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39話

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「ティータ」
「ルイ! どうして? どうしてみんな、こんな!」
「……これがこの国……ドルディアル共和国なんだ。歪んでて、でもそれが当たり前なんだ」
「っ」

 知っていた。
 知っていたけど、理解が足りていなかった。
 優しい人たちが、自らを犠牲にしてあの国を支えているというこの歪んだ世界。
 お兄様のことは、私は今でも尊敬しているけれど。
 お兄様以外、私の支えはなかった、あの国を。
 ルイに支えられないと立てないほど、私はまた絶望感に苛まれる。

「いや……いやよ……せっかく穏やかに、リオと一緒に生きられる場所を見つけたと思ったのに……嫌、嫌……アーキさんやマチトさんが殺されるかもしれないなんて……町の人たちが殺されるなんて……!!」
「落ち着いて、ティータ。まだ俺の剣が抜かれたとは限らない」
「っ」
「……でも、兵士が対岸にいたなら可能性はある。俺も様子を見に行くよ」
「!」

 ティータ、とルイが私の肩を掴み、覗き込む。
 顔が近い。
 体が震えて、涙が止まらない。
 悪意ある者はあの森に立ち入れないはずなのだ。
 つまり、悪意なく剣を探して引き抜いた者がいる可能性。
 悪意なく。

 ——悪意なく、他人を傷つける。

「……郁夫」
「?」
「私の前世の夫。きっとあいつだわ。不倫相手の後輩と、この世界に来て、そして、またっ……! どうして、どこまで!」

 こう言っては失礼かもしれないけれど、近藤さんは悪意を自覚していると思う。
 そうでなければ結婚式に来て私の夫だと知っている郁夫と、不倫なんかしない。
 わかっていて、なおかつその罪悪感すら楽しんでいるのだ。
 だから近藤さんではない。
 近藤さんじゃないなら郁夫だ。
 異世界に召喚されて、子どもを抱えた若い女が「前世はあなたの妻子です」と言ったところで信じられないのは仕方ないだろう。
 でも、それでも!

「落ち着いてね。大丈夫。……君もリオも町も町の人たちも、俺が守る。人間と対峙しても、人間を殺すことになっても……そうするって決めたから、俺」
「っ、ル、ルイ……」
「たとえ本当にティータの前世の旦那さんだとしても、どうかそんなに恨まないであげてほしい。俺も最初の頃はコバルト王国に騙されていたから」

 知らぬまま戦わされていたルイ。
 確かに、そうかもしれないけれど……。
 でも郁夫の場合そうではない。
 ルイは未成年で、子どもだった。
 でも郁夫は成人男性。
 人に言われたことを素直に聞くのは美徳かもしれないけれど、もうそんな年齢ではない。
 流されるだけで思考放棄しているとも言える。
 本当に、今更ながらなんであんな男と結婚してしまったのだろう、前世の私は。

「でも、ルイ……ルイだって、もう、戦いたくないって」
「うん。これ以上戦うと——これ以上レベルが上がると多分人間やめることになると思う」
「!」

 顔を上げる。
 最初に聞いた時はあまりにも軽いノリで言われたけれど、まさか。

「ルイ……」
「落ち着いてね。ひとまず様子を見てくるだけだから。リオとコルトをお願いね。アーキさんたちはきっと運命を受け入れるから、そうなっても自分を責めないで。これを」
「?」

 私に手渡されたのは手のひらに収まる、白い木製の箱。
 蓋は金の装飾品で縁取られ、中心には月桂樹の冠に包まれた翼持つ女神が彫られている。
 見たことのないオルゴールだ。
 店に並ぶオルゴールでは、ない?

「蓋を開き、音楽を流すと結界魔法が発動するようになっている。他のこれは周囲に三メートルの円形の結界。ティータとリオ、コルトだけならこれでなんとかなるよ。でももし、俺がいない間に町を襲われたら店に並んでいるオルゴールを全部起動させて。全部動かすと、曲が魔法陣を起動して町全体を覆う広範囲結界を起動させる仕掛けが施してあるんだ。森に施したのと同じ、悪意あるものを迷わせる迷いの結界だよ」
「ルイ……」
「離れていてもちゃんと守る。俺を信じて、待っていてくれる? 絶対にマチトさんを連れて、帰ってくるから」
「…………」

 私の目を、しっかり見つめてくれる。
 郁夫は私から目を逸らすけれど、ルイは——。
 私の話を聞いてくれるし、理解してくれる。
 その上で私の気持ちを優先してくれるし、私とリオを守ろうとしてくれるし、私にもできることを教えてくれる。

「わかった、待ってる……オルゴールの使い方も、教えてくれてありがとう……」
「うん。よろしくね」
「うん……」

 きっと、ルイは強いんだろう。
 人の枠から外れてしまうほど強くなってしまった。
 それほど多くの——この国の人を殺してしまったんだろう。
 そして、それを悔いて静かに、穏やかに生きようとしていた。
 私たちを守るためにその平穏を捨てようとしている。
 私は、そんな優しいルイを、信じる。
 信じている。

「私がここを守るから」
「……うん、ありがとう」

 コバルト王国の事情も、わからないでもないの。
 この国の民を殺して、魂を解放しなければ新たな命……赤ちゃんが生まれない。
 同じ母として、死産で生まれる子がいると思うと胸が張り裂けそう。
 でも、それでも……私はこの国の、この町の暮らしが好き。
 救われているから。
 だからお願い——どうか、帰って来て。
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