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第4章:リンゴに交われば赤くなる
独白③
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風が唄う。
細く響くその音色に、静かに座していた人影がわずかに身じろいだ。床に広がった長衣の裾が、かすかな衣擦れの音を立てる。
(――そうですか。あの子は無事に森までたどり着いたのですね)
ひゅう、と、心の声に応じるような風鳴りがする。いや、実際に応えてくれているのだ。
もとは物見の塔として作られたという、地所の北端にそびえる石造りの建造物。冬のさなかや悪天候のときは恐ろしく冷え込み、騎士団の猛者でも長居を厭うここを、彼は殊の外気に入っていた。俗世と離れた静かな環境が、『風見』をするのに適していたからだ。そして本人も、雑多な気配がする人間よりこうした清澄な空間を好んでいた。
(思えば、初めて風の声を聞き取ったのも、こうして祈りを捧げていた時でしたね)
余人にはただの自然現象に過ぎない風の音、水のせせらぎ、木々の葉擦れ。そうしたものにも各々の命があり、意志があり、それを伝えるためのことばがある。昔から――それこそ物心つくかどうかという時分から、誰に教わるでもなく解っていたことだった。
ただ、それがかなり珍しい体質なのだということは、両親とおじたちに教わるまで知らなかったのだが。
(私としては、弟妹たちの体質の方が羨ましかったものですが)
風を介して伝わってくるのは、決して良い情報ばかりではない。知りたくないことを知ってしまったり、また他人とは見聞きする世界が異なることに悩んだりしもした。この力を持つがために降りかかった重責に、辛い日々を過ごした時期もある。
だが今、こうして大切な家族の力になれるのも、乗り越えてきた苦しい過去があってこそ。
(では引き続き、あの子の援護をお願いしますね。……折よく叔父上と出逢えましたし、郷に入れば滅多なことは起こらないとは思いますが、念のため)
笛のような音を立てて、元気のいい風が吹く。それにほっと息をついて立ち去りかけ、思い直してもう一度跪いた。磨いた魔法銀のようだと言われる、混じりけのない銀髪がさらりと横顔に降りかかる。
「天地を支配せし最高神ヴォーダン、その娘御にして命の守護者たる姫神イズーナ。願わくば、どうか我が妹に幸多からんことを――」
石で囲まれた空間に、低く柔らかな声音が静かに響く。そこに込められた優しい願いごとすくい上げるように、吹き込んできた風が空高く舞い上がっていった。
細く響くその音色に、静かに座していた人影がわずかに身じろいだ。床に広がった長衣の裾が、かすかな衣擦れの音を立てる。
(――そうですか。あの子は無事に森までたどり着いたのですね)
ひゅう、と、心の声に応じるような風鳴りがする。いや、実際に応えてくれているのだ。
もとは物見の塔として作られたという、地所の北端にそびえる石造りの建造物。冬のさなかや悪天候のときは恐ろしく冷え込み、騎士団の猛者でも長居を厭うここを、彼は殊の外気に入っていた。俗世と離れた静かな環境が、『風見』をするのに適していたからだ。そして本人も、雑多な気配がする人間よりこうした清澄な空間を好んでいた。
(思えば、初めて風の声を聞き取ったのも、こうして祈りを捧げていた時でしたね)
余人にはただの自然現象に過ぎない風の音、水のせせらぎ、木々の葉擦れ。そうしたものにも各々の命があり、意志があり、それを伝えるためのことばがある。昔から――それこそ物心つくかどうかという時分から、誰に教わるでもなく解っていたことだった。
ただ、それがかなり珍しい体質なのだということは、両親とおじたちに教わるまで知らなかったのだが。
(私としては、弟妹たちの体質の方が羨ましかったものですが)
風を介して伝わってくるのは、決して良い情報ばかりではない。知りたくないことを知ってしまったり、また他人とは見聞きする世界が異なることに悩んだりしもした。この力を持つがために降りかかった重責に、辛い日々を過ごした時期もある。
だが今、こうして大切な家族の力になれるのも、乗り越えてきた苦しい過去があってこそ。
(では引き続き、あの子の援護をお願いしますね。……折よく叔父上と出逢えましたし、郷に入れば滅多なことは起こらないとは思いますが、念のため)
笛のような音を立てて、元気のいい風が吹く。それにほっと息をついて立ち去りかけ、思い直してもう一度跪いた。磨いた魔法銀のようだと言われる、混じりけのない銀髪がさらりと横顔に降りかかる。
「天地を支配せし最高神ヴォーダン、その娘御にして命の守護者たる姫神イズーナ。願わくば、どうか我が妹に幸多からんことを――」
石で囲まれた空間に、低く柔らかな声音が静かに響く。そこに込められた優しい願いごとすくい上げるように、吹き込んできた風が空高く舞い上がっていった。
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