【R18】蕾の乙女は手折る花を誰に捧ぐ【完結】

鯨井兀

文字の大きさ
37 / 70

しおりを挟む

 長い螺旋階段を降りてきたような気もするし、夜の森の一本道を辿ってきた気もする。

 つまりは何も覚えていないのだ。

 満月そっくりに浮かぶ大きな目玉に導かれ、私は不思議な塔を見上げていた。

「ここは、どこなのかしら?」

 空は絵の具をかき混ぜたように渦を巻いているし、塔まで続く橋も異常に曲がりくねっている。
 大蛇の如き道が、私を塔へといざなうのだった。

 《イヤだ、もうやめてください》

 塔から声がした気がして、足はいつのまにか駆け出していた。
 そして手には、見知らぬ小さな鍵を握りしめているのだった——

 ◆

「アアッ、いいです……」
「はぁ……こっちにも下さいまし、あン」

 塔の最上階にあるのは、荊棘が絡んだ鉄格子に囲まれた一室だった。
 そこにはランプと大きな寝台が一つあるだけで、あとは深い暗闇が広がるのみ。

「気持ちいい、アッ、アンッ、イく、イく、イくぅぅーッ」
「……さっさと失せろよ!」

 美しい女体達に囲まれて、男が淫らな交わりを繰り広げていた。
 目元を黒い帯で縛る男、女達も妖艶な仮面をしている。
 女の大きな尻を鷲掴み、腰を強く打ち付け、

 ——パン、パン、パンッ

 絶え間なく肉を叩きつける音が静寂に響いた。
 獣欲の激しい交わりに女は高くき、シーツに崩れ、果ててしまう。
 すると、ぬかるみから引き抜かれた剛直を、すぐに別の女が我先にと口に咥え頬張った。
 男は顔を歪め、女の頭を掴み、腰を押し付けていく。

「ウッ、ウううッ、かはっ、ゴホッ」

 堪らずむせて吐き出した男根をまた、別の女が奪い取り——
 そんな光景が繰り返されていた。

(まるで娼館みたいだわ…‥高貴な殿方が道楽をする場所なのかしら)

 暫く彼らを傍観していたが、次第にしっかり見守っている事に戸惑いを覚え、赤面した。

 交尾する者達の荒い息と、むせるような愛欲のにおいに気圧され、ついには足を引く。

(人のまぐわいを盗み見するだなんて、どうかしてたわ。戻らなきゃ、でも、どこに?)

 不安にかられながらも踵を返そうとした刹那、

「イヤだ!」

 男の悲痛な声がして驚いた。
 押し倒され、女に跨られていた男は、動揺しわめいていた。

 逞しい胸板を、腕を、女たちが笑いながら全身で押さえ込んでいる。
 男の立派なものを勝ち取った女が、それを握りしめ己の女陰へと、ヌチョ…グチュリ…と擦り付ける。
 そして妖艶に腰をくねらせながら、聳り立つ男根を咥え込んでいく。

「やだ、やめてください………こわい……ッ、母上助けて、お母さまぁ!誰か、いやだ、ゆるしてください!」

 女は誘惑するように豊かな胸を揉み上げ、ぬかるみで男根を激しく扱いていく。
 しかし男は快楽どころか、恐怖に顔を歪めているようだった。

「こわい、こわいです、気持ちよくしないで、みんな、笑わないで……ッ、兄上、兄上はどこ、手を繋いでください」

 口調も幼子のように辿々しく、呂律もおかしくなっていた。
 そして終いには、すっかり萎えたものが腹に落ち、女達は落胆の空気を漂わすのだった——

「……大丈夫ですよ、すぐに滾りは戻りますからね」
「ほら、おっぱいですよ。ぁぁ、上手ぅ……乳首、強く吸われて、気持ちぃぃ」
「ねえ、こっちもちゅぱちゅぱして下さいまし」

 女達は男を可愛がり、また激しい情交を待ち望んでいるようだった。
 先程の男の悲痛な声が、どこか……。
 昔の自分を思い出し、胸が張り裂けそうだったが、どうやら勘違いだったらしい。

(そうよね。こういう嗜好の一種を好む男性がいると授業で習ったもの。ごっこ遊びみたいな手法よね)

 安堵して、すぐにその場から立ち去ろうとしたのだが、

「——誰だ」

 男の声が、こちらに向けられていた。
 盗み見していたことが、ついに気付かれてしまったらしい。

「また新しい女を寄越したのか。……来いよ、相手してやるから」

 低く、冷淡な声だった。
 全てを諦めているような無機質の中に、僅かに怒りの炎がまだ燻っている、そんな声だ。

「何故黙っている? おまえ、僕がいつ女の隘路で果てるかを監視するのが仕事なのか。 だったらその仕事は一生終わらないよ。……ハ、無視か。だったら自慰でもして見てたら、暇だろ」
「……あ、あの」

 まぐわいを盗み見されて怒るのは当然である。
 傍観していた自身を恥じたが、それよりもこの異常な現場から立ち去る正規ルートすら不明なのが問題だった。

(心から謝罪し、可能であれば出口を聞きたいわ)

 小さな鍵を硬く握りしめ、勇気を出して前へと、一歩踏み出した。

「本当に、本当に申し訳ございませんでした……見てしまった罰は受けます。それで、すぐにでも立ち去るための、その、出口を教えていただけませんか。私、間違って、ここに迷い込んでしまったみたいで」

「……エマ?」

「え?」

 男は目元を隠したままの顔を向けた。
 どうして自分の名前を知り、呼ぶのかと目を丸くする。
 しかし男を正面からよくよく見ると、さらに驚愕した。

 汗で張り付いた白金色の髪や、厚く柔らかそうな形のいい唇。 
 鍛えられた筋肉がくっきりと浮かびあがった見事な肉体にも。
 どれも忘れ難いほどに見覚えがあった……。

「えっ、王子、様、なのですか……?」
「エマ!」

 遺跡で初めての情交を結んだ男が、そこにいた。
 すぐに寝台を降りようとする男を、女達が必死に引き止める。
 しがみつかれバランスを崩した王子様は、無様に寝台の下に落下する。

 驚いて後退る私の気配を悟り、「待って!」と悲痛に叫んで手を伸ばす。

「い、行かないで! 置いていかないで……っ、女神様、僕を、可哀想な僕を、見捨てないでください……ッ」
「えっと、あ、あの、私は」

 近寄ろうにも女達は倒れた男とすらも床で交わろうとしている。
 暗がりで、王子様のもの舐めあげ、しゃぶる女達の瞳は妖しく光っていた。

(もしかしてみんな魔法の術にでもかかっているのかしら)

 そう思いついてから貴賓室での事が蘇ってきた。

「魔法——そうだ、私にも蛇が……っ」

 ハッと首元に触れるが、既に蛇はいない。
 代わりにネックレス……チョーカーのような金属の感触がある。
 今も見立てられたドレスを身に纏っているのだから、全てが悪夢でも幻でもないのだ。

(皇后陛下のお子だなんて、よく考えずともキリアン王子殿下に決まってるのに。だとしても私を着飾り、ここに寄越した理由って……なんだったかしら)

 またぼんやりしているうちに、王子様は女の髪を掴み上げ、すっかり御乱心していた。

「やめろ、離せ、僕に触れるな!これは命令だぞ……!」
「お、王子様、いけません、落ち着いてください……っ」

 慌てて駆け寄ると、王子様は必死に私の足にしがみついてきた。

「僕の女神様、どこにも行かないでください。この者たちが、僕に乱暴するんです……イヤだと言ってもやめてくれないんです」
「え、えっと」

 今しがた女性に乱暴していたのは貴方では、と。
 そうも思ったが、手も体もワナワナと震え、嫌がる事をされていたのは本当らしかった。
 それはかつての——自身の姿に重なって見えて、胸が締め付けられるほどに痛むのだった。

「父上が、僕を叱って罰を与えているのです……兄のものを取るなと、僕だって一番に欲しいのに、あんまりです。だから捨てないで……置いていかないでください、一人にしないで」
「大丈夫ですよ……置いていったりしませんから。泣かないで」

 いつのまにか女達の姿は、跡形もなく消えていた。
 情緒不安定な王子様と二人きりにされ、途方に暮れる。
 どうやら父親である皇帝陛下が、彼をここに閉じ込めているようだ。

(殿方でも色欲が罰となる事もあるのね……よく見たら体も傷だらけだわ)

 白肌に痛々しく刻まれた女の爪痕を撫でながら、泣きじゃくる王子様を労った。

「もう大丈夫ですよ。貴方を虐める人はもういませんから」
「うう……女神様、どうか見捨てないで。いい子にしますから、父上、もう許して……姉上や兄上みたいにと言わないで下さい……。もう子作りも嫌です、僕は女が怖い、怖くてたまらない……ううっ」

 ドレスに染み込んでいく涙が、とても憐れに、そして愛おしくも思えたのだった。


 ——《あの子はとっても可哀想な子なのよ。だから絶対に逆らったりして、傷付けてはダメよ》——

 頭の中でそう、尊敬する皇后陛下 お義母様の声が聞こえた気がした。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

兄様達の愛が止まりません!

恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。 そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。 屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。 やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。 無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。 叔父の家には二人の兄がいた。 そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

【短編】淫紋を付けられたただのモブです~なぜか魔王に溺愛されて~

双真満月
恋愛
不憫なメイドと、彼女を溺愛する魔王の話(短編)。 なんちゃってファンタジー、タイトルに反してシリアスです。 ※小説家になろうでも掲載中。 ※一万文字ちょっとの短編、メイド視点と魔王視点両方あり。

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...