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黎の章
第108話「探り合い」
しおりを挟む「……あんたは――」
足を組みかえつつ、レイナが言った。
「――なぜ、相手がその言動をするのか、それを常に考えてるんだな」
彼女にしては珍しく、他人を詮索する言葉だった。
一体、何を意図した問いなのか。
発する気配も心なしか緩んだような気さえする。
対する宵闇は苦笑して言った。
「その通りだが。とはいえ、大なり小なり、みんなそんなもんだろ。……ちなみに、どこからその結論になった?」
鼻で笑いながら、レイナは言う。
「王都で初めて会った時の会話からずっとだ。常にあんたには先回りされ、こちらが頷かざるを得ない提案をされた」
彼女は顔を顰め、言葉を継ぐ。
「……大概、こっちにも利がある、あるいは不利を避けられる話だったから、頷く以外の選択肢がない。全く、忌々しいことにな」
これに、肩を竦めて宵闇は言った。
「まあ、それは意図的にやってたけど」
軽く相手を睨み、レイナが言う。
「そして先の疑問。要はオレの――、まぁ、いい、オレのことを分析してるんだろ?」
再度口をついて出た一人称はもはや訂正せず、彼女は言った。
「――心が男なのか女なのか、それによって、万が一の時の対応が変わってくる。……そんなところか。警戒心の高いことだな」
わざとらしく呆れるような言い方に、男は苦笑する。
「そんなもんじゃねえよ。ただ単に、俺のクセ、もっと言うと、コミュ障の対症療法だ。……観察対象として相手を理解しようとするのは、もう、条件反射でな」
「……」
意味不明な言葉の羅列に、レイナは眉をひそめる。
対する宵闇は背筋を伸ばしつつ、多少の配慮でおもむろに言った。
「そうだな……、例えば、どうにも気にくわない言動の相手がいたとする。どうにもイラついて仕方がない。そんな時、あんたならどうする?」
「可能な相手なら、面と向かって言うだろうな。それをやめろと」
軽く笑って男は言う。
「らしい答えだな。
……あるいは、別の奴なら周囲に賛同者をつくろうとする。
こういう奴がいて困ってる、お前もそうは思わないか。そうだな、困った奴だ、お前は大変だな。――そうして共感を得て、イラつく感情を軽減する」
「なんだ、その気色悪いやり取りは」
まさに反射的な感想に、男は今度こそ声を上げて笑った。
「はは。まあ、一応、俺が生まれ育った文化圏では、角の立たない対処法の1つなんだが」
「……」
無言で肩を竦めるレイナ。
一方の宵闇は一顧だにせず、視線を下げ、昔を振り返るように言った。
「だが、俺はそういう角の立たない普通のやり方ってのがどうにも苦手でな。それとなく指摘する、なんて上手いことはできないし、周囲の共感を得るのもあまり得意じゃない」
「確かにな」
躊躇なく同意したレイナは、首を傾げつつ言った。
「……あんたは常に諦めてる。どうせ理解されないだろうって、端からな」
青い瞳を軽くすがめ、探るような視線を相手に向ける。
なんとも言えない笑みをみせて宵闇は言った。
「ご明察。だって事実だろ?」
背もたれに深く身を預け、男は言う。
「――頭を電極で直接つなぎでもしなきゃ、俺や相手が本当に考えていることなんて伝わるわけない。真に理解しあえるはずもない。……それが、俺の本音でな」
聞く者が聞けばマッドな発想に身を引くようなことを平然と言う。
一方、理解できる範囲のみ聞き取ったレイナは、鼻で笑って言った。
「面倒なことを考える。それは、そんなに重要なことか?」
「重要さ」
「断言したな」
おざなりに言ったレイナに対し、宵闇は肩を竦めてみせる。
「少なくとも、相手の考えていることを推しはかり、理解することは、社会で生きていくには重要なことだし、俺はそう教わった」
ちなみに、口に出された言葉とは違い、彼の表情は大して大事だと思っていないようだった。教科書を読み上げるような、平淡な調子が見て取れる。
レイナはそれを静かに見つめるのみ。
宵闇は言った。
「……だが、どうにも俺にとっては、自分のことをわかってもらうのも、相手を理解するのも苦手なことでなぁ」
「……」
「どうしても、不可能だと諦めちまうんだ、真っ先に」
ぽつりと言った男は、自嘲するように言葉を継ぐ。
「だからせめてもの努力にと、クセがついた。相手を観察し、行動や思考パターンを解析し、俺なりに周囲を理解しようとした」
「――なぜ、そいつはそんなことをしているのか?」
「それを常に考え、気にするようになった。相手の言動を理解するために、知識もつけた。分析するクセをつけた。……相手に期待せず、俺自身が可能な限りの努力をした。俺のことを相手に理解されなくとも、俺が相手のことを知っていればいい。そう思って、精度を高めた」
男は小さく息を吐いて言う。
「……だから、どうにも嫌な奴がいた場合、俺ならそいつのことを観察する。なぜそんな行動をするのか、それを理解し、納得する。それさえできればイラつきも減る」
「は。ずいぶん大人しいもんだな」
嘲笑するような表情と言葉に、男は微笑み返して言った。
「だって、不快な相手に何かエネルギーを向ける時間ほど無駄はねえじゃねえか」
「……」
咄嗟に言葉を失うレイナ。
対する男は軽く言った。
「だから俺は、さっさと納得して諦めることにしてるんだ。……人間同士、心の底から仲良しこよし、なんて無理に決まってる――そう思いながらな」
そんな冷えた言葉に、レイナは胡乱げに言った。
「お前は……どこか言動が、矛盾してないか?」
宵闇は肩を竦めて言った。
「自覚はしてる。ちなみに、どこら辺がそう思う」
訊き返され、レイナは数秒言葉に迷う。
「お互いを理解するのは重要だと言ったその舌で、それは無理だと断じてる点……、いや、これは矛盾してないのか」
自問自答するようなその返答に、宵闇は苦笑して言った。
「まあ、それ自体はそうだな。
実際、俺ほど努力しなくても、なんなくできる奴はいるし」
投げ出すような言い方に、レイナは呆れ調子で言う。
「だが、あんたほど正確にやろうとする奴もいないだろ」
これに、宵闇は苦笑したまま視線を逸らし、どこを見るともなく言った。
「“相手の気持ちを考えなさい”、そう俺は教えられたから、なんとか表面的にでもできるように頑張った。それだけなんだがな」
「……」
彼女自ら口火を切ったとはいえ、予想外な打ち明け話に、内心レイナはその意図を測り兼ねて沈黙する。
先程の不躾な疑問の詫びのつもりか。
それとも――。
注意深く相手を観察しつつ、彼女は漸う言った。
「常々どっちか疑問だったが。……どうやら、あんたはオレが思っていたよりも、偽善的な性格らしい」
「バレたか」
直截な指摘に、大した動揺もなく宵闇は楽し気に言った。
「なかなか外面は繕えたもんだろ。……だが、俺は結構、自己中心的だし他人に期待してないんだよ。基本、観察対象としてしか、他人に興味もないしな」
笑顔ではあるが、意識的に造られたものだとわかるそれに、レイナは胡散臭そうに眉を寄せる。
「なのに、ガキを世話するのは面倒ってわけじゃないんだな」
男は頷く。
「ああ。それは自分自身が楽しんでるから、苦とは思わない」
「……なるほど」
何か納得したらしいレイナが、背もたれに身を預けながらゆっくりと言った。
「――つまりあんたは、慕ってくるガキどもの視線に、後ろめたさを感じて疲弊してるってわけか」
多少、意表を突かれたらしい。
「……またまたご明察」
宵闇は言葉を探すように一瞬思案し、次いで苦く笑いながら白状するように言った。
「あの子たちには申し訳ないが、俺は自分が楽しくてやってるにすぎないんだよなぁ。なのに、まるで聖人君子のスーパーマンみたいに接してくれるから……。それに、大昔のいらんことも思い出しちまうし」
「ハッ」
対するレイナは、斜に構えて軽く笑う。
「そんなことに後ろめたさを感じる時点で、あんたは正真正銘の善人だよ。何を臆することがある」
「……」
口調や表情に反し、その中身は慰め以外の何物でもない。
意外そうに黙った宵闇に、レイナは構わず言った。
「特に他人へ迷惑がいくわけでなし。むしろ、ガキどもには奪われることのない財産、だったか、それが無償でいくんだ。不等価すぎる。勝手に崇め奉らせときゃいいんだよ」
「ハハッ」
やはり彼女らしい物言いだった。
宵闇は軽快に声をあげ、一転、何とも言えない表情で呟く。
「確かに、教育を受ける権利もないこの世界じゃあ、俺がやってることは聖人君子顔負けの慈善活動ってか」
肩を竦めてレイナは言う。
「この国ではどうだか知らないが、イスタニアなら、女は文字さえ読めないのがほとんどだ。レナはともかく、セリンといったか、あんな小さなガキにまで教えてると聞いて、オレはあんたの正気を疑ったほどだ」
これに、宵闇は口元に手を当て、感慨深く息を吐く。
「ふーん。やっぱ隣国じゃ、性差が教育の壁になってるのか」
既にレイナの言動から予想していたことだ。また、彼が知る地球の歴史を参照しても想像に難くない。
レイナは自嘲して言った。
「ああ。オレはこれでも本当に運のいい方でな。貴族相手の侍女くらいなら熟せる、それだけのことを叩き込まれた。……そういう意味では、犬として使われていたなかでも、かなり恵まれた方だろうよ」
だが、そこまで言って――。
一瞬にして彼女は、嫌悪感を滲ませ唸るように言った。
「――別方向ではクソだったがな」
「……」
その、まっすぐに向けられる閃くような暗く激烈な感情に、宵闇は何を言おうとするでもなく、押し黙った。
対するレイナは口端を押し上げ小さく嗤う。
「クク。そうそう、ここで下手に返さず、そんな顔で無言になるところも、あんたが最もマシな善人だと思う所以だよ。少なくとも、オレにとってはな」
「……口下手が、珍しく役に立ったか」
宵闇はやるせなく微笑んで言った。
一方の彼女は、ただ無言で応えるのみ。
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