まれたからには、わたくしもリオハルトもこのコバルト王国に身命を賭して尽くす所存。しかしながら、な父の隷属紋章魔法は、わたくしには枷として感じられます。クリステリア殿下ならば、父の束縛の煩わしさはご理解いただけるかと存じますが」
「え? ……ま、まあ? お父様からそのような魔法を? それは確かに過保護すぎではなくて? 侯爵」

 私の印象を悪くする要因、クリステリア王女を利用する。
 自由奔放なクリステリア王女なら、こういう言い方をすれば賛同しないわけがない。
 兄との婚約を進めたいのであれば、私は邪魔。
 特に実家に入り浸りになる要因の一つがこの『父の過保護さにおける隷属紋章魔法のせい』と上塗りすれば父の印象もさほど悪くはならないはず。
 陛下も眉を寄せるが、社交界デビュー前に妊娠出産した私に過保護故に隷属紋章魔法を強いたと言われれば、「余程娘を大事に思っているのか」と外聞はひどくはないだろう。
 お父様は私にだけ聞こえる舌打ちをした上で、陛下たちの目の前で隷属紋章魔法を解除する。
 これで逃げられる……。

「それでは聖女様、リオハルトの【召喚】を、どうぞこの国のためにお使いください」
「ええ、実験に付き合ってくれてありがとうね」

 やっと、と言わんばかりにあくびを噛み殺した近藤さんが近づいてくる。
 私の腕の中で寝ていたリオハルトに手をかざすと、光の鎖が二人を繋ぐ。
 リオハルトの中から水晶のような光の玉が出てきて、鎖を引っ張った近藤さんの中へと入って消えた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。 辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。 夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆  異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆ 

せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません

嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。 人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。 転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。 せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。 少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。

好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が

和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」 エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。 けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。 「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」 「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」 ──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

ブラック企業に勤めていた私、深夜帰宅途中にトラックにはねられ異世界転生、転生先がホワイト貴族すぎて困惑しております

さら
恋愛
ブラック企業で心身をすり減らしていた私。 深夜残業の帰り道、トラックにはねられて目覚めた先は――まさかの異世界。 しかも転生先は「ホワイト貴族の領地」!? 毎日が定時退社、三食昼寝つき、村人たちは優しく、領主様はとんでもなくイケメンで……。 「働きすぎて倒れる世界」しか知らなかった私には、甘すぎる環境にただただ困惑するばかり。 けれど、領主レオンハルトはまっすぐに告げる。 「あなたを守りたい。隣に立ってほしい」 血筋も財産もない庶民の私が、彼に選ばれるなんてあり得ない――そう思っていたのに。 やがて王都の舞踏会、王や王妃との対面、数々の試練を経て、私たちは互いの覚悟を誓う。 社畜人生から一転、異世界で見つけたのは「愛されて生きる喜び」。 ――これは、ブラックからホワイトへ、過労死寸前OLが掴む異世界恋愛譚。

婚約破棄された地味姫令嬢は獣人騎士団のブラッシング係に任命される

ゴルゴンゾーラ三国
恋愛
 社交界で『地味姫』と嘲笑されている主人公、オルテシア・ケルンベルマは、ある日婚約破棄をされたことによって前世の記憶を取り戻す。  婚約破棄をされた直後、王城内で一匹の虎に出会う。婚約破棄と前世の記憶と取り戻すという二つのショックで呆然としていたオルテシアは、虎の求めるままブラッシングをしていた。しかしその虎は、実は獣人が獣の姿になった状態だったのだ。  虎の獣人であるアルディ・ザルミールに気に入られて、オルテシアは獣人が多く所属する第二騎士団のブラッシング係として働くことになり――!? 【この作品は、別名義で投稿していたものを加筆修正したものになります。ご了承ください】 【この作品は『小説家になろう』『カクヨム』にも掲載しています】

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

処理中です...