蕾の乙女は手折る花を誰に捧ぐ【R18】

鯨井 兀

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噂の修道士

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 礼拝室を出ると、おのずと歩調が早くなる。
 廊下を走ってはいけない規則だが、追いかけられて掴まりはしないかとつい小走りになった。
 腰に押し付けられた異物はなんだったのかーー耳元で囁かれた「もうすぐ」という言葉も不気味だった。
 ユーテルが〝あの修道士はエマを気に入っている〟と怪しんだ時も、本気にはしなかったのに、不安が押し寄せる。

(それに礼拝室に誰かいたみたい。もしルーメン修道士と過ちを犯したなんて噂になったらクビじゃ済まないかも。神殿で望まぬ男の相手をさせられるより、もっと恐ろしい罰が与えられてしまったらーー)

 たしか修道士と恋仲になった修道女の幽霊が、塔に出るという噂を聞いたことがある。
 修道士は死刑にされ、修道女は与えられた刑の重さに耐えかねて塔から飛び降りたのだとか。

(でも結婚相手を見つければ、噂も噂のまま広まらずに済むかもしれない。まだ早いけど、ユーテルとの待ち合わせ場所に行こう)

 焦るあまりに規則も忘れて、大神殿に向かう回廊を駆け出していた。
 すると曲がり角で、誰かに衝突し体が弾かれた。

「あ……っ」

 弾みで倒れかけた体は、反対にグイと引き寄せられ、見知らぬ誰かの胸に抱き留められる。

「も、申し訳ありません……っ。急いでいて、そのーー」

 なぜか抱きしめる力は強くなり、胸に埋もれたまま言い訳もモゴモゴとくぐもっていく。
(この人、なんだかいい香りがする。懐かしい、陽だまりみたいな、やさしい匂い)
 洗い立ての乾いたタオルに顔を埋めるように、うっとりと目を閉じかけてから、


「ーーシスター・エマ」


 呼びかける声に、ハッとして顔をあげる。
 自分を抱き留めていたのは、背の高い、黒髪の修道士だった。
 涼しげな目元をレンズの下に隠した、若く、綺麗な顔立ちーーユーテルが話していた、〝噂の修道士〟が彼だとすぐにわかった。

「乙女がそのような大股で歩くなど、神の聖域を冒涜ぼうとくする行いですよ」

 清廉せいれんな佇まいと物腰のやわらかな声。
 注意を受けていると、すぐには気付かなかった。

「ーーハッ。す、すみません。すぐに過ちを改めます」
「急いでいたようですが、何か急用でも。どこへ行かれるのですか」
「え? ええっと……本殿へ行くところでした。友人と待ち合わせをしていて、でも急ぐ必要もなかったのです。乙女の本分に反する行為でした……以後、改めます」

 頭をさげ、すぐに立ち去ろうとしたけど、道は大きな体で阻まれたまま。
 修道士は〝蕾の乙女〟を管理者でもあり、評価だけでなく罰も与えることができる。
 まさか廊下を走っただけで罰せられるのかと、そおっと相手の様子をうかがう。
 こちらを見下ろす眼差しはメガネでよくわからないけど、口元は笑っているように見えた。

「なるほど、本殿へ。騎士団が戻り、向こうは大変賑わっていると聞きました。あなたもそこへ?」
「えっと……はい、そのつもりです。でも許可はいただきました。修道士様に行ってもよいと」
「許可? なるほど……もしかしてその許可を得るために、ルーメン修道士と淫らな行為をしていたのでは?」
「えーー」

 驚いて顔を上げると、男は笑顔のまま女のーー私の秘部を指差していた。
 言葉の意味がわかると、顔からサーっと血の気が引いていく。
(まさか、さっき礼拝室に居た人って、この人なの……?)
 指差された秘部を隠すように、修道服のスカートを握りしめる。

「ち、ちがいます。別の修道士様にちゃんと許可をいただきました。それに私は、彼と淫らな、そんな行為などしていません」
「していないという証拠は?」
「そんな……どう証明すればいいかわかりませんが、本当です」

 望んでいない行為をしていたと疑われ、とがめられるなんて悔しさがこみあげる。
 でもこの塔ではーーいや、この世界では、女は男に意見などできない。
 ただ、大人しく従うしかないのだ。
 嫌な記憶を思い出して、私はますます俯くことしか出来なかった。 

「なるほど。ではすぐに終わらせましょう」
「え……?」
「ついてきてください」

 男は修道服の裾をひるがえし、通路を戻っていく。
 どこへ行くのかもわからないけど仕方なく男のあとに従う。
(……お説教でもされるのかしら。待ち合わせには間に合うよね。まだ時間はあるもの)
 毎日が幸福だったとはとても言えないけど、今日は何もかもがツイてない気がした。
 身にそぐわぬ夢をみたから罰が当たったのでは……と。
 そんなことばかり頭を巡り、気分も落ち込んでいた。
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