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周の本名

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「まっ、ひま先輩は下から三番目だったけどね~~~」
「ひまりちゃん、ああ見えて勉強大嫌いだものね」
 
 それを聞いてあからさまに勉強嫌い仲間の存在に安堵した表情になる魁星。
 これは今後「花崗先輩がいるから」という免罪符として使われそうだ。
 
「といっても、僕は一年留年しているから勉強に関してはできないとかっこ悪いっていうのが大きいからなぁ……あ、もうこんな時間か。さて、僕このあと仕事があるからあとは美桜ちゃんにお任せしてもいいかな?」
「はぁい♪ 美桜に任せてぇ、珀先輩♡」
「よろしくね」
 
 と、資料一式を宇月に渡して綾城は制服に着替えて帰ってしまう。
 それをしっかり見送ってから、スタジオに戻った宇月の顔は綾城に見せるものとは真逆。
 
「あーあ! せっかく部活を切り上げてきたのに珀先輩帰っちゃったぁ! しかも一年の相手なんてかったる~~~い!」
 
 とんでもねえ二重人格である。
 ふん、と鼻を鳴らして顔を背け悪態を吐く。
 思わず一年全員正座する。
 
「美桜ちゃん」
「あ、ごたちゃんも部活終わったの?」
「うぃ」
 
 そこに入ってきたのはジャージに着替えた後藤。
 手に水色のドレスを着たSDを抱えている。
 ほとんど喋っているところを見たことがないが、黒髪のSDを抱えて歩いてきた後藤は紙を数枚宇月に差し出した。
 
「新曲に合わせた新衣装案だって。僕はBが好きかな~」
「うぃ」
「お前らは? 一年だけの専用曲もできるし、ユニット名も考えておかなきゃだよ?」
「「ユニット名?」」
「あ、そうか」
 
『ユニット』とは『グループ』内に派生したトリオ、またはコンビの総称。
 この場合は星光騎士団というグループ内の三人組ユニットのこと。
 有名どころだとやはり『鶴神コンビ』だろう。
 
「ちなみに僕とごとちゃんは『桜琥おうこ』っていうユニット名だし、珀先輩とひま先輩は『綾花あやか』って名乗ってるよ~。ひま先輩はムカつくけど、『綾花』って雅な響きで素敵だよね~」
「へ~、名前か苗字を一字取って繋げるんすね」
「そんな簡単じゃないけどね」
 
 うんうん、と淳に同意して頷く周。
 なぜなら自分たちの苗字を合わせると『音花狗』。
 なんとも意味がわからない単語ができただけである。
 
「あとお前、花房? お前はひま先輩と被るから花禁止ね」
「んえええ!?」
「まあ、魁星は星でいいんじゃない? 星光騎士団っぽいし」
「淳ちゃんも音でいいんじゃない? それっぽいし」
 
 そこまできて、ちらりと周を見る。
 周には二人のような星光騎士団っぽさも、アイドルっぽい部分もない。
 狗央の狗も、正直あまりいい意味ではない。
 小型犬や、卑しいもの、などの意味。
 
「お前なんで芸名にわざわざこの漢字入れたのぉ?」
「じ、自分の矮小さを戒めるために、入れたんです。央は、中央、真ん中などの意味があるので自らの飛躍を誓う意味で」
「ふーん。周は?」
「…………本名です」
「名前だけ本名なのぉ!?」
「名前自体は気に入っているんですよ!」
 
 確かにあまねはいい名前だと思う。
 周り巡る、という意味だ。
 親の監視と過干渉が厳しくて自由になりたいと望んでいても、一応ここまで育ててもらった恩がある。
 
「――東雲周しののめあまね……?」
「ひい!?」
 
 首を傾げた後藤の呟いた名前に、周が見たこともないほど狼狽えている。
 東雲、周。
 それが本名ということだろうか?
 
「え? 東雲って」
「え? え? うちの学校と同じ名前なの?」
 
 魁星と宇月に覗き込まれ、観念したように「そうです」と頷く周。
 周によると「東雲財閥の御曹司」らしい。
 
「全国実力テストでいつも名前が近かったから覚えてる」
「あああああ……そんなところでバレるなんて……!」
 
 後藤曰く、「定期的に受けていた全国共通テストでよく名前を見かけていた。周が本名で、親の束縛が厳しいという情報から導き出した」らしい。
 頭いい人は違うなぁ、と感心する。
 
「東雲学院は私学幼稚園からエスカレーター式。俺は幼稚園から東雲だから」
「そうだったんですか!?」
「エスカレーター式なの!?」
「魁星は知らずに入学したの……?」
 
 そっちに驚きである。
 東雲学院と西雲学園は幼稚園から大学までエスカレーター式。
 しかし東雲学院と南雲学園は私学で、西雲学園と北雲学園は市立。
 そのうち芸能科があるのは東雲学院と西雲学園。
 
「……馬鹿でもお金かからないで入れる上、アイドルになれば稼げるって聞いて選んだから……」
「お前、よく入学で来たね……」
 
 びっくりだよ、と引いている宇月と周。
 ちなみにそれを聞きながら淳は目を背けている。
 淳が崇拝する神野栄治は、東雲学院普通科に入学予定だったのにモデルの先輩、真歳にこっそり書き直され希望学科を芸能科にされたという伝説的な入学経緯があるのだ。
 
「人間に興味なかったけどそういえば見たことある気がしないでもない」
「く……」
 
 幼稚園から東雲に通っていたのなら、後藤と周は学年一つ違いのままずっと一緒ということ。
 それなら確かに廊下で何度かすれ違ったりしているだろう。
 後藤がどうして芸能科に来たのかが不可解なくらいだ。
 
「えっと、つまりアマリンと後藤先輩はお金持ちってこと?」
 
 一生懸命考えてそういう結論を出した魁星に、後藤は微妙な表情。
 前髪が長いので真意がまったく汲みとれない。
 
「ごたちゃんちは有名な音楽家一家だよぉ。東雲学院学長の身内ならくおたんもお金持ちなんじゃない? でもそんなの関係ないよぉ。せっかく芸名で身分を隠してるんだからぁ、今まで通りに接してあげなぁ?」
「そうですね」
「う、宇月先輩……淳……。あ、ありがとうございます」
 
 ふん、と顔を背ける宇月。
 態度は悪いが、ちゃんと周のことを考えて言ってくれたのが伝わってくる。
 淳も異論ない。
 周には、宇月や淳の言葉に心から安堵した表情。
 が、急に後藤から不満そうな空気が漂ってきた。

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