【R18】蕾の乙女は手折る花を誰に捧ぐ【完結】

鯨井兀

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ユーテル

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 魔塔主は髪色同様の黒い衣装を纏い、まるで喪服のような出立ちだった。
 それでも顔をしかめる者はなく、一様にみな、男の優美な姿に目を奪われていた。

「此度、五番目の塔の新たな主となりました。名は名乗りませんので、皆々様ご自由にお呼びください」

 そういって当然のように王座の前に進み出ると、ついぞ「無礼な!」とどこからか叱責が飛んだ。
 しかし陛下はすぐに片手をあげ、発言を制した。

「よい。若き魔塔主を歓迎しよう。私の隣に、彼の席を設けよ」
「は?! し、しかし」

 宰相もしどろもどろに目を泳がせ、顔色を伺う先は皇后様であった。
 すると扇子で口元を隠したまま、皇后様は微笑みを絶やさず応対した。

「陛下、新たに椅子を用意する必要はありません。私が席を空けましょう」
「母上!」

 皇后様は立ち上がり、蔑むような眼差しで男を見下ろしていた。

「ああ……そういえば五番目の塔の主人も、長らく空いていた席でしたね。貴方はどうやら私の後の席に座るのがお好きのようです」
「はは、滅相もございません。あんな不気味な塔など誰も寄り付かず、空席だっただけ。大した席でもないですし長居するつもりもありませんよ。今宵もすぐに立ち去りますので、お気遣いなく」
「フフ、愉快な方ですね。招かれざる客人を気遣うなど、この私がするとでも」

 不穏な空気が漂い、ついには陛下が溜め息をつく。
 それには皇后様も仕方なしに席に座り直すのだった。

 魔塔主は冷静になれる魔法のメガネをしているものの、どこか似た二人である——と。
 そう感じたのは私だけではないはずだ。

「若き魔塔主よ、わが息子の成人の儀だ。祝辞があれば申してくれ」
「ええ」

 壇上の王子様の顔が強張るのを見て、〝彼〟と視線を交わしていると知る。
 そして許可なく居住いを崩し立ち上がる魔塔主に、控えていた兵士が一様に身構えるのだった。
 無論、私の傍にいる騎士団も同様に殺気立つのだったが、

「どうしたんでしょう、変な空気ですね」

 などと。
 王子様が兄のように尊敬しているという誉れ高い隊長だけは、空気の読めない発言をするのだった。
 魔塔主はうやうやしく胸に手を当て、

「殿下が成人を迎えると聞きつけ、魔塔を代表して参りましたが……私はなにぶん、親もなく無作法者でして。代わりにこの者が、殿下に贈り物があるというので連れて参った次第です」
「その女は、ああ……そうか、エンゲリアの」

 陛下は項垂うなだれた額に手をあて、さらなる深い溜め息をつくのだった。

「エンゲリアとは、異教を信仰していたという」
「いい女がいる楽園と聞いたが本当だな」

 あちこちから囁く声が聞こえる。
 好奇な視線が交う最中、私は皇后様の憎悪を感じ取っていた。
 そしてその中に混じる不安すらも……。

 ——《王子が知る前に、この女を片付けなくては。忌々しい女狐め》——

 私は首飾りに触れ「知る前に……? 」と、知らずうちに呟いていた。

「エマ様、大丈夫ですか」

 隊長に肩を叩かれて、やっと正気を取り戻す。

「あ、はい。知り合いなので、少し、驚いてしまって」

 頼もしい甲冑姿を見上げ、ぎこちなく笑みを浮かべた。
 この会場の、どのご令嬢よりも麗しい少女は、どの騎士よりも凛々しく膝をついていた。

「卑しき国の名を記憶にお留めくださり、ありがたく存じます。亡国エンゲリア、第七王女ユーテル・カノナス・エンゲリア、陛下の格別な恩赦により今はベストラ侯爵の養女にございます」
「ああ、息災であったか。確か、おぬしも塔の——」

と、陛下の視線がこちらに向いた。
 そして初めてご挨拶申し上げた時同様に、深い溜め息をつき、うんざりと顔をしかめられられている気がした。
 皇后様は「フフ」と可愛らしい声を漏らし、

「卑しき国の女が何故ここに? 無作法にも程がありますよ。貴方もパートナーは選んでいただきませんと……まあ、穢れた者同士お似合いなことですが、フフ」

 同調するように、会場の貴婦人達も二人を嘲笑う。
 私もそうすべきなのに、何故か上手く笑えずにいた。

 しかし当の本人達は、全く怯まず居座っている。
 ユーテルもかつての王族らしく落ち着き払い、応答した。

「穢れた身ゆえ、高貴な方に相応しい進物は叶いませんが、幼き日の友人として。帝国の新たな暁光であられる殿下に、ささやかなお祝いの品を贈りたく参じました。どうかご許可を」
「フフ、なりませんよ。兵は何をしている? エンゲリアの汚らしい魔女を外へ放り出して」

「いや」

 皇后様の言葉を遮ったのは、愛しの王子様であった。
 王子様はひざまずいたままのユーテルを見つめて、

「私は彼女から、古き友からの贈り物を受け取りたい。構いませんか、父上」
「ああ、お前の望むままにせよ。エンゲリアの娘よ、おもてをあげ、起立を許可する」
「ありがたく存じます」

 堂々と立ち上がったユーテルは、出入り口を振り返り、スッと手をかざした。

「我が祖国の国鳥は、宵闇と暁天の名を持つ番鳥つがいどり。未来永劫、泰平の帝国を築かれる殿下にこそ相応しいと思い、エンゲリア最後の魔女として番を献上いたします」

 そう言ってピィと口笛をふくと、出入り口から目にも鮮やかな真紅の鳥が現れた——
 太陽の如く、眩く輝かしい尾から光を散らし、鳥は会場を優美に舞いあげる。
 それは今までのどんな進物よりも荘厳で、高貴であった。
 そして美しい少女と、その腕に舞い降りる鳥の姿に、会場は感嘆の声に包まれていた。

「亡きエンゲリアの国鳥、雌鳥の暁天にございます」
「なんと……あの鳥の番が生き残っていたとは……」
「殿下が雄鶏宵闇をお気に召し、陛下より賜ったと伺い、古き文献を調べ、かつて西の大陸に贈与されていた一羽を遠路求めて参じました」
「素晴らしい……ありがとう、ユーテル。とても嬉しいよ、こんなに感動した贈り物ははじめてだ」
「過分なお言葉、恐縮にございます。殿下にも素晴らしい番が現れますことを」
「ああ、勿論だ」

 護衛騎士の手から鳥籠を渡された王子様は、誠に嬉しそうに目を輝かせていた。

(ユーテル……)

 同じ乙女であるはずの少女は、私とはまるで違うと思い知らされる。
 身分も教養も、立ち振る舞いも——
 私にないものばかり持ち、そして僅かな矜持きょうじすらも踏みにじっていく。
 私は知りたくもなかった醜い感情と劣等感に苛まれていた。

「キリアン王子殿下の成人を、心からお祝い申し上げます」

 華麗な礼を尽くす完璧な乙女に、さりげなく手を差し伸べるパートナーもまた完璧な貴人であった。

「拝謁をお許しいただき感謝します。皆々様、どうぞ宴をお続けください。我々は先に失礼するので」

 そういってユーテルの手に熱い口付けをする。
 会場はどよめきながらも、当然に二人は恋人同士だと理解するのだった。

(そうなんだ……そういえば同期の子もユーテルと彼が密かに会っていた話していたわね。二人が相引きだなんて、あの時は少しも信じてなかったのにな。本当に世間知らずで愚か者なのね、私って)

 ぼんやりと二人の姿を見送る私を、美しい少女は髪を揺らして振り返り見た。
 そして愛らしい口を動かし、呟いていた。

 〝ごめんね、エマ〟——と。

 かつての友人はそう微笑むと、男の腕にもたれ、仲睦まじい姿で立ち去るのだった。

(変なの。ごめんね、だなんて。私は少しも気にしてないのにな)

 二人の去った先を見つめ、考えあぐねて首飾りに触れていた。

 ——私は王子様の婚約者であり、この帝国で最も幸福な女になるのだ。
 没落した国の王女が何を憐れむというのだろうか——
 
 私は田舎で不遇な目に遭いながらも、王子様と運命的に出会い、恋に落ちたヒロインそのもの。
 何度も祖母にせがんて読んでもらった絵本のように、私は今まさに最高の結末を迎えようとしている。

(なのにどうして、これが不幸な結末かのように。胸が苦しくて、苦しくて……うずくまって泣き喚いてしまいたくなるのは、どうしてなのかしらね)

 そう、眠り続ける魔物に尋ねるが、当然、返事はないのだった。
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