やり直しの恋

ゆり

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嬉し恥ずかし一泊旅行!

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 湊斗さんとお付き合いが始まって、早や2ヶ月が過ぎた。
 いやはや、恋人がいるというのはこんなにも生活にハリが出るものなのか、今までなんとなくこなしていた日常の雑事も晴れ晴れとした気分でこなしている。決してこれまでが投げやりになっていたわけではないのになんとも不思議なものだ。

 人生が美しいものだと思い出させてくれてありがとう。

 まさかこんなことを思う日が来るなんて浮かれすぎだろう。我ながら笑えてくる。

 ……うん、湊斗さんに感謝だ。



 ・・・



「温泉、ですか?」

 掃除に励んでいた手を休め、スマホを耳にあて直した。耳元で、湊斗さんの落ち着いた声が響く。

『はい。今度の連休のときにいかがでしょう。病院も休診ですので、芹香さんとどこか遠出したいと思うのですが』

 と言っても、緊急の場合に備えてせいぜい車で1時間ほどの所ですけど、とぼそぼそ言うのがきこえる。

「いいですね!」

『……よかった』

 ほっとしている様子が電話越しに伝わってくる。すごく、微笑ましい。

『じゃあ宿も予約しておきますね。おさえていたところがあるので』

「え!?」

 予想外の展開に素っ頓狂な声が出た。
 え?温泉ってそういう感じ??てっきり日帰りかと思ってた。

『泊まってみたい宿50選に選ばれた旅館です。温泉も弱アルカリ性で肌がきれいになるそうです。芹香さんこういうのお好きかと思いまして、すみません、気が早いのですが、仮予約でおさえていました』

「あ、あぁ、いいですね。湊斗さんもゆっくりできますね」

『私のことはお気遣いなく。芹香さんに喜んでもらいたかったので。……失礼電話が』

 ルルル…と呼び出し音が鳴っているのがきこえた。

「あ、お仕事中だったんですね。ではまたあとで」

『こちらからかけたのにすみません、またのちほど……はい、鈴木です』

 私との電話を切る直前、仕事の電話に出る声が聞こえた。普段は見ることのないお仕事中の湊斗さんを垣間見た気がして、なんだか嬉しくなった。
 きっと、きりっとしたお顔で応答しているのだろう。

「……旅館か~」

 連休の旅館は人が多そうだったが、その賑やかさで変に意識しなくていいかもしれない。

「楽しみだ……」

 まさかこの年になって、お出かけが楽しみになるとは思わなかった。
 気持ちのよい温泉に入って、おいしいご飯を食べて。のんびりしながら、オチのない話を延々と楽しもう。あ、別に話をしなくても、2人でぼーっとテレビを観るのもいいな。

 とりとめのない妄想に心躍らせながら、掃除の続きに取り掛かった。
 仕事熱心な湊斗さんに触発されて、ほこり一つ残さぬよう、徹底的にやってやろうと思った。







「それでは、行ってまいります」

「ははは、芹香なんて放っておいて今度は私とゴルフに行こう」

「スイングした瞬間にぎっくり腰になっちまえなりますわよおほほ」

 父の背中をぎゅっとつねると「あいたっ」とわざとらしく眉をしかめた。

 今日は、お出かけの日。湊斗さんが自宅まで迎えに来てくれたのだ。
 誠実な彼のこと、泊まりとなるからにはご両親に挨拶を、と考えてくれただろうことは父や母にも伝わっていた。

『真面目だなぁ……。いい大人だからもう何も言わんのになぁ……』

『私も奥様にお電話しておこうかしら……あぁでもあまり親がでしゃばるのもねぇ……。芹香ちゃん、お土産は忘れないようにね』

『わーかってるって!』

 そんなやりとりがあったことは湊斗さんには黙っておく。

「行ってきまーす!」

 両親ににこやかに手を振り、私と湊斗さんは目的地へ向かった。

 途中休憩を挟みながら着いた先は、潮風に松が揺れる和風の佇まいの立派な旅館だった。
 お部屋係の方が淹れてくれたお茶を飲みながら、しみじみと外を眺めた。

 窓の向こうに広がる青空と大海原。
 遠くにはタンカーが見えた。少しだけ窓を開けると、あたたかな風がびゅうっと入ってきた。

「きれいですね」

 そう言って振り返ると、眩しそうに目を細め私を優しく見つめる湊斗さんと目があった。その慈しむような眼差しに柄にもなく心臓が高鳴った。

「えっと、お茶のおかわりいります?」

 誤魔化すように言った。

「はい、お願いします。…………うん、おいしい」

「よかった。このお菓子もおいしいですね」

「ふふ、よかったら俺のもどうぞ」

「!」

「どうしました?」

 思わず弾かれたように顔をあげてしまった。湊斗さんはきょとん顔だ。

 あ、気付いてないんだ。

「……いえ、なんでもないです。遠慮なく頂きますね。ありがとうございます」

「?」

 湊斗さんの一人称が「私」から「俺」に変わったことが、心を許してくれたみたいで嬉しかった。
 そうかそうか、あなたは「俺」派だったのか。








 気持ちのよい温泉につかり(「えっ肌ツルツルなんですけど!」)、おいしいお食事もいただき(「新鮮な海産物ー!うまー!」)、部屋に戻ってきて眠る準備をしていた。
 洗面所から聞こえる水音がなんだか気恥ずかしい。

(……意識しすぎだろ、自分。歯を磨いてるだけだって……)

 浴衣姿の湊斗さんはいつにもまして色気があって、食事中もにやにやしてしまい大変だった。
 食べ方も相変わらずきれいで、テーブルの横を通り過ぎていく人たちやお世話係の方がちらちら見ていくのがとても誇らしかった。

 さあさあみんな、この美形を拝んでいきな!拝観料は安くしとくよ!あぁ、己の商魂よ……!

 緊張ゆえかそんなくだらないことを考えていると、湊斗さんが洗面所から出てきた。

「芹香さん、ありがとうございました。どうぞ」

「…………………………!!」

「どうされました?」

「み、湊斗さん、メガネをおかけになるんですね」

 初めて見たメガネ姿。

「?はい」

「…………………………」

「芹香さん?」

「何でもないです……。顔を洗ってきますね……」

 ふらふらと洗面所に入り、洗面台でがくっと下を向いた。

(……ちょっと……ちょっとーーーー!!かっこよすぎだろーーーー!!な、なんなのあのかっこよさ!!私好みもいいとこだろ!!けしからん!!実にけしからん!!)

 ちらっと横を見ると湊斗さんのコンタクトレンズケースが置いてあり、それにすら色気を感じてしまう自分の狂気が恐ろしくなった。
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