やり直しの恋

ゆり

文字の大きさ
14 / 30

不穏

しおりを挟む
『寂しい思いをさせましたね。すまなかったね』

 そう言いながら俺の背を優しく撫でてくれた芹香さん。

 斗真と初対面とは思えないほどの仲良くなりっぷりにいじけていた俺の心は、その穏やかな抱擁ですっかり癒されていたーーはずだったのだが。

 劣等感の種は、長い時間をかけて栄養を蓄えていたようだ。
 その小さなもやもやは日を追うごとに大きくなっていく。
 
 先日の一件以来、今までは気にならなかったことが気になるようになっていた。

 具体的に言うと、病院スタッフの態度。

 斗真に対するものと比べて、自分に対してはよそよそしいように感じてしまう。

 芹香さんの口から斗真の名が出るたびにびくびくしてしまう自分も嫌だ。

「斗真くんは元気?」

 そう聞かれると得体の知れないものがざわざわと体中を巡った。
 
「……元気ですよ。あいつも医者の端くれです。体調管理はしっかりしていますよ」

「あはは!そういうことじゃないって~」

 じゃあどういうことですか?

 喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。



 馬鹿げている、弟に対してこんな ーー嫉妬のような感情を持つなんて。



 自分の中で鬱々としたものが蓄積されていくのを感じる。発芽した劣等感は、どんどん枝葉を伸ばしていた。






・・・





 病院の経営に参加するようになってから、外来にしろ入院にしろ、いわゆる「現場」からはすっかり遠ざかってしまい、医者としての勤務は週1回、以前から担当していた患者さんの対応や軽傷の患者さんを診るのみだった。

「ーーではまた痛くなったら受診してくださいね。お大事に」

「はい。よろしくお願いします」

 深々と頭を下げてくださる患者さんに、俺も頭を下げた。診察室の扉が完全に閉まるのを見届けて、ほっと一息つく。

 伸びをして、横にいる医師事務補助の男性がパソコンの入力を終えるのを待ち「お疲れ様。お先に」と声をかけ、席を立った。「お疲れ様でした」と少し固い声が追いかけてきた。

 入院患者さんの情報を確認しようと、そのまま入院棟へ向かう。ナースステーションに入ると皆が姿勢良くそれぞれの作業に打ち込んでいた。

「お疲れ様です」

「あ、はい、お疲れ様です」

 挨拶を交わし、電子カルテを眺めていると聞き慣れた声が聞こえた。

「お疲れ様~」

「斗真先生。お疲れ様です!」

「も~ほんとに疲れた~」

「あはは」

 場の雰囲気が一気に和んだのを感じる。
 皆が斗真を歓迎しているのがわかる。




 …………俺のときは?
 俺のときは、どうだった?



 
 穏やかな様子で談笑している斗真たちを横目に、ハンマーで殴られたような衝撃に襲われていた。

 気にしなくていい。自分はあまり来ないから、親密度に差が出るのは当たり前だ。気にしなくていい…

 頭ではそう理解しているのに、沈んでいく気持ちはどうにも止められなかった。
 読まなければいけない文字も目を滑っていく。
 なんとか自分を奮い立たせカルテの確認を終え、楽しそうな笑い声を背中で聞きながら、逃げるようにその場を後にした。









「湊斗せんせ~~~~!!」

 エレベーターを待っていたところで斗真が追いかけてきた。ちょうどエレベーターが来たので一緒に乗り込む。

 順に点灯する数字をぼーっと眺めていると「兄ちゃん」と、斗真がポケットから小さな袋を取り出した。

「これ、芹香ねえさんに渡して。欲しがってた限定カラーのネイル」

 芹香さんの名前が出てきて一瞬びくっとしたが、斗真はそれには構わず続けた。

「未開封だから安心してって伝えてね」

「……よくわからんが、渡しておく」

「喜んでくれるといいけど。俺芹香ねえさん好きだな~。今度また3人でお茶でもしよう」

「!」

 ハッと顔を上げたときにタイミングよくポーンと扉が開き、斗真は「じゃね~」と鼻歌をうたいながら出ていった。


「ーーーーーーーー」


 呆然としている俺に構わず、エレベーターの扉が規則正しく閉まった。
 渡された小さな瓶が、妙に重たく感じた。






・・・

    



 渡して、と託されたものを捨てるわけにもいかず、夕飯後に芹香さんに渡した。とても喜んでいた。

「これ欲しかったの~~!パソコンの画面で見るより綺麗な色~~!」

「…………………………」

「斗真くんにありがとうって伝えてね。何かお礼したいけど何がいいかな」

「……あいつは人にプレゼントするのが好きですから。多分これからもいろいろ押しつけてくるので、その度にお礼してたら大変なことになりますよ」

「そうなの?」

「そうです。受け取るだけでいいと思います」

「そっか。あんなに美形で明るかったら相当モテそう。人生楽しいだろーなー」

「はは」

 俺の前で楽しそうに斗真の話をする芹香さん。
 なんなんだ、これは。
 どうしてそんなに幸福そうなんだ?

「そうだ、また3人でお茶しましょう」

 芹香さんの言葉が、量刑を告げる裁判官の声に聞こえた。

「ーーーーーーえ?」

「この間すごく楽しかったので。またおしゃべりしたいな~と思いまして」

 無邪気に笑う芹香さん。
 
 胸の奥で何かがガラガラと音を立てて崩れていった。

 全ての音が、景色が、ぐにゃっと歪んでいく。

 スロー再生のように重苦しい声が頭に響いた。






『とうま』ーー

『とうませんせい』ーー

『とうまくん』ーー

 





 もう、うんざりだ。






「湊斗さん?」

 すっと立ち上がった俺を心配そうに見つめる芹香さん。

「……すみません、仕事が残っていることを思い出しました。病院に戻りますね」

 笑ってみせたつもりだけれど、うまくできたかはわからない。

 芹香さんの髪をなでて頬にキスを落とし。

 俺は部屋を辞した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】純血の姫と誓約の騎士たち〜紅き契約と滅びの呪い〜

来栖れいな
恋愛
「覚醒しなければ、生きられない———       しかし、覚醒すれば滅びの呪いが発動する」 100年前、ヴァンパイアの王家は滅び、純血種は絶えたはずだった。 しかし、その血を引く最後の姫ルナフィエラは古城の影で静かに息を潜めていた。 戦う術を持たぬ彼女は紅き月の夜に覚醒しなければ命を落とすという宿命を背負っていた。 しかし、覚醒すれば王族を滅ぼした「呪い」が発動するかもしれない———。 そんな彼女の前に現れたのは4人の騎士たち。 「100年間、貴女を探し続けていた——— もう二度と離れない」 ヴィクトル・エーベルヴァイン(ヴァンパイア) ——忠誠と本能の狭間で揺れる、王家の騎士。 「君が目覚めたとき、世界はどう変わるのか......僕はそれを見届けたい」 ユリウス・フォン・エルム(エルフ) ——知的な観察者として接近し、次第に執着を深めていく魔法騎士。 「お前は弱い。だから、俺が守る」 シグ・ヴァルガス(魔族) ——かつてルナフィエラに助けられた恩を返すため、寡黙に寄り添う戦士。 「君が苦しむくらいなら、僕が全部引き受ける」 フィン・ローゼン(人間) ——人間社会を捨てて、彼女のそばにいることを選んだ治癒魔法使い。 それぞれの想いを抱えてルナフィエラの騎士となる彼ら。 忠誠か、執着か。 守護か、支配か。 愛か、呪いか——。 運命の紅き月の夜、ルナフィエラは「覚醒」か「死」かの選択を迫られる。 その先に待つのは、破滅か、それとも奇跡か———。 ——紅き誓いが交わされるとき、彼らの運命は交差する。

通りすがりのエルフに求婚された貧乏男爵令嬢です〜初対面なのに激重感情を向けられています〜

東雲暁
恋愛
時はヴィトリア朝時代後期のイングランド。幻想が消え、文明と科学が世界を塗り替えようとしていた時代。 エヴェリーナ・エイヴェリーはコッツウォルズ地方の小さな領地で慎ましく暮らす、17歳の貧乏男爵令嬢。ある日父親が嘘の投資話に騙されて、払えないほどの借金を背負うはめに。 借金返済と引き換えに舞い込んできたのは、実業家との婚約。彼はただ高貴な血筋が欲しいだけ。 「本当は、お父様とお母様みたいに愛し合って結婚したいのに……」 その婚約式に乱入してきたのはエルフを名乗る貴公子、アルサリオン。 「この婚約は無効です。なぜなら彼女は私のものですから。私……?通りすがりのエルフです」 ......いや、ロンドンのど真ん中にエルフって通り過ぎるものですか!?っていうか貴方誰!? エルフの常識はイングランドの非常識!私は普通に穏やかに領地で暮らしたいだけなのに。 貴方のことなんか、絶対に好きにならないわ! ティーカップの底に沈む、愛と執着と少しの狂気。甘いお菓子と一緒に飲み干して。 これは、貧乏男爵令嬢と通りすがりのエルフの、互いの人生を掛けた365日の物語。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

離婚するはずの旦那様を、なぜか看病しています

鍛高譚
恋愛
「結婚とは、貴族の義務。そこに愛など不要――」 そう割り切っていた公爵令嬢アルタイは、王命により辺境伯ベガと契約結婚することに。 お互い深入りしない仮面夫婦として過ごすはずが、ある日ベガが戦地へ赴くことになり、彼はアルタイにこう告げる。 「俺は生きて帰れる自信がない。……だから、お前を自由にしてやりたい」 あっさりと“離婚”を申し出る彼に、アルタイは皮肉めいた笑みを浮かべる。 「では、戦争が終わり、貴方が帰るまで離婚は待ちましょう。   戦地で女でも作ってきてください。そうすれば、心置きなく別れられます」 ――しかし、戦争は長引き、何年も経ったのちにようやく帰還したベガは、深い傷を負っていた。 彼を看病しながら、アルタイは自分の心が変化していることに気づく。 「早く元気になってもらわないと、離婚できませんね?」 「……本当に、離婚したいのか?」 最初は“義務”だったはずの結婚。しかし、夫婦として過ごすうちに、仮面は次第に剥がれていく。 やがて、二人の離婚を巡る噂が王宮を騒がせる中、ベガは決意を固める――。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

盲目公爵の過保護な溺愛

クマ三郎@書籍&コミカライズ3作配信中
恋愛
伯爵家の長女として生まれたミレーヌ。平凡な容姿に生まれた彼女は、美しい妹エミリアと常に比べられ、実の両親から冷遇されて育った。 パーティーでは家族の輪に入れて貰えず、いてもいなくてもいい存在。 そんな現実から逃れようと逃げ出した先で、ミレーヌは美しい容姿をした目の不自由な男性と出会うが──

悪魔な義理弟《ボディーガード》~ヤンキー校最凶犬男子の独占欲が強過ぎる~

Kore
恋愛
「余計なこと考えさせないくらい愛せば、男として見てくれる?」そう囁く義弟の愛は重くて、危険で、究極に甘い。 ———勉強が大の苦手であり、巷で有名なヤンキー高校しか入れなかった宇佐美莉子。そんな義理姉のボディーガードになるため、後追いで入学してきた偏差値70以上の義理弟、宇佐美櫂理。しかし、ボディーガードどころか、櫂理があまりにも最強過ぎて、誰も莉子に近寄ることが出来ず。まるで極妻的存在で扱われる中、今日も義理弟の重い愛が炸裂する。———

マチ恋 ―君に捧げるLove song― 一夜の相手はスーパースター。誰にも言えない秘密の恋。【完結】

remo
恋愛
あなたにとっては遊びでも、私にとっては、…奇跡の夜だった。 地味で平凡で取り柄のない私に起きた一夜のキセキ。 水村ゆい、23歳、シングルマザー。 誰にも言えないけど、愛息子の父親は、 今人気絶頂バンドのボーカルなんです。 初めての恋。奇跡の恋。離れ離れの恋。不倫の恋。一途な恋。最後の恋。 待っている… 人生で、一度だけの恋。 【完結】ありがとうございました‼︎

処理中です...