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変身
しおりを挟む中に入ると不思議な香りがした。
足元に絡みつく煙の先を辿ると、ソファに腰掛ける別の貴婦人に目が留まる。
口元を隠す扇子も、帽子から下がるベールも黒く、容姿も年齢も全くわからない。
でも、ここにいる数名の貴婦人達はみな、この方の付き人なのだとすぐに理解した。
(き、跪礼……片足を下げて、腰を低くするのよね。でも早速、土下座した方がいいのかも……怒られる雰囲気しかしないもの)
貴婦人達の冷たい視線を矢の如く全身に浴びながら、謝罪の体制に入ろうとした。
しかし、
「脱ぎなさい」
「え」
高貴なお方の傍に立ち、そう言ったのは片眼鏡をした先程の貴婦人だった。
「服を脱ぎなさい、早く」
「は、はい」
折檻でもされるのだろうかとリボンを解く指が震えた。
小さい頃、貴族に鞭を振るわれる村人を見た事がある。
自身も牧場主に鞭で叩かれた事があるが、皮膚が裂けた腫れる程ではなかった。
痛がる私を見て酒を飲むぐらいで——
「シスター、穢らわしい思考をやめない」
「え……」
「思考が流れてきて不快だと、皇后様が仰せです」
「こ——」
ソファに視線を向けたとたん、後ろから襟首を掴まれ、顔を床に押し付けられた。
「キャ、キャアッ」
「無礼者め!おまえごとき庶民が容易く面していいお方ではないのだ!」
「イタッ、もっ、申し訳ございません……っ」
乱暴に胸元を引っぱられ、ボタンが弾け飛ぶ。
さらに振り上げた手が頬に迫り、叩かれる——と目を閉じた。 けれど、
「ギャアアアア」
断末魔の如く悲鳴をあげたのは、相手の方だった。
黒いタイトなドレスを荊棘のツルが、さらに締め上げている。
そして振り上げていた手は、棘がめり込み変形した指は恐ろしい音を立てて砕けた。
「ヒ………ッ」
「……息子のものに手をあげるとは、身の程を知らぬのはお前だと、そう仰せです」
「イヤ、イヤぁぁ、も、もうしわけ、お赦しください、ヒィィッ」
「その者を外へ」
悲鳴は扉の向こうでも続いていたけど、恐怖のあまり顔を上げることもできなかった。
(一体、何が起きているの……?! でも逃げ出したら、もっと大変なことになるに決まってる)
無論、高貴なる方も解放はしてくれるつもりはないらしい。
「シスター・エマ、服を脱ぎなさい」
「は、はい……ッ」
手がおかしいほど震え、破けた胸元すら掴めない。
すると煙を纏いながら布ずれの音が近づいてくる。
心臓が飛び出しそうに脈打ち、緊張のあまり呼吸が浅くなる。
「怖がらなくていいのよ。貴女にドレスを選んであげたいの」
まるでまだ幼い少女のような、か細い声だった。
レースの手袋をした華奢な手が、私の胸元のボタンを丁寧に外していく。
「もうすぐあの子の成人の儀があるのよ。けれど元気がなくて……陛下が〝アレ〟を気にして酷い罰を与えるものだから。フフ、あら」
胸元の刻印を見ているのか、唇が触れるほど近くに迫り、フゥ……と甘い吐息がかかった。
「これでいいわ。着替えさせて……派手なのはダメよ。いやらしく飾り立てるのもダメ」
膝が震えて立ち上がれなかったけど、他の貴婦人達が手助けしてくれた。
皆、一様に黒い服を着ているせいか、運ばれてきたドレスは宝石のように光り輝いてみえた。
豪華な洋服掛けいっぱいに並んだ、色とりどりのドレスたち。
それが何故、自分の体に合わせて見立てられていくのか、全く意味が分からなかった。
でも荒れた手にクリームを塗られ、爪を整えられ、肌には薄くパウダーがはたかれると、そばかすもすっかり見えなくなった。
髪も飴細工のように繊細に編み込まれ、花まで飾られると、思わず鏡に見入ってしまった。
(これが私だなんて信じられない。エリーも見たら、きっとびっくりするはずよ。いいなぁ、見てもらえたらいいのに)
呑気にもそんな事を思い描いたとたんに、ゾクリ……と背筋が凍りついた。
私の背後に映り込む、高貴なる方の姿。
ソファでお茶を嗜んでいたはずなのに、いつの間にかすぐ背後に立っていた。
皇后様は思ったよりもずっと背が高く、屈み込んで私の耳元に唇を寄せた。
「誰に、見せたいと?」
「——………!」
聞こえた声は、さっきの声とは全く違う。
しわがれた老婆のような声だった。
そして私の肩を掴む指と爪が、ギリギリと肌に喰い込み、さらにその手を伝って蛇が——
なんと鉛色の鱗をした蛇が肌の上を滑り、私の首に絡んだのだった。
「ぅ………ッ」
「……あなたは〝アレ〟じゃなくて、私の愛する息子のものよ。帝国唯一の王子がそれを望んでいるのですから」
皇后の手が私のお腹を優しく撫で回しながら、囁き続けた。
「いい? 貴女はこれからあの子を子を身籠るのですよ」
「え——……」
「蛇はね、小鳥の卵が大好きなの。だから小鳥さんの代わりに、この子がね……たくさん受精して、たくさんの卵を産んでくれますよ。あなたはただ、あの子に優しくしてくれればいいの。しっかり股を開いて、〝私の中にいっぱい子種を出してください、王子様〟って……そう言うのよ」
皇后の声が体に呪文のように絡みつき、意識が遠くなっていく。
「あの子はとっても可哀想な子なのよ。だから絶対に逆らったりして、傷付けてはダメよ」
「……はい、皇后陛下」
「いい子ね。そのまま素直におとなしく、あの村で地べたを這って生きていたら良かったんですよ、エマ」
「……はい、皇后陛下」
「じゃあ行ってらっしゃい。あの子が待ってるわ、ずっと貴女だけを待ってるの」
鏡はいつのまにか闇に染まっていた。
私は皇后陛下に跪礼し、その中へとトプリ……と足を踏み入れた。
——《エンゲリアの小娘にだけは、絶対に渡さない。許さないわよ、あの女、絶対に》——
皇后陛下の声が蛇のように絡みつく。
その声は耳の奥から体の隅々まで、私の体を支配していくようだった。
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