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王子のケーキ
しおりを挟む「ケーキ作ってきた!」
「!?」
扉が開く。
ミリアム様が、本当にホールケーキを作ってきたのだ。
嘘でしょ、信じられない!
王子が本当にケーキを作ってくるなんて!
「ちょうど昼食の時間だもの、クリス、食べてあげてちょうだいな」
「え、え、えっ」
「お世辞はなしだぞ」
ルイナを見る。
当然のように首を振られた。
まあ、ですよね!
逃げ場などない。
ワクワクする王家親子の眼差しに抗えるはずもなく、わたくしは定番の苺のショートケーキを見下ろした。
見た目はさすがに些か不格好と言わざるを得ない。
クリームの塗りは甘いし、苺を固定する土台は傾いている。
スポンジも平坦というわけではなく、中央が膨れていた。
しかし、そんな文句言えるはずもない。
観念してフォークをケーキに刺した。
切り分け、一口サイズのそれを……口へと運ぶ。
「………………」
しかし、どうだろう?
じんわりと広がる苺ジャムの甘酸っぱい風味。
粒々の食感と濃厚な甘い生クリームのハーモニー。
柔らかなスポンジが苺と生クリームを優しく包み込み、口の中を存分にその香りと甘み、瑞々しい酸味に仕上げていく。
頰に手を当てた。
そうしないと、ほっぺが落ちてしまう。
美味しい……美味しい……!
なんで美味しいの……!?
この世のものとは思えない……!
「美味しいです~!」
「!」
「まあ、良かったわね! ミリアム!」
これは大変だ。
美味しすぎて、フォークが止まらない。
ホールケーキはさすがに食べられた試しがないのに、わたくしは瞬く間にお皿に載った大きなホールケーキを食べ尽くしてしまった。
あまりの食べっぷりに、ルイナが口を開けて固まってしまうほどだ!
そのくらい、ミリアム様のホールケーキは美味しかった。
信じられない。
この世のものとは思えない美味だったわ。
これならいくらでも食べられそう!
「とても、とても美味しかったです! こんなに美味しいケーキは生まれて初めて……!」
「そ、そうか? そ、そうかそうかー」
「苺は新鮮で、ジャムも甘みの中に酸味が残っていて……生の実とジャムのハーモニーを生クリームが濃厚に仕立て、スポンジが優しく包み上げて口の中いっぱいにその味わいを届けてくれる……。噛めば甘みとジャムに残った果汁の食感が甘さを引き立て、生クリームの濃厚ゆえのしつこさをリセットして無限に食べられます……!」
「そ、そうかそうか!」
「こんなに美味しいケーキを作れるなんて、ミリアム様はケーキ作りの天才ですわ……!」
「そ、そうか、そうかー!」
本当に、本当に美味しかった!
自分でも意外なほどにテンションが高かったと思う。
果たしてわたくしにここまでの語彙力があったのかと……後から考えても疑問なほどに褒めちぎる。
おかげでミリアム様はすっかりご機嫌。
「ではまた作って食べさせてやる。次はいつ食べにくる? 明日か? 明後日か?」
「また作ってくださいますの!?」
「ああ、クリスティアが望むなら毎日でも作ってやる。毎日同じケーキというのも芸がないから、明日はチョコレートケーキにするか」
「まあ! チョコレートケーキには大好きですの! 嬉しい……とても楽しみです!」
「よ、よし。では約束だ。明日、チョコレートケーキを作るから食べに来い」
「はい!」
いや、本当に。
後から考えればなんで約束をしてしまったのだろう。
指を絡めて約束した。
上がりまくったテンションのままベッドを降り、王妃様とミリアム王子に別れを告げて帰宅したのだ。
ルイナと和気藹々、明日のチョコレートケーキがとても楽しみだと語り合いながら帰宅したロンディウヘッド家。
その、食堂──。
「クリスティア!」
「!」
開口一番恐ろしい声で怒鳴られた。
テーブルを殴る音に、肩が飛び跳ねる。
父の鬼のような顔。
気分は一転、泣きたくなる。
「ミリアム王子に庇護を受けたそうだな!」
「は、は、はい……も、申し訳ございませ……」
「ああ! まったくだ! なぜミリアム王子なのだ! お前が婚約しなければならないのはミリアム王子ではなく、同い年の側室のご子息、アーク王子だ!!」
「!」
驚いて顔を上げる。
王子は、二人いた?
気づかなかった……!
「ここまでバカで使えない娘だったとは!」
「……も、申し訳ございません……」
「だ、旦那様、あの、お待ちください」
「なんだ!」
ルイナ!
だめよ、お父様には誰も逆らえない! クビになってしまう!
ルイナがいなくなったら、わたくしこの屋敷でどうすればいいの……!?
やめて、お願い!
「お嬢様は明日もまたお城にお招き頂いております。その時にアーク王子殿下にもお目通り願えるかと……」
「……ほう? 明日も呼ばれたと?」
「は……はい」
本当はミリアム王子と約束している。
しかし住んでいるのは同じ城。
昨日会えなかった王子様にも、会える可能性は高いだろう。
答えればお父様は少し、考えたそぶりを見せる。
「そうか、ならば今日のところは休むがいい。明日はしくじるなよ」
「……は、はい、お父様……失礼致します」
震える指先でスカートをつまみ、お辞儀をして食堂の前から離れた。
体の震えは自室に帰っても治らない。
「大丈夫ですか、お嬢様」
「……ル、ルイナ……お、王子殿下は、お二人、いたの?」
「は、はい。本日お会いした正妃エリザベス様のご子息、ミリアム様。そして側室のジーン様のご子息、アーク様。お二人はお嬢様と同い年……しかし、正妃エリザベス様よりも側室のジーン様は公爵家のご出身で身分がお高いのです」
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それでも父はやはり母君の身分が高いアーク様を推すのか……なんとも、父らしい……。
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