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エピローグ②
しおりを挟むそうそう。あの元・聖女様といえば、だ。
「そういえば星蘭、絶海の孤島にある修道院に行くんですけど」
「ええ、伺っております。陸続きだと、いかな僻地でも脱出できてしまうやもしれぬ、と」
後から分かったことだが、星蘭がこっちで得た能力は『周辺の魅了』だった。自分に対して好意がある相手にしか効かない、という、魔法としては少々弱いものだったが、宰相たちが扇動されたのを考えると油断はできない。
そんなことを踏まえて決まったお沙汰が、蟄居謹慎中の本人に言い渡されたのは、遡ること三日前だったのだが――
『……あのさぁ小鳥ちゃん。あの聖女モドキ、ここんとこずーっと寝込んでるんですって』
何とも微妙な表情で、ラウラが教えてくれたところによると、だ。隔離された星蘭はずっと泣き暮らしていたのだが、一週間ほど前に鏡を見たとたん、凄まじい悲鳴を上げてぶっ倒れたらしい。それ以降、うんうん言ってうなされ続けているのだとか。
『顔にくっきり、でっっっかいアザが出来ててね。タタリガミに呪われた、ごめんなさいごめんなさいもうしません、ってうわごと言ってるらしいんだけど……なんか知ってる?』
それでだいたい、どういうことが起こっているか把握できた。ていうか見てたんだ、あの映画。
「ほら、ポーちゃんがグレープフルーツの皮を投げつけたから。柑橘類から採る精油って、肌に付けたまま日に当たると炎症起こしたり、シミの原因になることがあるんですよ」
これを光毒性といって、同じ種類の精油を使った化粧水などでも症状が起こることがあるため、オパールにしっかり注意喚起をしていた理咲である。ただでさえあり得ない効果と即効性が備わってしまったアロマテラピーだ、実際に出来たシミの規模は恐ろしいことになっているはずで。自分の容姿に絶大な自信があった星蘭なら、寝込んでしまっても無理はない。
「でもそれ、ぶっちゃけ自業自得だし。むしろせっかく反省の兆しが見えてるし、そのまんま修道院に送りこんじゃってください、て言いました!」
理咲だって女子なので、顔に残る症状が出たと聞いたときはちょっと心が痛んだ。が、そもそも星蘭がラウラにキヴィを盛った動機が『あたしより美人で才能があって目立つなんてムカつく、アレルギーで顔ぱっつんぱっつんになればいい、そしたら指さして笑ってやる』だったと既に知っていたので、あえて心を鬼にする方針を取ったのだ。魔導師殿も実にイイ笑顔でサムズアップしていたし、これで良いのである。うん。
いつかの燐火蟹のようにふんす、と胸を張った理咲に、聞いていた方は思わず吹き出してしまった。なんとまあ、罪のないささやかな仕返しだろうか。相手がやって来たこととその重大さに比べれば、実に他愛なくかわいいものだ。それで許してしまえるのが、この人の善性の賜物なのだろう。
「……本当にお優しい」
「はい?」
「いえ、何も。ときにリサ殿、聖女もどきを見事に投げ飛ばしておられたが、あれも祖母君の教えで?」
「そうなんです、良く分かりましたね! あれって投げ方間違えると、自分が痛かったり相手が気絶じゃ済まなかったりするらしくて、実戦で使ったの初めてなんです! ケンカするって決めたら徹底的にしろ、そして絶対勝て、って言われてて!!」
「成程、良い言葉だ。ポーペンティナ殿と作っておられた、アロエの煎じ薬もそうなのでしょう」
「はい! やっぱりちょっと青臭かったけど、効き目はバツグンでした! 今後カニさんたちが来た時のためにって、西の山へ調査に行った皆さんの虫刺されとかにすごーく良く効いて――っ、え」
教わったことを褒められるのは、自分を通して祖母を褒めてもらっているのとおんなじだ。ついはしゃいでしまい、あれこれ報告していた理咲だったのだが、ふいにぴたっと喋るのをやめた。というか、喋れなくなった。
何となれば、だ。エスコートの体勢で隣を歩いていたノルベルトが、突然理咲の手を取った状態でその場に跪いたから、である。さらに、
「貴女もいつか残すのだろうな、祖母君から貰い受けた知恵を……願わくばそれを受け継ぐのは、我らの血を引いた子であってほしい」
「………………、はい!?!」
言われたことが脳裏に浸透して来るまでに、たっぷり十秒以上かかった。そして理解した瞬間に大爆発した。今なんかとんでもないこと言われたぞ!!
「えっとあの、ちょっと待って!? 間違ってたら恥ずかしいから空気読まずに確認するんですけど、わたし今その、こ、告白とかされて」
「無論そのつもりですが」
「即答っ!? 待ってってば、そんな簡単に決めていいの!? ノルベルトさんくらい有能だったら、もしかしなくてもいっぱい縁談とか来てるでしょ!!」
「来てはおります。が、先に申上げたでしょう? 愛を乞う相手は己で決めると」
「愛を乞う、って…………その、いつからそんなふうに思って……」
「最初にお会いした時かと。実感というか、自覚したのはもう少し経ってからですが。燐火蟹の一件辺りでしょうか」
「わりと初っ端!? わたし全ッ然気づいてなかったんですけど!? ……う、うわああああ」
そうだ、そういや言っていた。星蘭に対して啖呵を切ったときのセリフだ。あの時は正直『うおおおおカッコいい一生ついていきたい!!!』なんて脳内でファンコールしまくったものだが、それが直接自分に向けられるとは想像すらしなかったのだ。本当に全く、これっぽっちも気付かないまま、保護した仔犬とか仔猫の心配と同列だと思っていた自分をしばきたい!!
今顔色がどんなことになっているか、鏡を見なくてもはっきりわかる。しかし相手が目線より下にいるので、隠したくても隠せない。この状況から脱出する方法は、あいにく理咲の知識だとひとつしか思い浮かばなかった。
「う~~~……わたし、ほんっとうに由緒正しい庶民ですよ?」
「それほどの知恵と胆力をお持ちであれば、何ら問題になりますまい」
「お嬢様でもお姫様でもないので、社交のこととか全然わかんないし」
「そうした場にはほぼ参加されないご婦人も、多くおられますゆえ」
「いつかうっかり帰っちゃったり……は、出来ないんだっけ? えっと、思ったより問題少ないな……」
「ですな。有り難いことですが。……どうされますか」
「ええ~~~~、っと……あの、よろしくお願いしまふ……」
ヤじゃないので、と、蚊の鳴くような声で言い終わるより、ぱっと顔を輝かせた相手が抱き上げる方が早かった。ほぼ二ヶ月ぶり、出逢った時に搬送されて以来の、いわゆるお姫様抱っこである。
「うわっ、ちょっ、高い高い!!」
「――有り難き幸せです。我が君」
聞いてないなこの人!? と、正直思った。でもそれを口に出すには、相手の声が何とも言えないほど幸せそうだったので。
相変わらず真っ赤に茹で上がったまま、理咲は大人しく抱えられておくことにした。
――銀鷹卿の両翼に納まった賢者の元に、一部始終を隠れて見物……いや、見守っていた知人一同が揃って祝いにやって来るのは、もう少しだけ後のことである。
《了》
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