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隊長様
しおりを挟む再び祝辞のコマ送りの列が再開されていた。
とはいえ会場は二人の話題で持ちきりで、いくら声を顰めようと、それが大人数となるとそれなりに騒がしいのであった。
「——口付けなど」
「え?」
私の護衛を任されている第三騎馬隊・隊長は、何故か頭を抱えていた。
「あのようなふざけた事を。あの女も頭がおかしいのか? 」
「ユーテルの事ですか?」
「そうです。あれは誤解で、そう見えただけ、二人はそういった関係ではないですよ」
「関係って、あぁ……恋人同士、みたい、な?」
「絶対に違いますよっ?!」
帝国の紋章が入った鉄仮面が迫った。
あまりの圧に私は目を丸くし、続けて思わず笑ってしまう。
(もしかして……王子様が尊敬する直属の上司なのだから、私が先程の〝彼〟に恋慕を抱いていたと。隊長様はそんなこともご存じなのかしら?)
体は熊みたいに大柄なのに、隊長は繊細な心配りができる人らしい。
私はなんとか笑いを堪えて、少し背伸びをして鉄仮面の耳元で声を顰めた。
「私は気にしてなんかいませんよ。二人はとてもお似合いでしたね」
「え……」
「ユーテルも、とても素晴らしかったです。……彼女ならファーストダンスも完璧にこなすのでしょう、と。私もあんなに堂々としていられたらいいのに、って思ったら、少し、落ち込んでしまっただけです」
「……それは、誰でも最初は緊張しますよ。腹の読めない貴族連中ばかりの前で、しかも帝国の王子と踊らなくてはならないのですから。俺も、いや、自分も嫌です」
「ふふ、隊長様は優しい方ですね。王子様がお慕いする気持ちがわかります」
「あ、あの、エマ様」
隊長はそっと私に手を差し伸べ、
「今なら皆、噂話に夢中ですし、会場を離れても目立ちません。一旦ここを出ませんか?」
「あれ、確かに。そうかもしれませんね」
絶世の美少女の登場と見事な大団円のお陰で、虚しい事だが……謎の地味女の事など誰も注目していない気がした。
「隊員達はここに置いていきます。エマ様が会場を抜け出しても皇后だってすぐには気付きませんよ。これからの列は革新派や新貴族ばかりなので、貢物の値踏みと腹の探りあいで、あの人も必死でしょうから」
「そんな……そういう、ものなんですか?」
「俺は良い場所を知っています! そこなら人が来ないのでダンスの練習も出来るし、俺、いや、自分がご案内します」
「うーん……でも」
壇上を見上げると、王子様はまだあの美しい鳥に夢中のようだった。
(私が捕まえた青い鳥を、孤独な鳥だと。そう仰っていたから……番が現れて嬉しいのね)
理解は出来るが、嫉妬心から私の心情は複雑なままだった。
それに隊長の折角の心遣いを無下にするのも気が引けるし、ここに突っ立っていても何か事態が好転するわけでもないのだった。
「わかりました。では、ご案内をお願いしてもいいですか? 王子様の為にも、今、私に出来る事をした方がいいですものね!」
「う、はい」
隊長は大きな背中を丸め、見るからに肩を落としたが、それでも手を取り歩き出した。
騎士団の皆さんは、一糸乱れぬ隊列で壇上を見守り続けていた。
(まるで私と隊長様の事など見えていないみたい。やはり騎馬隊というのは意思疎通が完璧なのね)
隊列がいい具合に壁となり、私達はそのまま厚いカーテンに隠されていた扉から外へと出たのだった。
中庭から外回廊を抜けると、木立が並ぶ裏手の森に出たようだ。
「わあ、もうすっかり日が暮れていたんですね」
なんだか久しぶりに外の空気を吸った気がした。
星が瞬き出した広い夜空を見上げていたら、肩から力が抜けていく。
「……外に、出てきて良かったです。思っていた以上に緊張していたみたいです」
「それなら良かった。ご案内したい花園はこの先なのですが、靴は脱いでも平気ですよ。王宮は外の石畳にも芝生にすら、小石一つないのです。それか俺が抱えて歩きますが」
と、隊長は両手を広げてみせた。
「ふふっ、本当に隊長様は面白い方ですね」
自分の笑い声すら、久しぶりに聞いた気がする。
明るい光に包まれた王宮を振り返ると、まるで自分とは最初から関わりのない遠い世界に感じた。
私は窮屈だったパンプスを脱ぎながら、深い溜め息をついた。
「私は……王子様の事を愛しているのに、出来ないことばかりです。人が多い場所も、本当は苦手なんです。踵の高い靴も、慣れそうになくて」
情けない自分に失望しながら、いつの間にか脱いだパンプスを胸に抱きしめていた。
「ドレスも靴も、王子様がよく似合ってるって、沢山褒めてくれました。嬉しくて幸せなのに、どうして、私は何もかも、彼女みたいに、上手く振る舞えないのでしょう。ユーテルなら王子様も恥ずかしい思いをしなくて済むのに……。皇后様も、いっそ魔法で私を完璧なご令嬢に作り変えてくださればいいのに」
「どうして?」
「え……?」
「それはもう、エマでないだろ」
「——きゃっ」
隊長は蹲る私を抱えあげ、歩き出していた。
一瞬〝彼〟にそう言われた気がしたのだが——声も体つきも別人であるのは確かだった。
(名前を呼ばれたのも、気のせいかしら? それに足の痛みも歩けない程じゃなかったけど……でも、嬉しいな。こんな風に自ら手を差し伸べてくれる人は、王宮には他にいないもの。王子様も……今はあの鳥に夢中だし)
抱えられながら、木立の向こうに見える月を見上げた。
すると、
——《愚かな子……一体どこにいるの》——
そう皇后様の声が頭の中に響いて、ハッとする。
「た、隊長様、やはり戻らなくては。皇后様が、私をお探しのようです」
「それはエマの意思ですか」
「え?」
私を見下ろす鉄仮面に遮られて月が見えなくなると、皇后様の声も遠ざかり聞こえなくなっていた。
「私の、意思」
「貴女の意思なら従います。エマは本当に、あいつとダンスがしたいの? エマには恋人がいるのに、そいつも踊るくらいできるんだよ。女側もできるし、男側は……確かにあいつ程はうまくないだろうが、背は俺の方が高いんだ」
「どうして……」
どうしてそんな〝彼〟みたいな話し方で、〝彼〟のような話をするんだろう、と。
どうして私の〝大好きな恋人〟みたいに、優しく、私を尊重してくれるんだろう——と。
「あの、隊長様は、もしかして」
鉛色に輝く仮面に手を伸ばし、そう言い掛けた時、
「やだ……ここじゃダメだったらぁ、魔塔主さまぁ」
(え——)
茂みの向こうから聞こえた声に、驚いて振り返る。
すると、東屋に蠢く人影が見えるのだった。
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