47 / 70
ユーテル
しおりを挟む魔塔主は髪色同様の黒い衣装を纏い、まるで喪服のような出立ちだった。
それでも顔をしかめる者はなく、一様にみな、男の優美な姿に目を奪われていた。
「此度、五番目の塔の新たな主となりました。名は名乗りませんので、皆々様ご自由にお呼びください」
そういって当然のように王座の前に進み出ると、ついぞ「無礼な!」とどこからか叱責が飛んだ。
しかし陛下はすぐに片手をあげ、発言を制した。
「よい。若き魔塔主を歓迎しよう。私の隣に、彼の席を設けよ」
「は?! し、しかし」
宰相もしどろもどろに目を泳がせ、顔色を伺う先は皇后様であった。
すると扇子で口元を隠したまま、皇后様は微笑みを絶やさず応対した。
「陛下、新たに椅子を用意する必要はありません。私が席を空けましょう」
「母上!」
皇后様は立ち上がり、蔑むような眼差しで男を見下ろしていた。
「ああ……そういえば五番目の塔の主人も、長らく空いていた席でしたね。貴方はどうやら私の後の席に座るのがお好きのようです」
「はは、滅相もございません。あんな不気味な塔など誰も寄り付かず、空席だっただけ。大した席でもないですし長居するつもりもありませんよ。今宵もすぐに立ち去りますので、お気遣いなく」
「フフ、愉快な方ですね。招かれざる客人を気遣うなど、この私がするとでも」
不穏な空気が漂い、ついには陛下が溜め息をつく。
それには皇后様も仕方なしに席に座り直すのだった。
魔塔主は冷静になれる魔法のメガネをしているものの、どこか似た二人である——と。
そう感じたのは私だけではないはずだ。
「若き魔塔主よ、わが息子の成人の儀だ。祝辞があれば申してくれ」
「ええ」
壇上の王子様の顔が強張るのを見て、〝彼〟と視線を交わしていると知る。
そして許可なく居住いを崩し立ち上がる魔塔主に、控えていた兵士が一様に身構えるのだった。
無論、私の傍にいる騎士団も同様に殺気立つのだったが、
「どうしたんでしょう、変な空気ですね」
などと。
王子様が兄のように尊敬しているという誉れ高い隊長だけは、空気の読めない発言をするのだった。
魔塔主は恭しく胸に手を当て、
「殿下が成人を迎えると聞きつけ、魔塔を代表して参りましたが……私はなにぶん、親もなく無作法者でして。代わりにこの者が、殿下に贈り物があるというので連れて参った次第です」
「その女は、ああ……そうか、エンゲリアの」
陛下は項垂れた額に手をあて、さらなる深い溜め息をつくのだった。
「エンゲリアとは、異教を信仰していたという」
「いい女がいる楽園と聞いたが本当だな」
あちこちから囁く声が聞こえる。
好奇な視線が交う最中、私は皇后様の憎悪を感じ取っていた。
そしてその中に混じる不安すらも……。
——《王子が知る前に、この女を片付けなくては。忌々しい女狐め》——
私は首飾りに触れ「知る前に……? 」と、知らずうちに呟いていた。
「エマ様、大丈夫ですか」
隊長に肩を叩かれて、やっと正気を取り戻す。
「あ、はい。知り合いなので、少し、驚いてしまって」
頼もしい甲冑姿を見上げ、ぎこちなく笑みを浮かべた。
この会場の、どのご令嬢よりも麗しい少女は、どの騎士よりも凛々しく膝をついていた。
「卑しき国の名を記憶にお留めくださり、ありがたく存じます。亡国エンゲリア、第七王女ユーテル・カノナス・エンゲリア、陛下の格別な恩赦により今はベストラ侯爵の養女にございます」
「ああ、息災であったか。確か、おぬしも塔の——」
と、陛下の視線がこちらに向いた。
そして初めてご挨拶申し上げた時同様に、深い溜め息をつき、うんざりと顔を顰められられている気がした。
皇后様は「フフ」と可愛らしい声を漏らし、
「卑しき国の女が何故ここに? 無作法にも程がありますよ。貴方もパートナーは選んでいただきませんと……まあ、穢れた者同士お似合いなことですが、フフ」
同調するように、会場の貴婦人達も二人を嘲笑う。
私もそうすべきなのに、何故か上手く笑えずにいた。
しかし当の本人達は、全く怯まず居座っている。
ユーテルもかつての王族らしく落ち着き払い、応答した。
「穢れた身ゆえ、高貴な方に相応しい進物は叶いませんが、幼き日の友人として。帝国の新たな暁光であられる殿下に、ささやかなお祝いの品を贈りたく参じました。どうかご許可を」
「フフ、なりませんよ。兵は何をしている? エンゲリアの汚らしい魔女を外へ放り出して」
「いや」
皇后様の言葉を遮ったのは、愛しの王子様であった。
王子様は跪いたままのユーテルを見つめて、
「私は彼女から、古き友からの贈り物を受け取りたい。構いませんか、父上」
「ああ、お前の望むままにせよ。エンゲリアの娘よ、面をあげ、起立を許可する」
「ありがたく存じます」
堂々と立ち上がったユーテルは、出入り口を振り返り、スッと手を翳した。
「我が祖国の国鳥は、宵闇と暁天の名を持つ番鳥。未来永劫、泰平の帝国を築かれる殿下にこそ相応しいと思い、エンゲリア最後の魔女として番を献上いたします」
そう言ってピィと口笛をふくと、出入り口から目にも鮮やかな真紅の鳥が現れた——
太陽の如く、眩く輝かしい尾から光を散らし、鳥は会場を優美に舞いあげる。
それは今までのどんな進物よりも荘厳で、高貴であった。
そして美しい少女と、その腕に舞い降りる鳥の姿に、会場は感嘆の声に包まれていた。
「亡きエンゲリアの国鳥、雌鳥の暁天にございます」
「なんと……あの鳥の番が生き残っていたとは……」
「殿下が雄鶏をお気に召し、陛下より賜ったと伺い、古き文献を調べ、かつて西の大陸に贈与されていた一羽を遠路求めて参じました」
「素晴らしい……ありがとう、ユーテル。とても嬉しいよ、こんなに感動した贈り物ははじめてだ」
「過分なお言葉、恐縮にございます。殿下にも素晴らしい番が現れますことを」
「ああ、勿論だ」
護衛騎士の手から鳥籠を渡された王子様は、誠に嬉しそうに目を輝かせていた。
(ユーテル……)
同じ乙女であるはずの少女は、私とはまるで違うと思い知らされる。
身分も教養も、立ち振る舞いも——
私にないものばかり持ち、そして僅かな矜持すらも踏みにじっていく。
私は知りたくもなかった醜い感情と劣等感に苛まれていた。
「キリアン王子殿下の成人を、心からお祝い申し上げます」
華麗な礼を尽くす完璧な乙女に、さりげなく手を差し伸べるパートナーもまた完璧な貴人であった。
「拝謁をお許しいただき感謝します。皆々様、どうぞ宴をお続けください。我々は先に失礼するので」
そういってユーテルの手に熱い口付けをする。
会場はどよめきながらも、当然に二人は恋人同士だと理解するのだった。
(そうなんだ……そういえば同期の子もユーテルと彼が密かに会っていた話していたわね。二人が相引きだなんて、あの時は少しも信じてなかったのにな。本当に世間知らずで愚か者なのね、私って)
ぼんやりと二人の姿を見送る私を、美しい少女は髪を揺らして振り返り見た。
そして愛らしい口を動かし、呟いていた。
〝ごめんね、エマ〟——と。
かつての友人はそう微笑むと、男の腕にもたれ、仲睦まじい姿で立ち去るのだった。
(変なの。ごめんね、だなんて。私は少しも気にしてないのにな)
二人の去った先を見つめ、考えあぐねて首飾りに触れていた。
——私は王子様の婚約者であり、この帝国で最も幸福な女になるのだ。
没落した国の王女が何を憐れむというのだろうか——
私は田舎で不遇な目に遭いながらも、王子様と運命的に出会い、恋に落ちたヒロインそのもの。
何度も祖母にせがんて読んでもらった絵本のように、私は今まさに最高の結末を迎えようとしている。
(なのにどうして、これが不幸な結末かのように。胸が苦しくて、苦しくて……蹲って泣き喚いてしまいたくなるのは、どうしてなのかしらね)
そう、眠り続ける魔物に尋ねるが、当然、返事はないのだった。
4
あなたにおすすめの小説
兄様達の愛が止まりません!
桜
恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。
そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。
屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。
やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。
無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。
叔父の家には二人の兄がいた。
そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
【短編】淫紋を付けられたただのモブです~なぜか魔王に溺愛されて~
双真満月
恋愛
不憫なメイドと、彼女を溺愛する魔王の話(短編)。
なんちゃってファンタジー、タイトルに反してシリアスです。
※小説家になろうでも掲載中。
※一万文字ちょっとの短編、メイド視点と魔王視点両方あり。
私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる