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第3章:情けはリンゴの為ならず

勃発、臨時バトル②

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 腕に覚えのある人が手伝ってくれないか、と見渡してみるが、村の人たちもさすがに怪獣サイズの虫とは戦ったことがないのか、邪魔にならないように下がって見守ることしか出来ない。無理をしてほしい訳じゃないから仕方ないけど……ああもう、早くシグルズが帰ってくればいいのに!

 『ぴっぴっ!』
 「、へっ? どしたの、ルミちゃん」
 『ぴぴっ』
 『きゅう!』

 ずっと大人しくしていたルミが鋭くさえずった。これまたじっと抱っこされていた春ウサギと一緒に、ティナの胸元をしきりに突っつく。その拍子に何か冷たいものが肌に触れて、あっと思い出した。

 「そっか、呼び子!!」

 昨日の朝、当の本人からもらってすぐ首から下げたのを忘れていた。エルフの耳なら必ず聞こえると言っていた、緊急事態を知らせるには打ってつけだ。ありがとう、賢い小動物たち!

 急いで鎖を手繰たぐって、細い銀色の笛を引っ張り出す。実際に使うのがもったいないほど美しい呼び子をくわえて、思いっきり息を吹き込んだ。

 形はホイッスルに近いが、音色はフルートのように澄んだ優しいものだ。しかもただ吹いただけなのに、笛からは勝手に音階がついてメロディになったものが流れて来る。思わずおお! と感動したティナだったが、驚くべきはそれだけではなかった。

 旋律が流れはじめてすぐ、光の糸みたいなものがまわりに漂ってくる。最初はか細くふわふわと、音が続くに従って互いにり合わさり、徐々に光を強めながら何かの形――いくつかの図形と細かな紋様で作られている、いわゆる魔方陣を編み上げた。次の瞬間、

 ぶわっ!!

 「ひゃっ!」

 爆発した閃光に思わず笛を離して目をつぶる。ほとんど同時にかーん!! という景気のいい音と、大きなものが倒れる轟音、ついでにちょっと悔しそうなバルトの声が続いて聞こえた。

 「……あんだよ、当分帰って来ねぇと思ったのに」
 「減らず口を叩くな、病み上がり。少しはもろい人の身であることを自覚しろ、私は構わないがティナ殿が悲しむ」
 「へいへい」

 相変わらずつっけんどんに言い捨てて、大弓を携えたエルフの青年……魔法陣から出てきざまに大百足を狙撃する、という離れ業を披露したシグルズが振り返った。リュカより淡く繊細な金の髪が、朝の日差しに透けて輝く。

 「あの呼び子を使ってくださったのですね。――光栄に存じます、我が姫」

 ふっと微笑んで、胸に手を当てて優雅に一礼したシグルズ。その姿は間違いなく、今まで見た中で一番の格好良さだった。
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