腹ペコ令嬢は満腹をご所望です【連載版】

古森きり

文字の大きさ
7 / 37

アーク様のお母様【前編】

しおりを挟む

 お城に住むようになり、三ヶ月。
 わたくしはミリアム様の作るケーキを一日三食、頂けるようになりました。
 そして、最近とある変化が現れ始めたのです。
 それは──。

「エクレアも美味しく食べられましたわ! ありがとうございます、ミリアム様!」
「ぷっ……」
「?」
「クリームつけっぱなしだぞ」
「あ……」

 口許についていたクリームをミリアム様が指でなぞって攫っていきました。
 それをそのままご自分のお口に……はわわ~!

「ありがとうございます……」
「気にするな。それより、最近はケーキ以外の菓子類も食べられるようになってきたそうだな?」
「はい! とても美味しく頂けております。それに、ミリアム様がお作りになったもの以外も、喉を通るようになって参りましたの……!」
「そうか……!」

 そう、最近のわたくしは、お菓子ならばなんでも食べられるようになっているのだ。
 これはとても喜ばしい。
 ただ、相変わらずお菓子以外は喉を通らなかった。
 なぜなのでしょう?

「お嬢様、アーク様がお見えですよ」
「まあ、もうそんなお時間? 通して」
「はい」

 わたくしが借りているお部屋に、アーク様は毎日通ってこられる。
 ミリアム様もアーク様も、王子としてとてもお忙しいようなのに、だ。
 ありがたいと思う反面申し訳もなく、しかしお二人が会いに来てくれる事でわたくしは寂しさを紛らわせる事が出来て本当に感謝してもしきれない。
 もう少し起きていられる時間が長くなったなら、令嬢としての勉強も再開しなければいけませんね。
 仮とはいえアーク様……王子様の婚約者なのですから、それらしく振る舞えるようにならなければ! ムン!

「こんにちは、クリスティア嬢。ミリアムもいたの」
「いて悪いか」
「ううん、別に? それよりも、クリスティア嬢にちょっとご相談」
「え? はい?」

 スタスタとソファーに座るわたくしたちへ近づいてきたアーク様、なにやら神妙な面持ちです。
 相談? わたくしに?
 首を傾げると唇を尖らせて「母がクリスティア嬢に会いたいと言っててね」と……え?

「わ、わたくしに!?」
「婚約者なのだから、体調が戻ったら顔を見せるのが普通だろう、となかなか焦れているようなんだ」
「は、はわわ~!?」

 おっしゃる通りです~!
 しかし、仮の婚約者のわたくしが会いに行ってもいいのでしょうか?
 悩んでいるとアーク様が「大丈夫」と微笑む。

「母さんもクリスティア嬢の事情は知っているから」
「え」
「それでも会ってはくれませんか?」
「…………」

 意外、と言っては失礼かもしれないけれど、アーク様のお母様……側室のジーン妃が仮の婚約者であるわたくしなんかに会いたいとおっしゃるなんて、思わなかった。
 けれど、そんな風に言われたら会わないわけにはいかないわよね。

「とんでもございません。お世話になっているのはこちらですから、もちろんお会いしたく思いますわ。喜んでご挨拶に行かせて頂きたく存じます」
「そうですか。ありがとうございます」
「えっと、ではまずご予定の方を……」
「聞いたわよ、クリスティア! ジーンに会いに行くのですってね!」
「エ……エリザ様……!」

 いつになくハイテンションで現れたエリザ様。
 す、すごい、なんで満面の笑みなの!
 こんなに嬉しそうにはしゃいでおられるエリザ様、初めて見た気がするわ。
 でも喜ぶ要素が今の会話のどこに……?
 身分の低い家の正妃と身分の高い家の側室……お二人は不仲であるともっぱらの噂ですが……。

「母上、クリスティアが驚いている」
「あらごんなさい。つい面白くなってしまって」

 面白い!? どういう事ですか……!

「そんな事よりも、ジーンのところへ行くのでしょう? 大丈夫よ、わたくしも一緒に行くから」
「……」

 エリザ様、わたくしを気遣って……。
 やはり優しい方ですわ。とてもありがたい。

「はい、ありがとうございます」
「…………」
「ミリアムも来ますか?」
「い、いや、わ、私は、あまりジーン様に好かれていないから……」

 ミリアム様は乗り気ではなさそう。
 それもそうでしょうね……ジーン様からすれば息子さんが王になる時、一番邪魔な存在ですもの。
 アーク様とは、仲がいいみたいだけど……そのお母様となればやはり話は違ってくる。
 エリザ様とアーク様が一緒に来てくださるとはいえ、わたくしも緊張して参りましたわ。

「では、ミリアムは剣の稽古に行ってきたら? 騎士団の者に頼めば暇な者が見てくれるわよ」

 ……いやぁ、それはどうでしょう……相手は王子ですから、そこそこ忙しそうな偉い感じの人が出張ってくるのでは……。

「そうですね! そうします! あと、座学も学ばねばならない事が多いですし!」
「ええ、クリスティアの正式な婚約者になれるように頑張りなさい!」
「は、はいっ」
「っ」

 ミリアム様……なんで真面目な方なのでしょうか。
 でも、ミリアム様は絶対にパティシエの方が向いていると思います。
 ああ、世の中なんとままならないのでしょうか。
 こんなに美味しいケーキを作れる方が、王子様だなんて……!

「お嬢様?」
「はっ! い、今参りますわ」

 ルイナに促され、ソファーを立つ。
 ほんの少し目眩がしたような気がするけど、きっと気のせい……ええ、気のせいですわ。
 最近ちゃんと食べていますし、眠れていますもの。
 それもこれもミリアム様のケーキのおかげです。
 前世も今世もあんまり食べられない胃袋ですが、それでもミリアム様のおかげで食べる事の楽しさを感じられ始めていますわ。
 いろんな種類のお菓子が食べられて、わたくしは幸せです。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】夜会で借り物競争をしたら、イケメン王子に借りられました。

櫻野くるみ
恋愛
公爵令嬢のセラフィーナには生まれつき前世の記憶があったが、覚えているのはくだらないことばかり。 そのどうでもいい知識が一番重宝されるのが、余興好きの国王が主催する夜会だった。 毎年余興の企画を頼まれるセラフィーナが今回提案したのは、なんと「借り物競争」。 もちろん生まれて初めての借り物競争に参加をする貴族たちだったが、夜会は大いに盛り上がり……。 気付けばセラフィーナはイケメン王太子、アレクシスに借りられて、共にゴールにたどり着いていた。 果たしてアレクシスの引いたカードに書かれていた内容とは? 意味もなく異世界転生したセラフィーナが、特に使命や運命に翻弄されることもなく、王太子と結ばれるお話。 とにかくツッコミどころ満載のゆるい、ハッピーエンドの短編なので、気軽に読んでいただければ嬉しいです。 完結しました。 小説家になろう様にも投稿しています。 小説家になろう様への投稿時から、タイトルを『借り物(人)競争』からただの『借り物競争』へ変更いたしました。

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

【完結】愛を信じないモブ令嬢は、すぐ死ぬ王子を護りたいけど溺愛だけはお断り!

miniko
恋愛
平凡な主婦だった私は、夫が不倫旅行で不在中に肺炎で苦しみながら死んだ。 そして、自分がハマっていた乙女ゲームの世界の、どモブ令嬢に転生してしまう。 不倫された心の傷から、リアルの恋愛はもう懲り懲りと思っている私には、どモブの立場が丁度良い。 推しの王子の幸せを見届けよう。 そう思っていたのだが、実はこのゲーム、王子の死亡フラグが至る所に立っているのだ。 どモブでありながらも、幼少期から王子と接点があった私。 推しの幸せを護る為、乱立する死亡フラグをへし折りながら、ヒロインとの恋を応援する!と、無駄に暑苦しく決意したのだが・・・。 ゲームと違って逞しく成長した王子は、思った以上に私に好意を持ってしまったらしく・・・・・・。 ※ご都合主義ですが、ご容赦ください。 ※感想欄はネタバレの配慮をしてませんので、閲覧の際はご注意下さい。

元お助けキャラ、死んだと思ったら何故か孫娘で悪役令嬢に憑依しました!?

冬野月子
恋愛
乙女ゲームの世界にお助けキャラとして転生したリリアン。 無事ヒロインを王太子とくっつけ、自身も幼馴染と結婚。子供や孫にも恵まれて幸せな生涯を閉じた……はずなのに。 目覚めると、何故か孫娘マリアンヌの中にいた。 マリアンヌは続編ゲームの悪役令嬢で第二王子の婚約者。 婚約者と仲の悪かったマリアンヌは、学園の階段から落ちたという。 その婚約者は中身がリリアンに変わった事に大喜びで……?!

異世界転生した私は甘味のものがないことを知り前世の記憶をフル活用したら、甘味長者になっていた~悪役令嬢なんて知りません(嘘)~

詩河とんぼ
恋愛
とあるゲームの病弱悪役令嬢に異世界転生した甘味大好きな私。しかし、転生した世界には甘味のものないことを知る―――ないなら、作ろう!と考え、この世界の人に食べてもらうと大好評で――気づけば甘味長者になっていた!?  小説家になろう様でも投稿させていただいております 8月29日 HOT女性向けランキングで10位、恋愛で49位、全体で74位 8月30日 HOT女性向けランキングで6位、恋愛で24位、全体で26位 8月31日 HOT女性向けランキングで4位、恋愛で20位、全体で23位 に……凄すぎてびっくりしてます!ありがとうございますm(_ _)m

転生先が意地悪な王妃でした。うちの子が可愛いので今日から優しいママになります! ~陛下、もしかして一緒に遊びたいのですか?

朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます
恋愛
転生したら、我が子に冷たくする酷い王妃になってしまった!  「お母様、謝るわ。お母様、今日から変わる。あなたを一生懸命愛して、優しくして、幸せにするからね……っ」 王子を抱きしめて誓った私は、その日から愛情をたっぷりと注ぐ。 不仲だった夫(国王)は、そんな私と息子にそわそわと近づいてくる。 もしかして一緒に遊びたいのですか、あなた? 他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5296ig/)

婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される

さくら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。 慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。 だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。 「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」 そう言って真剣な瞳で求婚してきて!? 王妃も兄王子たちも立ちはだかる。 「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。

記憶喪失の私はギルマス(強面)に拾われました【バレンタインSS投下】

かのこkanoko
恋愛
記憶喪失の私が強面のギルドマスターに拾われました。 名前も年齢も住んでた町も覚えてません。 ただ、ギルマスは何だか私のストライクゾーンな気がするんですが。 プロット無しで始める異世界ゆるゆるラブコメになる予定の話です。 小説家になろう様にも公開してます。

処理中です...