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アーク様のお母様【後編】
しおりを挟む「……あの、ところで……アーク様、ジーン様はどんな方なのですか?」
「うーん、小難しい頭でっかち?」
実の息子のセリフとは思えません。
「エ、エリザ様から見てどのような方なのでしょうか?」
「そうね、ツンデレ?」
「「「ツンデレ?」」」
思わずアーク様とルイナに被せるようにして聞き返してしまいました。
エリザ様、それは……前世用語ですわ……!
「申し訳ありません、エリザベス王妃、私の不勉強でございます。……ツンデレ、とは……なんなのでしょうか?」
「まあ、ルイナ、そんなにかしこまらないで。いいのよ、分からないのも無理ないわ。ツンデレとはわたくしの造語だもの」
「「造語」」
「…………」
きっとわたくしとアーク様が不思議そうだったから、ルイナが気を利かせたのだろう。
本当ならば他家の侍女が口を開いてよい場面ではないが、「ツンデレ」について代わりに聞いてくれたのね。
でも、これは前世の言葉なのでエリザ様は『造語』と答えた。
これは、わたくしも複雑な気持ちです。
「どういう意味ですか?」
「表面上は素直になれなくてツンケンしているんだけど、本当はみんなと仲良くしたくってもじもじしている。それが時々素直に表に出てきたらデレッとしているように見える人の事よ!」
「…………」
て、的確ぅ……。
でもアーク様の表情が「え? うちの母が?」みたいなお顔になっていますよ~。
「だからクリスティアもすぐに仲良くなれるわ」
「……は、はあ……」
あ、もしかしたら私にら気を遣ってくださったのかも……。
人見知りのわたくしが緊張して、粗相しないように。
エリザ様の心配りを無碍にするわけにはいきませんわね。
分かりました。
アーク様のお母様にして、王妃エリザベス様を差し置き、この国でもっとも高貴な女性と言われるジーン妃……彼女を「ツンデレ」だと思って接します……!
「ジーン様、エリザだけれどクリスティアを連れてきたわよ」
とある一室に来ると、エリザ様が扉をノックしながら声をかける。
……ルイナは顔を真っ青にして、悲鳴をあげそうな大口を開けて固まってしまった。
それもそのはず、王妃に扉を叩かせて声をかけさせるなんて……使用人が側にいて、そんな手間をかけさせるのは使用人失格……。
扉の前を警護していた二人の騎士も硬直したし、顔が一気に真っ青になったのがとても分かりやすくてわたくしもちょっと喉がひきつりました。
エリザ様アクティブ~!
「どうぞ。お入りなさい」
そして応えた声はとても澄んでいて、凛としていた。
なんと申しますか……ええ、固い?
扉が中にいた侍女たちによって開かれると、エリザ様は先陣切って入っていかれた。ほわわ~……。
「よく来たわね。体調が悪いと聞いていたけれど」
「は、はじめまして……クリスティア・ロンディウヘッドと申します……」
「まあ……ずいぶんと痩せこけているじゃない」
「…………も、申し訳ございません……」
パシン! と、大きな音がした。
ジーン様が持っていた扇を閉じた音……なのだけれど、その音と声の威圧感に実家の母を思い出す。
わたくしのお母様は、お父様よりも遥かにわたくしに厳しかった。
仕事に出かける父とは違い、母は家によその奥様を招いてお茶会や夜会を頻繁に行うとても社交性のある方。
とても幼い頃から人目に晒され、お茶会でははしたないからと飲食を禁止され、何時間も笑顔でお話を聞き続ける日々。
姉や兄は「クリスティアが小さくて可愛いから、お母様のお茶会にはお前が出た方がいい」と言い、逃れていた。
ルイナに「お茶会デビューは十歳から」と聞いて驚いたものです。
だってわたくしは三歳の頃からずっとお茶会に出されていたのですから。
思えばお茶会のある日は朝から準備が忙しくて、食事もあまり摂らせてもらっていませんでしたね。
それに加えて父からの淑女教育と王妃教育。
思い出すと頭が痛みます……でも、倒れるわけにはいきません。
目の前にはジーン様がいらっしゃる。
ここで倒れたら……漕ぎ着けた婚約話も台無しになるかもしれません。
そうなったら……わたくしは、実家に——……っ。
「なにを謝るの? 確かに肉つきが悪いのは女性としての魅力に欠けます。でも、腰の細さは武器になりますわ。ええ、そのままたくさん食べて、コルセットで腰を細く、胸とお尻は大きく育たせるようになさいな。そのためにもお肉を中心に食べるようになさい。肉はなんでもいいわ、とにかくお肉よ、お肉」
「……」
あ、あら?
なんだか、思っていた感じと……少し、違う?
「!」
そう思って顔をあげたらびっくり。
目の前にジーン様が近づいてきていた。
そうして膝を折って、わたくしの前に膝をつく。
驚いた。目線を合わせてくださった。
そうして手のひらで頬を撫でられる。
「目元にくま。これはよくないわね。ちゃんと寝ているの?」
「は、はい……最近は……夜会に連れて行かれる事もなくなりましたので……」
「は? 夜会?」
「夜会? どういう事?」
しまった、と思った時にはもう遅い。
思わず口を覆ってしまうけれど、わたくしとルイナ以外の顔はまさしく「は?」といった様子。
むしろ、エリザ様とジーン様はどんどんお顔が険しくなっておりますわ……。
「説明なさい、ルイナ」
「……、……じ、実は奥様はお茶会や夜会にクリスティアお嬢様を連れて行くのがお好きでして……」
「まあ! なんて馬鹿な事を!」
問い詰めたエリザ様よりも、大声を張り上げて立ち上がったジーン様。
目の前で大声を出されて思わず喉がひっと引きつった。
無意識だったけれど、きつく目を閉じて耳を両手で塞いでいたようです。
そんなわたくしの様子に“良識ある大人”がどんな反応をするのか——わたくしには分かっておりませんでした。
「……そう、分かりました。……コジェットは相変わらずなのですね」
「そのようね。まあ、そういう事なので……どうかしら、ジーン様。クリスティアをアーク様の婚約者に据えるお話……」
「元より反対する理由はありませんわ。好きになさい」
「! ありがとうございます、母上」
厳しそうな方ではありますが、エリザ様のおっしゃる通り、実は優しい方なのかもしれません。
わたくしの実家の両親と姉と兄に比べて、その眼差しはとても優しかったからです。
ああ、けれど……どうしましょう……とても、とても、緊張してしまって、その上……実家の事を色々思い出していたら……血の気が引いてしまいまして——……。
「クリスティアお嬢様!?」
「クリスティア嬢!」
「クリスティア!?」
バターン!
……という音が聞こえた気がします。
おでこが痛い気がしたので、多分倒れました。
ああ、なんて情けないのでしょう。
わたくし、本当にダメダメ令嬢ですね。
こんなわたくしがミリアム様、アーク様の婚約者候補で、本当によいのでしょうか?
お二人と、そしてお妃様たちの優しさに甘えて……こんななんの価値もないわたくしが……。
——生きている価値があるのでしょうか?
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