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第一章:竜、北の空より来たる
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「よしっ、読み勝ち! ありがとロゼッタ!」
「いいっていいって。ウチの温室が超高温対応でよかった~」
傍らで待機していた姫君が気楽に答える。その前には、温室の天窓を操作する基盤が持ち出してあった。
王城にある植物園には、国内のさまざまな植物が集められている。その中には火山帯に生育し、常に超高温多湿の環境を必要とする種類もあった。そのため一角に設けられた大温室では、本来の育成環境に近い温度と湿度を再現できるようになっている。
氷鴉はその名の通り、北方の氷河を住み処とする魔物だ。当然、熱には弱い。だから、温室の温度を最大に上げ、なおかつ水分で満たしてやれば、吹き出す水蒸気で大半を倒せるだろうと当たりを付けたのである。半分以上思いつきだったが、どうやら上手くいってくれたようだ。
高温の蒸気にさらされて、銀の巨躯をおおっていた黒影はあっという間に消えていった。徐々に吹き出す勢いが弱まってくる頃、よろよろしながら上空でホバリングを続けていたドラゴンの姿が、ふいに燐光を放つ。
瞬く間に小さく――人間の姿へと変じた竜は、そのまま力尽きたように体勢を崩し、開いたままの屋根から温室へ落下していく!
「……あ、死んだ」
「きゃーっ、頭が下!」
縁起でもないことをつぶやくロゼッタにつっこむ余裕もない。真っ青になって温室に駆け込んだリーゼの視界に、背の高い木の枝をずり落ちていく元・竜の姿が飛び込んできた。
とっさに楽器をパスし、蒸気が生んだ水滴ですべる地面を必死で走る。地面に叩き付けられる寸前に、真下へすべり込んでどうにか受け止めた。……当然、相手の全体重を受け止めきれず真後ろにひっくり返る。ぐえっ、とつぶれたカエルみたいな声が出た。
「あ、あだだ……」
「ナイスキャッチ。そっちのお兄さんも思ったよりひどくなさそうだね」
「え? ……ああ、ほんとだ」
のほほんと言った友の指摘に、腕に抱えた相手を見下ろしてやっと気付く。人になったドラゴンは、自分と同年代くらいの青年の姿をしていた。民族衣装からのぞくすらりとした手足には、氷鴉に突かれたのか血がにじんでいるが、命に関わるようなケガはとりあえず見られない。
我知らずほっと息をつくと、急に外の音が耳に入ってきた。ざわざわと大勢が言葉を交わす声と、同じく多人数が駆ける足音が慌ただしく入り交じって近づいてくる。
まあ、あれだけ大騒ぎすれば人も集まるだろうな……と思いつつ首をめぐらせれば、丘の頂に姿を現した騎士団の先行隊が見えた。その先頭を切るのは、何というか予想通りの人だ。
「あ、隊長さんがいる。やっぱ心配したんだね~」
「……もう一回怒られるわね、コレは」
結構かなり盛大に、とため息混じりで返しつつ、まだ開きっぱなしだった天窓を見上げる。
かなり日が傾いてきた空は、黄昏の一歩手前。すみれ色混じりの青天蓋に、オレンジがかってきた陽光が鮮やかだ。蒸気の名残の水滴が、ガラスの縁できらりと輝いた。
……通りすがりのドラゴンを、うっかりどついてしまったのが朝方のこと。そして今、魔物に追われるドラゴンを必死で助けてしまったわけだ。
つくづく竜に縁のある日である。これはもしかして、自分にもご縁が向いてきているということなんだろうか? もしもそうならうれしいのだが……
「……そういえばリーゼ、アレルギーは? 思いっきりひざまくらしてるけど」
「あ゛っ」
言われた瞬間、ざーっと高速で血の気が引いた。
そうだった。いろいろありすぎて忘れてたけど、もしかしなくても手にキスなんて目じゃないくらい接近してるぞ、今!
かといって、先程までのことを考えると地面に放り出すわけにも行かず。
「いーやーっっ!!」
行き場のないあれこれを、気絶したドラゴンごと抱えたまま。叫ぶしかないリーゼの悲鳴が、暮れなずむ空に響き渡ったのだった。
「いいっていいって。ウチの温室が超高温対応でよかった~」
傍らで待機していた姫君が気楽に答える。その前には、温室の天窓を操作する基盤が持ち出してあった。
王城にある植物園には、国内のさまざまな植物が集められている。その中には火山帯に生育し、常に超高温多湿の環境を必要とする種類もあった。そのため一角に設けられた大温室では、本来の育成環境に近い温度と湿度を再現できるようになっている。
氷鴉はその名の通り、北方の氷河を住み処とする魔物だ。当然、熱には弱い。だから、温室の温度を最大に上げ、なおかつ水分で満たしてやれば、吹き出す水蒸気で大半を倒せるだろうと当たりを付けたのである。半分以上思いつきだったが、どうやら上手くいってくれたようだ。
高温の蒸気にさらされて、銀の巨躯をおおっていた黒影はあっという間に消えていった。徐々に吹き出す勢いが弱まってくる頃、よろよろしながら上空でホバリングを続けていたドラゴンの姿が、ふいに燐光を放つ。
瞬く間に小さく――人間の姿へと変じた竜は、そのまま力尽きたように体勢を崩し、開いたままの屋根から温室へ落下していく!
「……あ、死んだ」
「きゃーっ、頭が下!」
縁起でもないことをつぶやくロゼッタにつっこむ余裕もない。真っ青になって温室に駆け込んだリーゼの視界に、背の高い木の枝をずり落ちていく元・竜の姿が飛び込んできた。
とっさに楽器をパスし、蒸気が生んだ水滴ですべる地面を必死で走る。地面に叩き付けられる寸前に、真下へすべり込んでどうにか受け止めた。……当然、相手の全体重を受け止めきれず真後ろにひっくり返る。ぐえっ、とつぶれたカエルみたいな声が出た。
「あ、あだだ……」
「ナイスキャッチ。そっちのお兄さんも思ったよりひどくなさそうだね」
「え? ……ああ、ほんとだ」
のほほんと言った友の指摘に、腕に抱えた相手を見下ろしてやっと気付く。人になったドラゴンは、自分と同年代くらいの青年の姿をしていた。民族衣装からのぞくすらりとした手足には、氷鴉に突かれたのか血がにじんでいるが、命に関わるようなケガはとりあえず見られない。
我知らずほっと息をつくと、急に外の音が耳に入ってきた。ざわざわと大勢が言葉を交わす声と、同じく多人数が駆ける足音が慌ただしく入り交じって近づいてくる。
まあ、あれだけ大騒ぎすれば人も集まるだろうな……と思いつつ首をめぐらせれば、丘の頂に姿を現した騎士団の先行隊が見えた。その先頭を切るのは、何というか予想通りの人だ。
「あ、隊長さんがいる。やっぱ心配したんだね~」
「……もう一回怒られるわね、コレは」
結構かなり盛大に、とため息混じりで返しつつ、まだ開きっぱなしだった天窓を見上げる。
かなり日が傾いてきた空は、黄昏の一歩手前。すみれ色混じりの青天蓋に、オレンジがかってきた陽光が鮮やかだ。蒸気の名残の水滴が、ガラスの縁できらりと輝いた。
……通りすがりのドラゴンを、うっかりどついてしまったのが朝方のこと。そして今、魔物に追われるドラゴンを必死で助けてしまったわけだ。
つくづく竜に縁のある日である。これはもしかして、自分にもご縁が向いてきているということなんだろうか? もしもそうならうれしいのだが……
「……そういえばリーゼ、アレルギーは? 思いっきりひざまくらしてるけど」
「あ゛っ」
言われた瞬間、ざーっと高速で血の気が引いた。
そうだった。いろいろありすぎて忘れてたけど、もしかしなくても手にキスなんて目じゃないくらい接近してるぞ、今!
かといって、先程までのことを考えると地面に放り出すわけにも行かず。
「いーやーっっ!!」
行き場のないあれこれを、気絶したドラゴンごと抱えたまま。叫ぶしかないリーゼの悲鳴が、暮れなずむ空に響き渡ったのだった。
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