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弟に異変をきたした、キスマーク入浴事件から一週間弱。
状況はますます悪化の一途を辿っていた。
「本当に、僕のせい、なのかな」
キスマ犯とのガレージ密会から、今日で一週間目の金曜日。
僕は不埒もせず、今夜は真剣に自室で勉強机に向かっていたのだが。
confound– – – – 混乱させる
dismay– – – – がっかりさせる
molest– – – – 悩ます
trudge– – – – とぼとぼ歩く
何気ないテキストの英単語にも弟の姿が重なってしまい、ついに頭を抱えていた。
「……とぼとぼ歩いて、今日も全部一人で寝支度してたな。いや、素晴らしい急成長なんだけどぉぉ」
確かに事件当日は、兄の裸に謎の内出血を目撃し、混乱させ、悩ませたかもしれない。
しかし、それが情交の痕跡だとは——
いくら弟が賢いとはいえ、理解するには絶対に早すぎる。
「じゃあ、なんであんなに落ち込んでいるんだろ? どう見ても兄の乱れた性事情に気付いて、がっかりしているようにしか思えないんだけどおおおうわあああ」
僕は机に突っ伏し、ひとり喚いていた。
そして脳内では天使のような弟の、思い出アルバムのページをめくるのだった。
(惺は、僕にとって唯一の、たった一人のかけがえのない愛する家族なのに。嫌われたら、もう絶望だよ)
思えば、初めてのハイハイもたっちも。
弟が真っ先に向かってきたのは僕で、初めて発した言葉すら僕の名前だった。
『よち』と手を伸ばしてきたのだから、多分間違いない。
そんな弟からの確かな愛情と信頼があったからこそ、こんな破綻した家で、僕はグレもせずやってこれたのだ。
「まあね……非行はしてないけど、淫行はしてると。それはそう、なんだけどおぉぉ。はぁ……」
溜め息をつきながら、机上のスマホを横目にみた。
母にも週明けに、弟のことで相談のメールをしていた。
“惺が元気ないんだけど”
と、何かを期待したわけではないが、それでも返信はあまりに端的だった。
“心当たり、あるんじゃないの?”
つまり原因は僕だと、名指しされたも同然で。
さらに僕を悩ませ、追い詰めるものだったのだ。
「心当たりなんて……。そんなの教師との乱れた性行為しか思いつかないけど?! だったらどうすればいいんだよ……謝るの? お兄ちゃん、えっちなことしてごめんねって? いやいや、言えない、そんなこと。……だいたい無茶な習い事のせいなんじゃないの? そっちのムエタイのせいなんじゃないんですか?!」
苛立ち紛れにスマホを握りしめ、ベッドに放り投げようと振りかぶった。
すると、
「ょう、ぃち」
「え?」
袖を引かれ、初めて傍らに弟が立っていることに気が付いた。
いつの間にか僕の部屋にやってきて、もう寝たはずの弟が眠たげに目をこすっていたのだ。
「あれ……っ、どうしたの? 起きちゃった?」
「ん……」
よく見ると、また目が赤く潤んでいる。
朝もこんな状態で、よく眠れていないようだった。
「……こわい夢みちゃった?もう大丈夫だよ、お兄ちゃんが居るからね。ほら、お部屋まで連れてくから、抱っこしよ?」
「んん」
「え? ここで寝るの? でも僕、まだ勉強中だから」
「ん——!」
寝ぼけているのか、いつもより強情である。
受験生が寝るには早すぎる時間だけど、袖を握る手があまりに可愛くて愛おしかった。
「う~ん。じゃあ、久しぶりにお兄ちゃんと一緒に寝ようか。明日は休みだし、もう思いっきり爆睡しちゃおうかなあ」
「ん、いいこ、行こ」
「ふふ。なあに、今日の惺はお兄ちゃんみたいだなあ」
引っ張られるままベッドに入り、部屋の明かりを消す。
普段はスマホを眺めたり、読書灯を付けっぱなしで寝たりするから。
カーテンから漏れる月明かりを見るのは、すごく久しぶりだった。
(月明かりは、なんか、あの人の部屋を思い出すから、苦手なんだけどな。ハァ……眠れるかな)
つい癖で、窓に背を向けるように寝返りを打つ。
すると、
「……!」
僕の頭を「大丈夫」と囁くように、優しく撫でる手の感触に。
なんだか焦がれるほどの懐かしさを感じ、つい顔を上げて、その名を呼びそうになる。でも、
「いいこ……ようぃ、ち……」
当然、目の前にいるのは、まだ幼い僕の弟なのである。
しかも寝ぼけながら指しゃぶりまでしている間抜けな顔だ。
大好きな彼ではないけれど、これはこれで幸せで満たされるのであった。
「……こーら、だめだよ。指、がまんね。歯並び悪くなるんだってよ」
「んー」
指を外すと苦悶の表情を浮かべ、僕にしがみついてくる。
そんな可愛い弟を抱きしめて、ふわふわの頭にキスを落とす。
「なんだぁ。今日の惺は、かっこいいお兄ちゃんかと思ったのに」
「んー……ゃ、こいびと」
「え……恋人? あはは、それいいかもね。僕も大好きだ、誰よりも惺が大切だよ。……なのに、ごめんね」
「しず、の、ぜんぶ……」
「うん、そうだよ……ずっと、お兄ちゃんは全部、惺のものだ……」
弟の寝息を聴きながら、僕も微睡みのなかに落ちていく。
そして久しぶりに、あの不思議な夢を見た。
僕が僕じゃなくて。
羨ましいくらい大好きな人を一人占めしている、あの、花井暉の夢を——
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