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明けた朝
しおりを挟む久しぶりに陽の光の暖かさを感じ、目を開けた。
「ここは……」
薄いベールが下がる天蓋付きの寝台。
その向こうには壁一面のガラス窓が贅沢に広がり、さらにバルコニーまであるようだった。
私は体を起こしつつ、まだ夢の中なのかと目を擦っていた。
すると、
「やあ、起きましたか」
声と同時に、大きな寝台が僅かに揺れた。
そこに腰かけていたのは帝国唯一の王子様——そして私と何度も情交を交わした相手である。
「まあ、王子様……その衣装、よくお似合いです。本当に本物の王子様みたい」
「えっと、そうかな。なら、良かった。……けど、本当に本物なんだよ、僕はこれでも」
照れくさそうにかき上げる髪も、いつもより整えられている。
それに目覚めた私も、いつも裸同然なのに美しいドレスを身に纏っていた。
「……これは、夢ですか? また知らない場所に来てしまったようです」
「ハハ、安心してよ。ここは僕の部屋ですから」
「王子様の……?」
ぼんやりと改めて部屋を見回す。
薄いベール越しでも隠しきれない豪華な柱や調度品の数々。
そして窓の外から聞こえるラッパや軍靴の足音に、いつの間にか息が止まっていた。
「——えっ、ここ、王宮ですか」
「そうだよ。あの秘密の部屋から出られたんだ、エマのお陰でね」
王子様はそういって私の頬に手を伸ばし、柔らかな唇を重ねた。
しかし、いくら甘い口付けをされようとも、背後に訓練中の数多の騎士団の気配を感じ、よくわからない群衆の天井画に見守られながらでは、唇から血の気が引くばかりであった——
「僕の乙女……僕の女神様に感謝します」
いつの間にか寝台に押し戻され、王子様の美しい空色の瞳に見下ろされていた。
(うう、あの不思議な子供部屋より、今の状況の方が夢であればいいのに。どうやら、どっちもこっちも現実みたいね)
とりあえず余計な事は考えず、王子様の会話に応じる事にした。
そして最速でここを離れ、寮に戻ろう、と。
そう決意していた——
「そんな、私のお陰だなんて。私は何もしておりません。でも王子様に笑顔が戻ったなら本当に良かったです」
実際、必死に介抱したわけでも特別慰めたわけでもない。
感謝されたとて、衣装を替え、いやらしい事に付き合った覚えしか本当に心当たりがないのだった……。
(むしろ労働もせず、ダンスに勉強にピアノと、沢山の恩恵を受けたのは私の方よね。王子様もそんな日々に疲れ果てたから、ついにあの部屋を出ようと思ったのかもしれないわ)
だとしたら少しだけ寂しい気もしたが、それぞれの場所に戻るだけだ、と胸に留めた。
そして頬に触れる手に手を重ね、私も心の底から感謝を伝えた。
「私も、あんなに学ぶことが楽しいと思えたのは生まれて初めてでした。優秀な先生に、キリアン先生に感謝します。今日までありがとうございました」
「エマ……」
「え、ええっと、それで」
王子様の瞳に妙な熱が帯びるのを感じとり、すぐに視線を逸らした。
「私ももう戻らないと。あれから何日経ったのでしょう。既に休暇が明けて欠勤扱いになっていたりしません、よね?」
「心配せずとも大丈夫ですよ。でも僕はすぐにでも戻りたいけど。君と過ごした、あの甘い日々に」
はぐらかした熱は、まだしっかりと保温されていたらしい。
王子様は首筋に口付けしながら、首飾りを指でなぞっていた。
けど、とたんに皇后陛下の事が——貴賓室での恐ろしい出来事が蘇っていた。
可愛らしい少女の声が、恐ろしい老婆の声へと変わり、私に子種を求めるよう命じられた皇后様。
そして骨が砕けた、見知らぬ貴婦人の悲痛な声までも思い出され——
私はゾクリと身の毛がよだち、王子様の手を止めていた。
「どうしたの、エマ」
「あ、あの」
美しい面立ちを、心配そうに翳らせる優しい王子様。
そんな彼に対し、今更に罪悪感を覚えても遅すぎであった。
(私は皇后陛下の命令で、王子様の子種を貰うために遣わされた女だった。どうして知っていて、それを当たり前みたいに思っていたのかしら……)
私が、私自信を保ち続けたまま、舵だけを皇后様に奪われている感覚だった。
でも、そんな事は言い訳にしかならない。
私はただ、純粋な彼の気持ちを弄んで、騙すような行為をしていただけなのだ。
(とても許される事じゃないわ……ましてや感謝だなんて。私を好きだと伝えてくれた人に、こんな誠意のない行動をするなんて。死んだおばあちゃんにも顔向け出来ないわ)
どんな罰が与えられようと、彼に何も知らせないまま首飾りを皇后様に渡すわけにはいかない、と。
王子様がつらい胸の内を打ち明けてくれたように、私も真実を明かさなくてはならない。
そう決心し、王子様を見つめた。
「私、王子様にお話ししていなかった事があります。この、首飾りのことです」
「ああ。なんだ、そんなことか。思い詰めた顔をするから、心配したよ」
「そんなことって……もしかして、これが何か知っておられるのですか」
王子様はもう一度、ちゅ、と口付けをし、微笑んでいた。
「僕の乙女はやはり、清廉で美しい心の持ち主ですね。そのまま黙っていたら、皇后陛下に格別な褒美ももらえたかもしれないのに」
「私は……身の丈にそぐわぬ物は求めていないのです。ただ、取り返しのつかないことをしてしまって……このままでは王子様の、その、望まぬお子が。これは、そういう魔道具、なのではないですか……?」
「ああ、そうらしいね。蛇は受精卵をいくつも溜め込んで産むんだ、中には百もの卵を宿す種もあるとか」
「そ、そんなに」
恐怖よりも、後悔の念にかられて手が震えていた。
王子様はその手すらにも接吻し、許しを与えてくださっているようだった。
「この蛇は人の子種で受精卵を宿す、珍しい東方の化蛇だ。そしてその受精卵は人間の女の腹に托卵する習性がある」
「そんな、では……」
「蛇を魔道具に変えたのは母上なのだろう。母上も帝国に養女に出される前は、東国クロウエンの生まれなんだよ」
「クロウ、エン」
その国の名前を聞いて、さらに気持ちは深く暗闇に沈んでいく。
「エマ」
そんな私の名を呼び、眩しいほどの姿をした王子様は強く繋いだ手を握りしめていた。
「母上は、この帝国を、父上を……とても愛しておられる。そして父上は、力を持たない王子 が、多くの血筋と子を持ち、血を繋げる事で国の平和と繁栄になるとお考えなんだ」
「そう、なのですね。だから閨事も、あのように」
「うん……ねえ、エマ」
私の体を抱きしめ、捨てられそうな子犬のように、王子様は頭を擦り付けていた。
「僕は愛する人以外と子は持てないし、持ちたくない。でも、この魔道具で顔も知らぬ女が孕んだとしても……それで帝国の王子の務めから解放されるなら。——それで良いと。そう母上に伝えたんだ」
「そんな、そんな悲しいことを……。お辛かったでしょうに」
労わるように頭を撫でていると、何故か「ふふ」と顔を綻ばせていた。
「でもいいのです。代わりに母上が僕の願いを叶えてくださるから」
「願い、ですか」
「ああ。何よりも代え難い、一生分の願いです」
——コンコン
扉を叩く音がして、私は頭を撫でていた両手を、瞬時に磔同様にシーツに戻していた。
王子様は不機嫌そうに扉を睨みつけ、
「なんだ、後にしてくれ」
「……皇后陛下がお呼びです」
「ああ、そうか。僕は準備で疲れ果てて部屋から一歩も出られそうにないと、そう伝えてくれればいいから」
「…‥承知しました」
部屋に静寂が戻り、使用人の方は去ったようだった。
でも私は「あの」と、しっかり声を顰めて尋ねた。
「すぐに出向かれた方が良いのではないですか」
「いいよ。儀式の準備でクタクタになる程に疲れているのは本当なんだ。だいぶ日程を早めたから」
「……? それは、王子様の成人の儀のことですか?」
「ああ。神殿にも伝えて、明日にして貰ったんだ。成人の儀を終えたら、すぐにでも結婚出来るから」
「結婚……?」
王子様は上体を起こし、金糸で縁取られた詰襟の金具を外していく。
「もちろん、僕らの結婚だよ。結婚式は半年後のパレードと一緒に盛大にする予定なんだ。その前に明日の成人の儀のあとの舞踏会で、君を僕の婚約者として皆に紹介するよ」
「え」
「ふふ、驚いた? この下品でいやらしい蛇も、もう満腹で寝てるだけだから、すぐにでも外せるらしい……でも、知る者が見れば、僕がどれだけ君を愛し、大切にしているかを思い知らせる事が出来るだろう? だから外すのは、連中に見せつけた後がいいなって、母上にもそう伝えたんだ」
そういって首飾りをいやらしく舐め上げた。
そして手は——胸の膨らみをゆっくりと揉み上げ、これから始まる行為を思わせていた。
「お、王子様、私は——」
「大丈夫、全部僕に任せて。蛇が目覚めて巣に帰ってしまうと困るから、今日は中に子種をあげられないよ。でも儀を終えたら、ちゃんと小鳥さんを孕ませてあげるから、もう少しの辛抱だよ……。ああ、国民にお披露目する時は、もう腹が膨らんでいるかもしれないね」
そういって王子様は、私の下腹部をうっとりと眺めて撫でていた。
「じゃあ始めようか」
「始めるって、何を」
「催眠術にかかる準備だよ。相手と深く繋がってる方が、術にかかりやすいんだ…‥安心して、エマは気持ちよくなればいいだけだから。全部、僕と母上に任せて、身を委ねればいいんだよ」
「皇后、陛下、に、それは、イヤ、ダメです……ッ」
「いい子にして。ほら、母上がもうすぐ来てくれるから、このまま挿れるよ。……明日は誰にも邪魔させない、エマは一生僕のものだ」
「王子、様……」
「愛してるよ、エマ」
美しい黄金の獣に組み敷かれ、その逞しい体が覆い被さってくる。
無理矢理に開かれた体が一気に貫かれ、強く揺すられていく。
乱暴な獣のまぐわいに次第に意識が遠くなり、睫毛を濡らした涙が溢れていた。
どこからか忍び寄る煙の筋が、再び鎖のように絡みつき、私の心を磔にする。
そして二度と勝手な真似が出来ぬように、奥底まで熱い鉄杭を、何度も何度も打ちこんでいくのだった——
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