【R18】お父さんと僕、ときどき弟(仮)

鯨井兀

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5話

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 ◇

「わあ………」

 扉のむこうには広がる景色に、僕は目を奪われていた。
 高層マンションの最上階。
 全面ガラス窓で囲まれ、大都会のパノラマが広がっている。
 床も柱もピカピカで、大きなソファがいくつもある。
 とにかく、ダッシュしてもスライディングしても怒られそうもない。
 余りある広さだった。

「すごぉい。しずが見たら喜ぶだろうなあ」

 弟を思い出すと、急上昇したテンションがいっきに降下していく。

「やっぱり、お泊まり、やだなぁ……」

 ポツリとつぶやくと、上から声が降り注ぐ。

「おかえり、陽くん」
「あ……」

 真っ白な階段を、男が降りてくる。
 さらに上の階があることにも驚いたが、男のすがたに目を奪われていた。
 白金の髪に白い肌、まとったローブからすらりと伸びた手足。
 まるで神さまが降臨したかのような光景に、すっかり見とれてしまっていた。

「どうしたの」
「……えっ、あ、ぼく……ハッ!はじめま、じゃなく、て、おじゃま、でも、なくて」
「フフ。ただいま、でしょ?」
「えっ、あ、うん……」

 なんだか恥ずかしくて、言えずにうつむいてしまう。
 神さまはそんな僕の頭に触れ、優しく撫でていた。

(僕、この人の“息子”を演じなきゃいけないのに。え、はだか? あ、神さまだから。——いや、お風呂あがりだからだよお。わあ、なんかいいにおいがする)

 目の前の情報量の多さに戸惑っていると、ふわりとその胸に抱き寄せられていた。
 でも、なぜか——
 たじろいだのは一瞬だけで。
 この人に抱きしめられる行為が、とても自然なことに感じていた。

「おかえり、陽一」
「うん……ただいまぁ」

 抱き合いながら、ふと、この奇妙な状況について考えていた。

(ここの子は帰ってきただけで、こんなに大切にしてもらえるんだあ。いいなあ……。どんな子なんだろう? どうして“交換”なんてするのかな。お父さんは、その子と今ごろ何してるんだろ。いつもなら、僕と——)

「……しようか、陽くん」

 名前を呼ばれて、ハッと顔をあげる。
 ぼんやりしていて会話に気付かなかったのだ。

「しよう、って、あ……ぼく、する、の?」
「うん。いや?」
「え、だって、そのぉ」

 つい、思わず男の股間を見てしまう。
 父には何も伝えられていなかった。
 この人を“パパ”と呼び、三日間“息子”でいるように言われただけ。

(でも、僕がお父さんといつもしていること、この人も“息子”としてるのかな。え、じゃあ、お父さんも、ここのうちの子と……?え、しないよね?!)

 いろんな思考が駆けめぐり、無言で股間を見つめる、おかしな子になっていた。

「でも陽くんも好きでしょ?」
「えっ?? あの、ぼく、好き、じゃないよ!」
「……?いつもは楽しみにしているのに。今日はイチゴも乗ってるよ?」
「いちご?」

 ようやく僕は。
「おやつにしようか」——と。
 ただ、そう言われただけと気づくのだった。

 ◇

「わあ~」

 ここに来て、もう数えきれないくらい驚かされていた。
 テーブルに置かれたホットケーキは、母が作ってくれるものとは別物である。
 ふかふかの生地の上に生クリームとアイス、そして大好きなイチゴが飾られている。
 そして黄金にかがやくシロップが、キラキラと湧き水のように流れ落ちているのだ。

「これ、食べていいの? ぼく、ぜんぶ、ひとりで?」
「もちろんだよ。陽くんのために作ったんだから。ここ座って」

 僕は招かれるままに、男の前に腰を下ろす。
 ベッドみたいに大きなソファなのに、後ろから抱っこされるみたいにして一緒に座る。

「アイスティーにしたよ。ジュースもいっぱい冷蔵庫にあるからね」

 そういってテーブルからグラスを手に取り、ストローの先を僕に向ける。
 どうやら飲み物だけでなく、ホットケーキも自ら切り分け、食べさせてくれるつもりらしい。

(ひとりで食べられるのになあ。でも、このうちの子は、そうなんだ。ふふ、僕、王子様みたいだ)

 弟がまだ母に「あーん」をしてもらっているのが少しだけうらやましかったから。
 僕も久しぶりに“お兄ちゃん”ではない、ひとりっ子気分を味わっていた。

「陽くん、おいしい?」
「うん!生クリームのとこ、もっと食べたいなぁ」
「クリーム、気に入った?」
「うん、あまくておいひぃ」
「良かった、陽くんのために作った特別なクリームだよ。ふふ、口についてる……ゆっくり食べようね。夕飯まで何か見ようか、アニメ?」

 リモコンを操作するとカーテンが締まり、プロジェクターの光が壁を照らす。

「ねえ……あの、あっちのイチゴも、食べていいの?」
「もちろん。陽くんはイチゴが大好きだもんね。待っててね、とってあげる」

 そういってフルーツ皿を引き寄せる手も、他の作業も。
 何気なく見ていたら、どうやら男は左利きらしい。

(左、惺といっしょだ。しずも、イチゴ大好きなのになぁ。いっしょに来れたらよかったのに。こんなに美味しいの、僕だけ……。しず、病院嫌いなのに、泣いてないかな)

 とはいえ弟は傍若無人で、泣き虫とはほど遠い性格である。
 髪も誰に似たのかクルクルの癖毛で、見た目は天使みたいに愛らしい。
 でも三歳になるのにひとことも言葉をしゃべらなかった。
 僕にはそれが彼らしいと思うのだけど。
 その他にもいろいろと心配らしく、時々検査入院をさせられていた。

「はい、どうぞ」

 イチゴだらけのフルーツ皿には、剣のスティックが刺さっている。
 それも弟が気に入っている剣のおもちゃにそっくりで、ますます落ち込んでしまった。

「あの」
「なあに? 飲み物?」
「僕、お母さんに……少しだけ電話しても、いいですか」
「お母さん?」
「今朝ね、お父さんと話してたら、また泣いちゃって。だから弟にも、バイバイしてなくて。病院がんばれって、僕、言えなかった。だから電話で、話したいです。弟は聞くだけで、しゃべらないけど」

 父との約束をやぶるつもりなんて、毛頭なかった。
 ただ、兄らしい振る舞いができたら、一人で宿泊する勇気も出る気がした。
 そしてそれを。この優しい人は許してくれるに違いない、と——
 そう思い込んでいた。
 でも、

「なにいってるの。陽くんの家族は、パパだけ、そうでしょ」

 その瞬間、広いフロアにいやらしい声がこだました。

『おとぉ、さああん』

 目の前のスクリーンに映し出されたのは、なんとベッドの上で重なる二つの裸体。
 
『あン、アンッ……アン! そこぉ、ぼく、おかしくなっちゃうよおお』

 大人の体にまたがり体を揺らす、華奢なすがたがスクリーンいっぱいに映った。

(これ、僕、じゃない。だれ……?)

 一瞬見間違うほどだったが、こんなに器用に動けるはずもない。
 それは僕によく似た、別人なのだ。

『ハァ、ハァ……お父さんの大きなおちんちんを、もうこんなにぐっぽり咥え込んで……!悪い子だ』

 けれどスクリーンから聞こえてきた、男の人の声も。
 映し出されるベッドも仕事机も椅子も。
 それは間違いなく僕のよく知る人物と、地下室の光景なのであった——
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