理系が転生したら非科学的存在 (魔物)でした

秋人司

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蒼の章

第51話「イリューシアの魔物」と「真緋」

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 海を臨む地――オルシニア東部アレイアの北には、北部ウォルメナから続く広大な森が広がっている。

 名を“イリューシアの森”。

 オルシニアの北部国境である大河ステューティクの中流から下流にかけて広がっており、特にアレイア領に含まれる地域は第3王子ルドヴィグの領地でもある。

 また、その森の一画には、とあるいわくつきの“泉”があることが知られている。

 なんでも、その泉の水を飲めば不老不死が得られるとか、高い魔力を得られるとか、そんな噂があるのだが――。
 
 そういったものに踊らされた多くの人間が、これまで森へ分け入ったものの、彼らの誰1人として泉へ容易には辿り着けず。

 そして、大半が無事に帰ってはこなかった。

 道に迷ったり普通の魔物に襲われたりで諦め、その時点で引き返せたなら御の字だ。しかし中には、それ以上の目に遭いながら無理に捜索を続けた結果、精神に異常をきたしたり、帰ってこなかったりする者もでる始末。

 辛うじて命を拾って帰ってきた者たちに詳しく話を聞いてみれば――。

 森へ分け入れば分け入るほど“不可思議な幻聴”が聞こえるようになる、というのだ。ある者は少年の声を聞いたと言い、またある者は妖艶な美女の声を聞いたと言う。

 そして、そんな不気味な声が一体何を語りかけるのかと言えば――「こちらへおいで」「一緒に遊ぼう」「ボクを楽しませて」――そんなふうに誘われる、らしい。

 つまり、姿はないのにどこからともなく“声”が聞こえ、それが森の更に奥へと招いてくるというのだ。

 それへ恐怖を感じ、引き返せた者はいい。
 だが、その声に魅入られ足を進め続けると、遂には気がふれ、最期にはその“声”の持ち主――恐らくは泉に巣食う魔物に、むさぼり喰われるのだ……。

 そんなふうに言われている。

 とはいえ、真相は不明だ。

 なぜなら、死人か狂人しかその答えを知らないのだ。言うまでもなく、死人に口なし、狂人に信なし。

 誰も確かな事は分からない。

 だが、想像が想像を膨らませ、今ではすっかり恐ろしい魔物が潜む泉として、周辺住民からは恐れられている。











 ちなみに、十数年前にはその泉に潜む魔物を討伐するためとして、オルシニア軍が部隊を編成し、森へ分け入ったこともあった。


 ……しかしその結果は――。







 500人にも上る騎士が全員行方不明――すなわち実質的な殉死、という、前代未聞の大被害を出したのだった。




==========================================================================





『そんなとこに向かうなんて正気かよ』

「ええ」

 アレイア領の内陸。とある林道を、1台の荷馬車が移動していた。
 
「確かに、そういった地なら、追っ手はかかりづらいだろうがな」

『まあ、そうだが』

 そんなふうに幌のかかった荷台の中で言い交わすのは、漆黒の虎と金髪の青年、赤髪の女性。
 そして、荷馬車を操作するのは金茶の髪の少年だ。

 カルニスを出て、東部アレイアに入ったアルフレッドら一行だった。

 ついでに言えば、月白ゲッパクはいない。王都との連絡要員として別行動中だ。

「それに、僕らなら泉の魔物も問題ではないでしょう」

『……現在進行形で俺にもたれかかってるテメエの言えることじゃねえよ』

 にべもない返しに、多少青年は視線をずらす。

「……こうしていると楽なんですよ」

 そんな言い合いを、対面に座ったディーは微笑ましそうに見遣っていた。

 だが、御者を務める少年は多少遠慮しつつ振り向いて言う。

「それで、どう、いたしましょうか」

 もちろん、尋ねているのは今後の進路。何しろ、もうすぐ分かれ道に出るはずなのだ。

『……しゃーねぇ、アルの言った通り、北の森方面へ向かってくれ』

「わかりました」

 そう答え、少年は再び馬の操作に意識を戻す。
 もうすっかり堂に入った仕草だった。



 バスディオの災厄を鎮めてから、かれこれ数週間が経過していた。
 彼らの付き合いも、いい加減よく馴染んできたところ。

 アルフレッドの体調が優れなかったり、国からの捜索の手を避けながらだったりと、いろんな障害で予想もしていなかった長期間に及んでいるこの旅路も、その雰囲気は中々良いモノだった。

 ちなみに、荷台へ積んでいた食料は既に消費し、荷馬車を引く馬も2頭から1頭になっている。
 荷物が軽くなったからでもあるが、何しろ馬が1日で消費する水も食糧もバカにはならない。途中の村に労働力として提供し、食料と代えてもらったのだ。


『ところでアル、体調の方はどうだよ』

 大人しく背もたれになっている虎の問いに、青年は穏やかに言った。

「悪くはないですよ。……昨日、十分なもできましたし」

 そんな答えに、ディーは柔らかく笑んで言う。

「何しろあそこは、中々良質な“水”の魔力で満ちていたからな」

「ええ」

 青年も頷いた。



 彼らが言っているのは、“特殊な水源”のことだった。

 国中が魔力の高い地域であるオルシニアだが、その中でも特に魔力の密度が高い場所がある。
 そもそも、地形的な要因――例えば谷など――でもそのような場所ができたりするが、地下から湧く水源などでも、時折、豊富に魔力が噴き出す場所がある。

 特に、東部アレイアにはそう言った場所が多い。

 ついでに言えば、魔力と生物の生命力には密接な関係があり、こうした水源を利用すると、農作物の成長に良い影響を与えることがほとんどだ。
 そのため、海産物が有名なアレイアだが、農産物に関しても、その質では他の地域に引けを取らない。

 アルフレッドはそう言った“特殊な水源”で休息をとることにより、バスディオの1件で消耗した力を補いつつ移動してきていた。

 だからこそ、徒歩で数週間程度の道程を、馬車で同じだけの日数かけて移動することになったのだが、その対価としてアルフレッドも徐々に回復してはいた。

 そんなこんなで人目に付く街道沿いを避け、地元民が使うような林道を選びつつ、泉を頼りに進む道程だが、基本的には穏やかなものだ。

 国からの追っ手もカルニス周辺では隅々に及んで煩わしかったものの、アレイアに入ってからは主要街道の検閲しかない。

 主な問題は、強いて言えば食料の調達に多少苦労するくらいか――。





 そんな彼らが乗る荷馬車、その両脇には木立が広がっている。

 外界はどれほど暑いかしれないが、その木立を通る新緑の草いきれは肌に心地いい。
 他にも、小鳥の囀りや小動物の息遣い、昆虫たちの躍動が、近く遠く、聞こえてくる。




 しばし沈黙があったが、それを――。

『あ、そういえば』

 虎の呟きが途切れさせた。

『――俺の中で、ディーの名前が決まったんだが』

「おお! やっとか」

 その言葉に、赤髪の麗人がパッと表情を明るくした。
 虎はそんな反応に、気まずさを表したのかパタリと尾を振りながら言った。

『待たせて悪かったな……。俺的に満足できる名前がなかなか無くてよ……』

「いやいや、嬉しい以外の感情はないさ。お前が頭を悩ませていたのは、重々承知しているからな」

 ディーはそう言って、期待を込めて虎を見る。
 ついでに、アルフレッドも興味を惹かれたように視線を向けた。

『じゃあ、言わせてもらうが……』

 そんな方々からの視線を受けつつ、黒い虎――宵闇ショウアンは言う。

『“真緋シンヒ”ってのは、どうだ?』

「シンヒ」

 ディーは虎の言葉をただ繰り返す。
 虎は言った。

『ああ。……俺の国の言葉で“真緋あけ”とも読み、黄みを帯びた鮮やかな赤色を指す。――要は、火の色だ』

「!!」

『ついでに言うと、“熱い情熱”を火の色に例え“真緋”は“思ひの色”とも言うんだが……まあ、そんな話は置いといて』

 既に眼を輝かせるディーのことは知らぬげに、虎は再考しながら続ける。

『――俺的に、“真緋シンヒ”という音がどうにも“ディー”と遠くなるのが悩みどころだったんだけど。やっぱ、これ以上あんたに合う言葉もないと思ってな。結局のところ、単純な選択になっちまったが……。で、どうだ?』

 その虎の問いに、ディーから拒否が上がるはずもなく――。

「シンヒ、いや――真緋シンヒ、か。……良い名だ」

 彼女は満足げに微笑んで言った。

「お前の言ってくれた通り、我にふさわしい名だと思う。ありがたく、頂戴しよう」

『そうか! よかった……』

 虎は緊張を解いて喜色を見せ、その傍らのアルフレッドは息を吐いて言った。

「……僕としても、これでクロの独り言を延々聞かなくて済むので嬉しいです」

『ああ……。お前には抑えても念話で伝わっちゃうからなぁ』

 虎は申し訳なさそうに謝り、ディーもまた言った。

「フフ。我のために苦労をかけた。お前にも礼を言うぞ、アルフレッド」

 その言葉に、青年は多少顔を背けながら言った。

「いえ。…………僕も、貴女の新しい名は、良いモノだと、思います」

「ハハッそうだろう!」

 青年の不慣れな称賛にも、ディーの表情は明るいままだ。
 サファイヤのような碧眼を細め、炎のように赤い髪を掻き上げて言う。

「では、改めてよろしく頼むぞ、アルフレッド、宵闇ショウアン、イサナ。我が名は真緋シンヒ。呼び方は……まあ、ディーでもアケでも、好きにしてくれて構わん」

「ええ。これからも。――ひとまず、僕からは今まで通りディーと」

「ああ」

 アルフレッドが淡々と応じ、急に矛を向けられた御者席のイサナも「よ、よろしくおねがいします!」と慌てて答える。

 そんな中、彼女の言葉尻を捕らえ虎は言った。

『おいおい、呼び方にこだわりはないのかよ……』

 それへ、ディーは微笑みで応える。

「ないな。――我は、揃いの名があるという、その事実だけで満足だ」

『っ』

 ディーのその答えと表情に、虎は前脚を意味もなく組み替える。

『……そんなに喜んでもらえて、俺としても嬉しいよ。……んじゃまあ、俺も、今まで通り普段はディーとは呼ばせてもらおうかな』

 そんなことを言いつつ、虎は上体を起こして彼女を見た。

『こちらこそ、改めてよろしく、真緋シンヒ

「ああ!」


 そう言って、赤の麗人はこれ以上なく楽しそうに微笑んだ。





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