雲の上のボディーガード

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 僕は、心が衰弱しきっている智美の身体に手を翳し、智美自身の治癒力を高める『癒し』の徳を用いていた。しかし、中々癒せない。
 タエさんも必死で、智美が呼び寄せてしまった邪気を消滅させている。以前に僕が消滅させた邪気なんて、お呼びにもならない位の強烈な、否、激烈な邪気。邪気が結合され巨大な化け物と化して、激しく蠢いていた。
 春夫さんが結界を強めている。
「春爺。この化け物野郎に、智美が呑み込まれちまう。あたしだけでは手に負えない。力を貸しとくれ! 頼んだよ」
「強力な結界を貼り直した。タエさんの力になれるかのう!」春夫さんは、皺に隠れそうな細い目を見開き、いつも下げている眉毛を釣り上げた。
「タエさん僕も」
「和は癒す仕事が残っているだろう! 集中しな!」
 その言葉の後に二体は、短剣を両手に持ち、頭の上に掲げる。
「幾億もの地上の力の源よ! 息吹よ! 我々にたまわり給え」僕は二体の言葉の傍で、智美の身体を癒す為に手を翳して、意識を集中していた。すると、僕の身体にも地上中の力の源が、僕の中へ入り込み、霊力ご増幅していくのを感じていた。よく見ると胸元の短剣がにて力の源を取り込んでいたのだ。
「えっ? 何これ?」
 智美の身体から、眩い光が発している。僕は思わず、手を遠ざけてしまった。衰弱しきっていた智美の心が癒されていくのが、手に取る様に理解出来た。
「癒しが成功したんだ」僕は思わず呟くと、邪気が結合した化け物は消滅し、辺りは浄化されていた。智美は寝入っていた。
「タエさん。さすがじゃな。あの化け物をよく消滅させたのう」
「春爺のお陰だよ。それより……」
「どうしたもんじゃのう。智美は疲れきっておる。このままじゃと、身体が衰弱して、大変な事になるじゃろな」僕は二体の会話に入り込んだ。
「春夫さん。大変な事って?」
「寿命が来る前に、智美の身体が参ってしまうと言うことじゃ。のう。タエさんよ」
「春爺の言う通りだよ。数年後に、将来を共に歩く人物と出会う様に八重さんが、『導き』を行う」
『導き』とは、重要な人と合わす為に守護霊長が用いる。『誘導』の進化した徳。
「智美の相手は、魂の綺麗な男だよ。ただね、今の魂のままでは、八重さんも導けない。魂の質が違いすぎる」
『魂の質』
 人は行いにより、魂の質が上がっていく。人間の魂は邪気を寄せ付ける程、汚されていく。
「一体どうしたら……」再度智美に寄り添い、手を翳して癒しを用いる。智美の身体から、先程の光は発さない。あれは一体何だったんだろう?
「智美の自傷行為は、ある男が、智美の幼少時代を思い出させた上に、見捨てたんだよ。その後からだ」タエさんが、疲れ果てて寝入っている智美を、慈しむように眺めて語った。
「和。後はお前さんの領域だね」
「心理療法。ですか?」僕は大学時代、心理学を学んでいた。
「智美は、その男性に好意を持っていたのですね。恐らくですが、智美は陽性転移状態になったと思います」
「なんだい? それは」
「カウンセラーに対して、好意を抱いてしまう事です。しかし、それは良い事なのですが」
 専門的知識が無い者の、心理療法はかなり危険だ。相手は智美から好意を持たれた事に、持て余し、戸惑った挙げ句に見捨てた。僕は、居た堪れなくなった。どうしてそんな人物から、カウンセリングを受けようと思ったんだろう。
「久元。その男の名だよ」
「タエさん知っているんですね」
「ああ。二人で合っているときにね。任務中だった」
「どんな奴ですか?」
「いわゆる霊能力者だよ。人の本音を聴く。過去と未来を視ることが可能だよ。天界と人間の架け橋で、あたし達の言葉も伝えられる存在だ。地上にて霊能者に出会うのは稀な事」
「地上で、そんな存在が本当にいたんですね」 
 僕は思わず驚きを言葉にした。テレビ等では見た事がある。スピリチュアルにて、芸能人が涙を流している映像を。
「今も昔も存在しているよ。だからさ。出会った者達は、崇めるんだろうね。神の様にね。しかし、その者達は、人に対して情をかけてはいけない掟の筈」
「タエさん、良く……」ご存知ですね。と言いかけたが、タエさんの寂しげな表情を見ると、言葉を続ける事は出来なかった。
「タエさんや。もうそろそろ天界に戻らないと、霊力が消耗してきているぞ」春夫さんの声掛けで、僕とタエさんは、天界へと向かった。
「和。明日の任務の終了後に、会いに行くかい? その男に」
「えっ? 会えるんですか」
「勿論、八重さんには内密だよ」タエさんは真剣な眼差しで語り、僕達は、風を受けて天界へと戻っていった。

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