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5話
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◇
「わあ………」
扉のむこうには広がる景色に、僕は目を奪われていた。
高層マンションの最上階。
全面ガラス窓で囲まれ、大都会のパノラマが広がっている。
床も柱もピカピカで、大きなソファがいくつもある。
とにかく、ダッシュしてもスライディングしても怒られそうもない。
余りある広さだった。
「すごぉい。しずが見たら喜ぶだろうなあ」
弟を思い出すと、急上昇したテンションがいっきに降下していく。
「やっぱり、お泊まり、やだなぁ……」
ポツリとつぶやくと、上から声が降り注ぐ。
「おかえり、陽くん」
「あ……」
真っ白な階段を、男が降りてくる。
さらに上の階があることにも驚いたが、男のすがたに目を奪われていた。
白金の髪に白い肌、まとったローブからすらりと伸びた手足。
まるで神さまが降臨したかのような光景に、すっかり見とれてしまっていた。
「どうしたの」
「……えっ、あ、ぼく……ハッ!はじめま、じゃなく、て、おじゃま、でも、なくて」
「フフ。ただいま、でしょ?」
「えっ、あ、うん……」
なんだか恥ずかしくて、言えずにうつむいてしまう。
神さまはそんな僕の頭に触れ、優しく撫でていた。
(僕、この人の“息子”を演じなきゃいけないのに。え、はだか? あ、神さまだから。——いや、お風呂あがりだからだよお。わあ、なんかいいにおいがする)
目の前の情報量の多さに戸惑っていると、ふわりとその胸に抱き寄せられていた。
でも、なぜか——
たじろいだのは一瞬だけで。
この人に抱きしめられる行為が、とても自然なことに感じていた。
「おかえり、陽一」
「うん……ただいまぁ」
抱き合いながら、ふと、この奇妙な状況について考えていた。
(ここの子は帰ってきただけで、こんなに大切にしてもらえるんだあ。いいなあ……。どんな子なんだろう? どうして“交換”なんてするのかな。お父さんは、その子と今ごろ何してるんだろ。いつもなら、僕と——)
「……しようか、陽くん」
名前を呼ばれて、ハッと顔をあげる。
ぼんやりしていて会話に気付かなかったのだ。
「しよう、って、あ……ぼく、する、の?」
「うん。いや?」
「え、だって、そのぉ」
つい、思わず男の股間を見てしまう。
父には何も伝えられていなかった。
この人を“パパ”と呼び、三日間“息子”でいるように言われただけ。
(でも、僕がお父さんといつもしていること、この人も“息子”としてるのかな。え、じゃあ、お父さんも、ここのうちの子と……?え、しないよね?!)
いろんな思考が駆けめぐり、無言で股間を見つめる、おかしな子になっていた。
「でも陽くんも好きでしょ?」
「えっ?? あの、ぼく、好き、じゃないよ!」
「……?いつもは楽しみにしているのに。今日はイチゴも乗ってるよ?」
「いちご?」
ようやく僕は。
「おやつにしようか」——と。
ただ、そう言われただけと気づくのだった。
◇
「わあ~」
ここに来て、もう数えきれないくらい驚かされていた。
テーブルに置かれたホットケーキは、母が作ってくれるものとは別物である。
ふかふかの生地の上に生クリームとアイス、そして大好きなイチゴが飾られている。
そして黄金にかがやくシロップが、キラキラと湧き水のように流れ落ちているのだ。
「これ、食べていいの? ぼく、ぜんぶ、ひとりで?」
「もちろんだよ。陽くんのために作ったんだから。ここ座って」
僕は招かれるままに、男の前に腰を下ろす。
ベッドみたいに大きなソファなのに、後ろから抱っこされるみたいにして一緒に座る。
「アイスティーにしたよ。ジュースもいっぱい冷蔵庫にあるからね」
そういってテーブルからグラスを手に取り、ストローの先を僕に向ける。
どうやら飲み物だけでなく、ホットケーキも自ら切り分け、食べさせてくれるつもりらしい。
(ひとりで食べられるのになあ。でも、このうちの子は、そうなんだ。ふふ、僕、王子様みたいだ)
弟がまだ母に「あーん」をしてもらっているのが少しだけうらやましかったから。
僕も久しぶりに“お兄ちゃん”ではない、ひとりっ子気分を味わっていた。
「陽くん、おいしい?」
「うん!生クリームのとこ、もっと食べたいなぁ」
「クリーム、気に入った?」
「うん、あまくておいひぃ」
「良かった、陽くんのために作った特別なクリームだよ。ふふ、口についてる……ゆっくり食べようね。夕飯まで何か見ようか、アニメ?」
リモコンを操作するとカーテンが締まり、プロジェクターの光が壁を照らす。
「ねえ……あの、あっちのイチゴも、食べていいの?」
「もちろん。陽くんはイチゴが大好きだもんね。待っててね、とってあげる」
そういってフルーツ皿を引き寄せる手も、他の作業も。
何気なく見ていたら、どうやら男は左利きらしい。
(左、惺といっしょだ。しずも、イチゴ大好きなのになぁ。いっしょに来れたらよかったのに。こんなに美味しいの、僕だけ……。しず、病院嫌いなのに、泣いてないかな)
とはいえ弟は傍若無人で、泣き虫とはほど遠い性格である。
髪も誰に似たのかクルクルの癖毛で、見た目は天使みたいに愛らしい。
でも三歳になるのにひとことも言葉をしゃべらなかった。
僕にはそれが彼らしいと思うのだけど。
その他にもいろいろと心配らしく、時々検査入院をさせられていた。
「はい、どうぞ」
イチゴだらけのフルーツ皿には、剣のスティックが刺さっている。
それも弟が気に入っている剣のおもちゃにそっくりで、ますます落ち込んでしまった。
「あの」
「なあに? 飲み物?」
「僕、お母さんに……少しだけ電話しても、いいですか」
「お母さん?」
「今朝ね、お父さんと話してたら、また泣いちゃって。だから弟にも、バイバイしてなくて。病院がんばれって、僕、言えなかった。だから電話で、話したいです。弟は聞くだけで、しゃべらないけど」
父との約束をやぶるつもりなんて、毛頭なかった。
ただ、兄らしい振る舞いができたら、一人で宿泊する勇気も出る気がした。
そしてそれを。この優しい人は許してくれるに違いない、と——
そう思い込んでいた。
でも、
「なにいってるの。陽くんの家族は、パパだけ、そうでしょ」
その瞬間、広いフロアにいやらしい声がこだました。
『おとぉ、さああん』
目の前のスクリーンに映し出されたのは、なんとベッドの上で重なる二つの裸体。
『あン、アンッ……アン! そこぉ、ぼく、おかしくなっちゃうよおお』
大人の体にまたがり体を揺らす、華奢なすがたがスクリーンいっぱいに映った。
(これ、僕、じゃない。だれ……?)
一瞬見間違うほどだったが、こんなに器用に動けるはずもない。
それは僕によく似た、別人なのだ。
『ハァ、ハァ……お父さんの大きなおちんちんを、もうこんなにぐっぽり咥え込んで……!悪い子だ』
けれどスクリーンから聞こえてきた、男の人の声も。
映し出されるベッドも仕事机も椅子も。
それは間違いなく僕のよく知る人物と、地下室の光景なのであった——
「わあ………」
扉のむこうには広がる景色に、僕は目を奪われていた。
高層マンションの最上階。
全面ガラス窓で囲まれ、大都会のパノラマが広がっている。
床も柱もピカピカで、大きなソファがいくつもある。
とにかく、ダッシュしてもスライディングしても怒られそうもない。
余りある広さだった。
「すごぉい。しずが見たら喜ぶだろうなあ」
弟を思い出すと、急上昇したテンションがいっきに降下していく。
「やっぱり、お泊まり、やだなぁ……」
ポツリとつぶやくと、上から声が降り注ぐ。
「おかえり、陽くん」
「あ……」
真っ白な階段を、男が降りてくる。
さらに上の階があることにも驚いたが、男のすがたに目を奪われていた。
白金の髪に白い肌、まとったローブからすらりと伸びた手足。
まるで神さまが降臨したかのような光景に、すっかり見とれてしまっていた。
「どうしたの」
「……えっ、あ、ぼく……ハッ!はじめま、じゃなく、て、おじゃま、でも、なくて」
「フフ。ただいま、でしょ?」
「えっ、あ、うん……」
なんだか恥ずかしくて、言えずにうつむいてしまう。
神さまはそんな僕の頭に触れ、優しく撫でていた。
(僕、この人の“息子”を演じなきゃいけないのに。え、はだか? あ、神さまだから。——いや、お風呂あがりだからだよお。わあ、なんかいいにおいがする)
目の前の情報量の多さに戸惑っていると、ふわりとその胸に抱き寄せられていた。
でも、なぜか——
たじろいだのは一瞬だけで。
この人に抱きしめられる行為が、とても自然なことに感じていた。
「おかえり、陽一」
「うん……ただいまぁ」
抱き合いながら、ふと、この奇妙な状況について考えていた。
(ここの子は帰ってきただけで、こんなに大切にしてもらえるんだあ。いいなあ……。どんな子なんだろう? どうして“交換”なんてするのかな。お父さんは、その子と今ごろ何してるんだろ。いつもなら、僕と——)
「……しようか、陽くん」
名前を呼ばれて、ハッと顔をあげる。
ぼんやりしていて会話に気付かなかったのだ。
「しよう、って、あ……ぼく、する、の?」
「うん。いや?」
「え、だって、そのぉ」
つい、思わず男の股間を見てしまう。
父には何も伝えられていなかった。
この人を“パパ”と呼び、三日間“息子”でいるように言われただけ。
(でも、僕がお父さんといつもしていること、この人も“息子”としてるのかな。え、じゃあ、お父さんも、ここのうちの子と……?え、しないよね?!)
いろんな思考が駆けめぐり、無言で股間を見つめる、おかしな子になっていた。
「でも陽くんも好きでしょ?」
「えっ?? あの、ぼく、好き、じゃないよ!」
「……?いつもは楽しみにしているのに。今日はイチゴも乗ってるよ?」
「いちご?」
ようやく僕は。
「おやつにしようか」——と。
ただ、そう言われただけと気づくのだった。
◇
「わあ~」
ここに来て、もう数えきれないくらい驚かされていた。
テーブルに置かれたホットケーキは、母が作ってくれるものとは別物である。
ふかふかの生地の上に生クリームとアイス、そして大好きなイチゴが飾られている。
そして黄金にかがやくシロップが、キラキラと湧き水のように流れ落ちているのだ。
「これ、食べていいの? ぼく、ぜんぶ、ひとりで?」
「もちろんだよ。陽くんのために作ったんだから。ここ座って」
僕は招かれるままに、男の前に腰を下ろす。
ベッドみたいに大きなソファなのに、後ろから抱っこされるみたいにして一緒に座る。
「アイスティーにしたよ。ジュースもいっぱい冷蔵庫にあるからね」
そういってテーブルからグラスを手に取り、ストローの先を僕に向ける。
どうやら飲み物だけでなく、ホットケーキも自ら切り分け、食べさせてくれるつもりらしい。
(ひとりで食べられるのになあ。でも、このうちの子は、そうなんだ。ふふ、僕、王子様みたいだ)
弟がまだ母に「あーん」をしてもらっているのが少しだけうらやましかったから。
僕も久しぶりに“お兄ちゃん”ではない、ひとりっ子気分を味わっていた。
「陽くん、おいしい?」
「うん!生クリームのとこ、もっと食べたいなぁ」
「クリーム、気に入った?」
「うん、あまくておいひぃ」
「良かった、陽くんのために作った特別なクリームだよ。ふふ、口についてる……ゆっくり食べようね。夕飯まで何か見ようか、アニメ?」
リモコンを操作するとカーテンが締まり、プロジェクターの光が壁を照らす。
「ねえ……あの、あっちのイチゴも、食べていいの?」
「もちろん。陽くんはイチゴが大好きだもんね。待っててね、とってあげる」
そういってフルーツ皿を引き寄せる手も、他の作業も。
何気なく見ていたら、どうやら男は左利きらしい。
(左、惺といっしょだ。しずも、イチゴ大好きなのになぁ。いっしょに来れたらよかったのに。こんなに美味しいの、僕だけ……。しず、病院嫌いなのに、泣いてないかな)
とはいえ弟は傍若無人で、泣き虫とはほど遠い性格である。
髪も誰に似たのかクルクルの癖毛で、見た目は天使みたいに愛らしい。
でも三歳になるのにひとことも言葉をしゃべらなかった。
僕にはそれが彼らしいと思うのだけど。
その他にもいろいろと心配らしく、時々検査入院をさせられていた。
「はい、どうぞ」
イチゴだらけのフルーツ皿には、剣のスティックが刺さっている。
それも弟が気に入っている剣のおもちゃにそっくりで、ますます落ち込んでしまった。
「あの」
「なあに? 飲み物?」
「僕、お母さんに……少しだけ電話しても、いいですか」
「お母さん?」
「今朝ね、お父さんと話してたら、また泣いちゃって。だから弟にも、バイバイしてなくて。病院がんばれって、僕、言えなかった。だから電話で、話したいです。弟は聞くだけで、しゃべらないけど」
父との約束をやぶるつもりなんて、毛頭なかった。
ただ、兄らしい振る舞いができたら、一人で宿泊する勇気も出る気がした。
そしてそれを。この優しい人は許してくれるに違いない、と——
そう思い込んでいた。
でも、
「なにいってるの。陽くんの家族は、パパだけ、そうでしょ」
その瞬間、広いフロアにいやらしい声がこだました。
『おとぉ、さああん』
目の前のスクリーンに映し出されたのは、なんとベッドの上で重なる二つの裸体。
『あン、アンッ……アン! そこぉ、ぼく、おかしくなっちゃうよおお』
大人の体にまたがり体を揺らす、華奢なすがたがスクリーンいっぱいに映った。
(これ、僕、じゃない。だれ……?)
一瞬見間違うほどだったが、こんなに器用に動けるはずもない。
それは僕によく似た、別人なのだ。
『ハァ、ハァ……お父さんの大きなおちんちんを、もうこんなにぐっぽり咥え込んで……!悪い子だ』
けれどスクリーンから聞こえてきた、男の人の声も。
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それは間違いなく僕のよく知る人物と、地下室の光景なのであった——
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