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塔
しおりを挟む長い螺旋階段を降りてきたような気もするし、夜の森の一本道を辿ってきた気もする。
つまりは何も覚えていないのだ。
満月そっくりに浮かぶ大きな目玉に導かれ、私は不思議な塔を見上げていた。
「ここは、どこなのかしら?」
空は絵の具をかき混ぜたように渦を巻いているし、塔まで続く橋も異常に曲がりくねっている。
大蛇の如き道が、私を塔へと誘うのだった。
《イヤだ、もうやめてください》
塔から声がした気がして、足はいつのまにか駆け出していた。
そして手には、見知らぬ小さな鍵を握りしめているのだった——
◆
「アアッ、いいです……」
「はぁ……こっちにも下さいまし、あン」
塔の最上階にあるのは、荊棘が絡んだ鉄格子に囲まれた一室だった。
そこにはランプと大きな寝台が一つあるだけで、あとは深い暗闇が広がるのみ。
「気持ちいい、アッ、アンッ、イく、イく、イくぅぅーッ」
「……さっさと失せろよ!」
美しい女体達に囲まれて、男が淫らな交わりを繰り広げていた。
目元を黒い帯で縛る男、女達も妖艶な仮面をしている。
女の大きな尻を鷲掴み、腰を強く打ち付け、
——パン、パン、パンッ
絶え間なく肉を叩きつける音が静寂に響いた。
獣欲の激しい交わりに女は高く哭き、シーツに崩れ、果ててしまう。
すると、ぬかるみから引き抜かれた剛直を、すぐに別の女が我先にと口に咥え頬張った。
男は顔を歪め、女の頭を掴み、腰を押し付けていく。
「ウッ、ウううッ、かはっ、ゴホッ」
堪らずむせて吐き出した男根をまた、別の女が奪い取り——
そんな光景が繰り返されていた。
(まるで娼館みたいだわ…‥高貴な殿方が道楽をする場所なのかしら)
暫く彼らを傍観していたが、次第にしっかり見守っている事に戸惑いを覚え、赤面した。
交尾する者達の荒い息と、むせるような愛欲のにおいに気圧され、ついには足を引く。
(人のまぐわいを盗み見するだなんて、どうかしてたわ。戻らなきゃ、でも、どこに?)
不安にかられながらも踵を返そうとした刹那、
「イヤだ!」
男の悲痛な声がして驚いた。
押し倒され、女に跨られていた男は、動揺し喚いていた。
逞しい胸板を、腕を、女たちが笑いながら全身で押さえ込んでいる。
男の立派なものを勝ち取った女が、それを握りしめ己の女陰へと、ヌチョ…グチュリ…と擦り付ける。
そして妖艶に腰をくねらせながら、聳り立つ男根を咥え込んでいく。
「やだ、やめてください………こわい……ッ、母上助けて、お母さまぁ!誰か、いやだ、ゆるしてください!」
女は誘惑するように豊かな胸を揉み上げ、ぬかるみで男根を激しく扱いていく。
しかし男は快楽どころか、恐怖に顔を歪めているようだった。
「こわい、こわいです、気持ちよくしないで、みんな、笑わないで……ッ、兄上、兄上はどこ、手を繋いでください」
口調も幼子のように辿々しく、呂律もおかしくなっていた。
そして終いには、すっかり萎えたものが腹に落ち、女達は落胆の空気を漂わすのだった——
「……大丈夫ですよ、すぐに滾りは戻りますからね」
「ほら、おっぱいですよ。ぁぁ、上手ぅ……乳首、強く吸われて、気持ちぃぃ」
「ねえ、こっちもちゅぱちゅぱして下さいまし」
女達は男を可愛がり、また激しい情交を待ち望んでいるようだった。
先程の男の悲痛な声が、どこか……。
昔の自分を思い出し、胸が張り裂けそうだったが、どうやら勘違いだったらしい。
(そうよね。こういう嗜好の一種を好む男性がいると授業で習ったもの。ごっこ遊びみたいな手法よね)
安堵して、すぐにその場から立ち去ろうとしたのだが、
「——誰だ」
男の声が、こちらに向けられていた。
盗み見していたことが、ついに気付かれてしまったらしい。
「また新しい女を寄越したのか。……来いよ、相手してやるから」
低く、冷淡な声だった。
全てを諦めているような無機質の中に、僅かに怒りの炎がまだ燻っている、そんな声だ。
「何故黙っている? おまえ、僕がいつ女の隘路で果てるかを監視するのが仕事なのか。 だったらその仕事は一生終わらないよ。……ハ、無視か。だったら自慰でもして見てたら、暇だろ」
「……あ、あの」
まぐわいを盗み見されて怒るのは当然である。
傍観していた自身を恥じたが、それよりもこの異常な現場から立ち去る正規ルートすら不明なのが問題だった。
(心から謝罪し、可能であれば出口を聞きたいわ)
小さな鍵を硬く握りしめ、勇気を出して前へと、一歩踏み出した。
「本当に、本当に申し訳ございませんでした……見てしまった罰は受けます。それで、すぐにでも立ち去るための、その、出口を教えていただけませんか。私、間違って、ここに迷い込んでしまったみたいで」
「……エマ?」
「え?」
男は目元を隠したままの顔を向けた。
どうして自分の名前を知り、呼ぶのかと目を丸くする。
しかし男を正面からよくよく見ると、さらに驚愕した。
汗で張り付いた白金色の髪や、厚く柔らかそうな形のいい唇。
鍛えられた筋肉がくっきりと浮かびあがった見事な肉体にも。
どれも忘れ難いほどに見覚えがあった……。
「えっ、王子、様、なのですか……?」
「エマ!」
遺跡で初めての情交を結んだ男が、そこにいた。
すぐに寝台を降りようとする男を、女達が必死に引き止める。
しがみつかれバランスを崩した王子様は、無様に寝台の下に落下する。
驚いて後退る私の気配を悟り、「待って!」と悲痛に叫んで手を伸ばす。
「い、行かないで! 置いていかないで……っ、女神様、僕を、可哀想な僕を、見捨てないでください……ッ」
「えっと、あ、あの、私は」
近寄ろうにも女達は倒れた男とすらも床で交わろうとしている。
暗がりで、王子様のもの舐めあげ、しゃぶる女達の瞳は妖しく光っていた。
(もしかしてみんな魔法の術にでもかかっているのかしら)
そう思いついてから貴賓室での事が蘇ってきた。
「魔法——そうだ、私にも蛇が……っ」
ハッと首元に触れるが、既に蛇はいない。
代わりにネックレス……チョーカーのような金属の感触がある。
今も見立てられたドレスを身に纏っているのだから、全てが悪夢でも幻でもないのだ。
(皇后陛下のお子だなんて、よく考えずともキリアン王子殿下に決まってるのに。だとしても私を着飾り、ここに寄越した理由って……なんだったかしら)
またぼんやりしているうちに、王子様は女の髪を掴み上げ、すっかり御乱心していた。
「やめろ、離せ、僕に触れるな!これは命令だぞ……!」
「お、王子様、いけません、落ち着いてください……っ」
慌てて駆け寄ると、王子様は必死に私の足にしがみついてきた。
「僕の女神様、どこにも行かないでください。この者たちが、僕に乱暴するんです……イヤだと言ってもやめてくれないんです」
「え、えっと」
今しがた女性に乱暴していたのは貴方では、と。
そうも思ったが、手も体もワナワナと震え、嫌がる事をされていたのは本当らしかった。
それはかつての——自身の姿に重なって見えて、胸が締め付けられるほどに痛むのだった。
「父上が、僕を叱って罰を与えているのです……兄のものを取るなと、僕だって一番に欲しいのに、あんまりです。だから捨てないで……置いていかないでください、一人にしないで」
「大丈夫ですよ……置いていったりしませんから。泣かないで」
いつのまにか女達の姿は、跡形もなく消えていた。
情緒不安定な王子様と二人きりにされ、途方に暮れる。
どうやら父親である皇帝陛下が、彼をここに閉じ込めているようだ。
(殿方でも色欲が罰となる事もあるのね……よく見たら体も傷だらけだわ)
白肌に痛々しく刻まれた女の爪痕を撫でながら、泣きじゃくる王子様を労った。
「もう大丈夫ですよ。貴方を虐める人はもういませんから」
「うう……女神様、どうか見捨てないで。いい子にしますから、父上、もう許して……姉上や兄上みたいにと言わないで下さい……。もう子作りも嫌です、僕は女が怖い、怖くてたまらない……ううっ」
ドレスに染み込んでいく涙が、とても憐れに、そして愛おしくも思えたのだった。
——《あの子はとっても可哀想な子なのよ。だから絶対に逆らったりして、傷付けてはダメよ》——
頭の中でそう、尊敬する皇后陛下の声が聞こえた気がした。
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