理系が転生したら非科学的存在 (魔物)でした

秋人司

文字の大きさ
40 / 114
緋の章

第39話「グスターヴ・ガレアス」

しおりを挟む

――その頃、王都にて。

 三重の城壁を備えるオルシニアの王城――その武骨で頑健な城の護りを、更に固めるかのように、その足元には複数の宮がある。

 いずれも王族の個人的な住居や離宮として使用されており、それぞれに個別の名が付けられていた。

 その1つ――バリオット宮高貴なる宮と名付けられた一際豪奢な宮の一室において。

 高圧的な印象を受ける男が窓際に立ち、背後に控えたもう一方――従者然とした者へと問いかけていた。

「リアム、はどうしている」

「は」

 その従者は、至って無機質に返答する。

も当初は取り乱しておりましたが、徐々に落ち着いてきております。
 ……未だに言葉の一部が不明ですが、おおむね問題なく過ごせているようです」

「ふむ。……くれぐれも損なうことの無いように、な」

「は」

 窓際の男は、話題の人物――“例の者”をまるで口では気遣う素振りだった。

――が、その声音には不自然なほど熱が無い。

「また“不明な言葉”は可能な限り記録しろ」

「は」

 応える従者の態度もまた、冷淡としていた。

 次いで、男は幾分声を低めて問いかける。

「……ところで――暗示の方はどうだ」

「――難しいようでございます」

 従者は、忸怩たる想いを現わすように頭を下げた。

「やはり、か。あれだけの魔力量であれば無理もない」

 溜息と共に吐かれる主人の言葉に、しかし、従者は付け加える。

「ただ、精神の方はあの年にしては幼い様子。情報を制限し、こちらに依存させることは容易いかと」

「……そうか。ならばひとまずそれでよい。――が、は今後とも試せ」

「は。承知いたしております」

――静かな室内に響く会話はどこまでも不穏なものだった。





 窓際に立つ男は、実用的に鍛え上げられた立派な体躯の偉丈夫だった。年の頃は三十路間近といったところ。
 華美な衣服でその身体を飾り立て、堂々たる態度でその空間を支配している。

 また、金茶の髪は後ろに流され、その傲慢な顔立ちを際立たせる。瞳の色は嵐の海のような青灰だ。

「それにしても、神々は俺に味方しているようだな」

 会話の切れ目でおもむろに、男は振り返って言った。

「そうだとは思わないか?リアム」

 同意しか認めない、といった調子の主人に対し、怜悧な顔立ちの従者は慎重に言葉を選んで返答する。

「……シルバーニ卿の件でございましょうか」

「――そう、あの忌々しいだ」

 その言葉に、男は声音も表情もガラリと変え、嫌悪感を滲ませる。

「小生意気なルドヴィグが何かと頼みの綱にしていたが、此度の任務はさしものあのにとっても困難であろう」

 そう言いながら、男は窓の外――はるか南方を見晴るかす。

 そこから見えるのは、眼下に拡がった王都の街並みと3枚の城壁、そして、その先に小さく白く伸びるカルニスへの街道だけだ。

 しかし、更にその先では――。



「――何しろ、今回は“神”が相手だからな」



 南方で起こっているという異変に思いを馳せ、男は口端を上げて笑む。

「あの亜人、バスディオの怒りに焼かれてしまえばそれで良し。あるいは、逃げ帰ってくるなら処断すれば良し。――それでようやく、栄えあるオルシニアのを濯げるというもの」

 そう言いながら男は片腕を持ち上げ――力強く振り払う。

「そして、あの亜人さえ除ければ、ルドヴィグの排除も可能だ」

 心底、愉快だと言わんばかりに男は笑みを深めた。

「更には、このような絶好の機に、俺は神から“切り札”を賜った……。アレを十全に活かせれば、この国の道を正すこともようやく叶う」

 その声音には、自らが“選ばれた存在”であると、信じて疑わない響きがあった。

 そんな、ある種自己陶酔しているかのような主人へ、従者が静かに問いかける。

「――やはり、お考えは変わりありませんか」

「あ?」

 淡々としたその従者の問いに、男が返したのは剣呑な一言。

「――リアム、お前が冗談など似合わん。なんだ、怖気づいてでもいるのか」

「…………ご慧眼おそれいります」

 多少長い沈黙の末、主人とそう年の変わらないであろう従者――リアムは、をその奥底に封じながら頭を下げた。

「ふん。この機になぜ、そして何を思い直さねばならん。――王位を担うに相応しいは俺だ」

 そうした従者の様子には一切目を向けず、男は傲岸不遜に言い放つ。

「伯爵家如きが産んだアルバートよりも、公爵家の腹より出た俺の方が、はるかに神聖なるオルシニアの玉座へ座るに相応しい。何より自明なことだ」

「……」

「その証拠に、アルバートには満足に健やかな身体が与えられず、魔力も俺に敵うべくもない。それに引き換え、俺はどうだ?」

 その精悍な顔立ちの中に漲る自信を滲ませ、男は言う。

「これ以上ない血筋、潤沢な魔力。まさに神々に選ばれているのがこの俺だ。そうだろう?」

「――はい。グスターヴ殿下」

 もはや従者の声音は再び無機質なモノに戻り、主人の言を忠実に肯定するだけの存在になる。

「で、あれば余計な国の憂いは排除しておくに越したことはない。――お前も心しておけ」

「はい。出過ぎたことを申しました」

「わかればよい。下がれ」

「は」

 そうして部屋から従者が退出し、室内には男――オルシニア王国第2王子、グスターヴのみが残される。












 夏だというのに寒々とした1人きりの室内で、男は眼下の街並みを見下ろして言った。

「――俺以外に、コレを護れる者はいない」

 


 その声には意外なことに、先とは打って変わって悲壮な響きさえあった。
 だが、当然のごとく――。

 それを聞いたモノは、その場に誰1人としていない。





――これ以上なく飾り立てられた豪奢なその部屋の中で、グスターヴのみが、果てしなく独りだった。





==========================================================================
























「リアムさん、あの……!」

 一方、グスターヴの御前から退出してきた従者――リアムを、とある廊下の一角で今か今かと待ち構えていた者がいた。

 「部屋から出すな」と指示したはずだが……。そんなことを想いつつ、溜息を堪え立ち止まったリアムは、駆け寄ってくる人物をその怜悧な表情で見下ろす。

「――なんでございましょう」

 その人物の体躯は小柄だ。何しろ若い女性――少女といっていいだろう。

 しかし、本人の言を信じれば、この国でいう成人の歳16歳前後は超えている。にも拘わらず、言動が稚拙で礼儀を全く弁えていないのが、見る者の眼には異様に映った。

 何しろ、オルシニア王国第2王子の乳兄弟であり、彼の右腕と評されるリアム・ライブルクをこのような場所で不躾に呼び止めるくらいだ。

 しかも、まるでリアムが自分よりも同格以下のような接し方。

 だが実際、元居たところではかなりの高位にいたのだろう、と彼は想像していた。

 何しろ、焦茶色の髪に黒い瞳、少し黄みのかった肌はこの国ではまず見ないが、その手入れは行き届いており、若い年齢を考慮してもその艶々とした輝きは、食うに困らぬ以上の豊かな環境にいた証明だ。

 また、今は貴族の子女向けの衣服を纏ってはいるが、彼らが遭遇した当時に少女が着ていたのは、この国の縫製技術が未だ到達しえない緻密さで縫われた見慣れないという衣服。

 これだけでも、少女がただの不躾な子供でないことは明白だ。

 それを周囲も勘案してしまうのだろう、少女の後ろには世話係として侍女が3人ついていたが、みな真っ青な顔色で付き従っていた。

 少女の再三の「お願い」に、苦肉の策で「リアム様が頷けばあるいは」とでも答えるしかなくなったのだと思われる。強硬な手段も取れず、命令を遂行できなかった恐怖で、背後の3人はリアムの視線にびくつくしかない。

 そんな周囲の空気に気づいているのかいないのか。少女は目の前の男に向けて、目一杯の勇気を振り絞ったかのように訴えた。

「……あの、私、外に出たいんです。ダメでしょうか……。少しだけでいいんです!」

 その言葉に、リアムは努めて淡々と返す。

「貴女の身の安全のために申し上げております。どうか、与えられた部屋にてお過ごしください」

「…………」

 少女は唇を真一文字に結びながら、リアムを数秒見上げて押し黙る。
 だが、いくら待とうともリアム側に変化が無いと知るや、少女は俯いた。

「わかり、ました」

 彼女はそのままクルリと彼に背を向け、何の断りもなく自室のある方向へと駆け去っていく。

 そんな姿を無言で見送りつつ、リアムは侍女らへと視線をやった。

「「「――申し訳ございません」」」

 見事に揃った謝罪の言葉。
 男も多少の同情で言ってやる。

「今回は見逃します」

 そんなリアムの許しに彼女らはホッと息を吐く。
 だが、2度目がないのは明白だ。

 素早く頭を下げた侍女らは、少女を追って駆け去っていく。



 その様子に、リアムは数舜思案する素振りを見せた。

「……大事にならぬ前に、誰ぞ宛がうべき、か」

 そう独り言ちながら、リアムは静かに立ち去った。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

最強剣士が転生した世界は魔法しかない異世界でした! ~基礎魔法しか使えませんが魔法剣で成り上がります~

渡琉兎
ファンタジー
政権争いに巻き込まれた騎士団長で天才剣士のアルベルト・マリノワーナ。 彼はどこにも属していなかったが、敵に回ると厄介だという理由だけで毒を盛られて殺されてしまった。 剣の道を極める──志半ばで死んでしまったアルベルトを不憫に思った女神は、アルベルトの望む能力をそのままに転生する権利を与えた。 アルベルトが望んだ能力はもちろん、剣術の能力。 転生した先で剣の道を極めることを心に誓ったアルベルトだったが──転生先は魔法が発展した、魔法師だらけの異世界だった! 剣術が廃れた世界で、剣術で最強を目指すアルベルト──改め、アル・ノワールの成り上がり物語。 ※アルファポリス、カクヨム、小説家になろうにて同時掲載しています。

俺、何しに異世界に来たんだっけ?

右足の指
ファンタジー
「目的?チートスキル?…なんだっけ。」 主人公は、転生の儀に見事に失敗し、爆散した。 気づいた時には見知らぬ部屋、見知らぬ空間。その中で佇む、美しい自称女神の女の子…。 「あなたに、お願いがあります。どうか…」 そして体は宙に浮き、見知らぬ方陣へと消え去っていく…かに思えたその瞬間、空間内をとてつもない警報音が鳴り響く。周りにいた羽の生えた天使さんが騒ぎたて、なんだかポカーンとしている自称女神、その中で突然と身体がグチャグチャになりながらゆっくり方陣に吸い込まれていく主人公…そして女神は確信し、呟いた。 「やべ…失敗した。」 女神から託された壮大な目的、授けられたチートスキルの数々…その全てを忘れた主人公の壮大な冒険(?)が今始まる…!

娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る

ほりとくち
ファンタジー
突然現れた魔法陣が、あの日娘を連れ去った。 異世界に誘拐されてしまったらしい娘を取り戻すため、父は自ら異世界へ渡ることを決意する。 一体誰が、何の目的で娘を連れ去ったのか。 娘とともに再び日本へ戻ることはできるのか。 そもそも父は、異世界へ足を運ぶことができるのか。 異世界召喚の秘密を知る謎多き少年。 娘を失ったショックで、精神が幼児化してしまった妻。 そして父にまったく懐かず、娘と母にだけ甘えるペットの黒猫。 3人と1匹の冒険が、今始まる。 ※小説家になろうでも投稿しています ※フォロー・感想・いいね等頂けると歓喜します!  よろしくお願いします!

神様、ちょっとチートがすぎませんか?

ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】 未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。 本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!  おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!  僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇  ――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。  しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。  自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。 へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/ --------------- ※カクヨムとなろうにも投稿しています

異世界転生おじさんは最強とハーレムを極める

自ら
ファンタジー
定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。 その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。 異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。 定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。

異世界でぼっち生活をしてたら幼女×2を拾ったので養うことにした【改稿版】

きたーの(旧名:せんせい)
ファンタジー
【毎週火木土更新】 自身のクラスが勇者召喚として呼ばれたのに乗り遅れてお亡くなりになってしまった主人公。 その瞬間を偶然にも神が見ていたことでほぼ不老不死に近い能力を貰い異世界へ! 約2万年の時を、ぼっちで過ごしていたある日、いつも通り森を闊歩していると2人の子供(幼女)に遭遇し、そこから主人公の物語が始まって行く……。 ――― 当作品は過去作品の改稿版です。情景描写等を厚くしております。 なお、投稿規約に基づき既存作品に関しては非公開としておりますためご理解のほどよろしくお願いいたします。

セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~

空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。 もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。 【お知らせ】6/22 完結しました!

社会の底辺に落ちたオレが、国王に転生した異世界で、経済の知識を活かして富国強兵する、冒険コメディ

のらねこま(駒田 朗)
ファンタジー
 リーマンショックで会社が倒産し、コンビニのバイトでなんとか今まで生きながらえてきた俺。いつものように眠りについた俺が目覚めた場所は異世界だった。俺は中世時代の若き国王アルフレッドとして目が覚めたのだ。ここは斜陽国家のアルカナ王国。産業は衰退し、国家財政は火の車。国外では敵対国家による侵略の危機にさらされ、国内では政権転覆を企む貴族から命を狙われる。  目覚めてすぐに俺の目の前に現れたのは、金髪美少女の妹姫キャサリン。天使のような姿に反して、実はとんでもなく騒がしいS属性の妹だった。やがて脳筋女戦士のレイラ、エルフ、すけべなドワーフも登場。そんな連中とバカ騒ぎしつつも、俺は魔法を習得し、内政を立て直し、徐々に無双国家への道を突き進むのだった。

処理中です...