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第二章 さらば愛しき日々
第28話 絶望の中で~男の矜持~
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ミハイルの部下らしきブラックスーツに付き添われてカフェの個室に入ってきたそいつを俺は思わず二度見してしまった。
背格好も顔立ちも間違いなく『俺』だったが、やや背中を丸め、おどおどと辺りを見回す様は、『九龍の鷲』と呼ばれた俺の有り様とは似ても似つかぬものだった。
「こいつは、本当に俺なのか?!」
思わず声を荒げる俺に、ミハイルは肩を竦めて言った。
「そうだ。......おい、背中を見せてやれ」
ミハイルの言葉にブラックスーツがそいつを後ろ向きにさせ、シャツを捲り上げた。確かにそこには、鷲の刺青があった。.....が今にも失墜しそうな覇気の無い姿に変わり果てていた。
俺は唖然として掛ける言葉を失っていた。
そいつはブラックスーツに促されて、おずおずと口を開いた。
「あの.......僕、高瀬 諒といいます。あなたがこの身体の元の持ち主.....なんですよね。あ.....日本語は.....」
「わかる。俺は十八まで日本にいた。戸籍上は日本人とドイツ人の混血だ」
苛つく俺にそいつは、ぱ.....と顔を輝かせた。
「ドイツ人とのハーフなんですね。カッコいいなぁ。....だから体格がいいんですね」
俺は思わずそいつを殴りたくなった。ミハイルに小声でー殴ってもいいか?ーと訊いたが、ミハイルは苦笑いで首を振った。
「俺みたいなヤクザ者の身体に迷い込んで、さぞや迷惑だろう?.....こっちのボスに元に戻れるように頼んだらどうだ?!」
俺は不快感を顕にしてそいつに言い放った。が、そいつはプルプルと首を振った。
「迷惑なんかじゃないです。.....僕、強くなりたかった。でも身体も小さくて、ちっとも強くなれなくて.....だから、あなたには申し訳ないけど、僕はこの身体を貰えて夢のようです」
「お前なぁ.....」
ー俺の迷惑を考えてくれ!ーと叫びたかった。
ーここにいるロシアンマフィアの鬼畜野郎に犯りまくられて、まともに外にも出れない俺の身にもなってくれ!ー
と広東語で呟いた俺に、ミハイルが間髪入れず、
「自業自得だ」
とロシア語で返してきた。そして、ミハイルはそいつに、日本語で如何にも優しく言った。
「君の身に起こった不幸は過去のものだ。君は今までの君ではない。堂々と新しい人生を生きたまえ」
さすがにカチンと来た。俺はミハイルに向き直って怒鳴った。もちろん広東語で。
「俺はどうなるんだ?!」
だがミハイルは表情のひとつも変えず、いやむしろ愉しそうに言った。
「お前も新しい人生を始めればいいんだ、ラウル。私のもとで、な」
「てめぇ.....!」
いきり立つ俺をニコライが突き刺すような眼差しで睨んだ。が、俺達のやり取りを見ていたもう一人の『俺』.....高瀬 諒がとんでもないことを言い出した。
「僕、仇を討ちたいんです。僕を辱しめて、両親を殺した奴らに復讐したい......この身体があれば出来る気がするんです」
「はぁ?何だと?」
俺は絶句した。両親は伯父に事故に見せかけて殺されたのだという。そして前もって弱みを握ったそいつを脅して排除しようとしたのだという。
「ヤクザに聞いたんです。売られそうになって逃げようとした時.....」
恐怖にかられて、ヤクザから逃げたい一心で飛び降りた、と言う。
正直、呆れ返って物が言えなかった。相手に立ち向かう気力の無い人間に復讐なんぞ出来やしない。ましてや堅気のこんなぼうっとした奴に殺しなんぞ出来る訳がない。
それ以上に、こいつは大事なことを履き違えている。
「君には無理だ」
そう言ったのは、俺ではなくミハイルだった。
「君にその能力は無い。諦めたまえ」
「でも.....」
そいつは俯いて、今にも泣き出しそうだった。膝の上で握りしめた拳が震えていた。俺はオヤジを亡くした日の自分を思い出した。
「俺がやる」
気がついた時には、勝手に口が動いていた。
「お前が弱いのは身体が小さいからじゃねぇ。
それを教えてやる」
言ってしまってから、俺は、はっ......としてミハイルを見た。ヤツの形の良い唇が静かに開いた。
「出来るのか?ラウル」
俺はごくりと唾を飲み、ヤツを真っ直ぐに見た。
「勿論だ。.....ミハイル、手を貸せ」
「いいだろう」
ミハイルは短く言ってニコライに目配せした。ヤツの言いたいことはわかっている。
ーこれは貸しだ。ー
ヤツの眼差しに無言で頷き、俺は『俺』に向き直った。
「お前は手を汚すな。こっちの世界には入ってくるな。俺の身体に堅気の人生を生きさせてやってくれ.....」
そして俺は『俺』と訣別した。
背格好も顔立ちも間違いなく『俺』だったが、やや背中を丸め、おどおどと辺りを見回す様は、『九龍の鷲』と呼ばれた俺の有り様とは似ても似つかぬものだった。
「こいつは、本当に俺なのか?!」
思わず声を荒げる俺に、ミハイルは肩を竦めて言った。
「そうだ。......おい、背中を見せてやれ」
ミハイルの言葉にブラックスーツがそいつを後ろ向きにさせ、シャツを捲り上げた。確かにそこには、鷲の刺青があった。.....が今にも失墜しそうな覇気の無い姿に変わり果てていた。
俺は唖然として掛ける言葉を失っていた。
そいつはブラックスーツに促されて、おずおずと口を開いた。
「あの.......僕、高瀬 諒といいます。あなたがこの身体の元の持ち主.....なんですよね。あ.....日本語は.....」
「わかる。俺は十八まで日本にいた。戸籍上は日本人とドイツ人の混血だ」
苛つく俺にそいつは、ぱ.....と顔を輝かせた。
「ドイツ人とのハーフなんですね。カッコいいなぁ。....だから体格がいいんですね」
俺は思わずそいつを殴りたくなった。ミハイルに小声でー殴ってもいいか?ーと訊いたが、ミハイルは苦笑いで首を振った。
「俺みたいなヤクザ者の身体に迷い込んで、さぞや迷惑だろう?.....こっちのボスに元に戻れるように頼んだらどうだ?!」
俺は不快感を顕にしてそいつに言い放った。が、そいつはプルプルと首を振った。
「迷惑なんかじゃないです。.....僕、強くなりたかった。でも身体も小さくて、ちっとも強くなれなくて.....だから、あなたには申し訳ないけど、僕はこの身体を貰えて夢のようです」
「お前なぁ.....」
ー俺の迷惑を考えてくれ!ーと叫びたかった。
ーここにいるロシアンマフィアの鬼畜野郎に犯りまくられて、まともに外にも出れない俺の身にもなってくれ!ー
と広東語で呟いた俺に、ミハイルが間髪入れず、
「自業自得だ」
とロシア語で返してきた。そして、ミハイルはそいつに、日本語で如何にも優しく言った。
「君の身に起こった不幸は過去のものだ。君は今までの君ではない。堂々と新しい人生を生きたまえ」
さすがにカチンと来た。俺はミハイルに向き直って怒鳴った。もちろん広東語で。
「俺はどうなるんだ?!」
だがミハイルは表情のひとつも変えず、いやむしろ愉しそうに言った。
「お前も新しい人生を始めればいいんだ、ラウル。私のもとで、な」
「てめぇ.....!」
いきり立つ俺をニコライが突き刺すような眼差しで睨んだ。が、俺達のやり取りを見ていたもう一人の『俺』.....高瀬 諒がとんでもないことを言い出した。
「僕、仇を討ちたいんです。僕を辱しめて、両親を殺した奴らに復讐したい......この身体があれば出来る気がするんです」
「はぁ?何だと?」
俺は絶句した。両親は伯父に事故に見せかけて殺されたのだという。そして前もって弱みを握ったそいつを脅して排除しようとしたのだという。
「ヤクザに聞いたんです。売られそうになって逃げようとした時.....」
恐怖にかられて、ヤクザから逃げたい一心で飛び降りた、と言う。
正直、呆れ返って物が言えなかった。相手に立ち向かう気力の無い人間に復讐なんぞ出来やしない。ましてや堅気のこんなぼうっとした奴に殺しなんぞ出来る訳がない。
それ以上に、こいつは大事なことを履き違えている。
「君には無理だ」
そう言ったのは、俺ではなくミハイルだった。
「君にその能力は無い。諦めたまえ」
「でも.....」
そいつは俯いて、今にも泣き出しそうだった。膝の上で握りしめた拳が震えていた。俺はオヤジを亡くした日の自分を思い出した。
「俺がやる」
気がついた時には、勝手に口が動いていた。
「お前が弱いのは身体が小さいからじゃねぇ。
それを教えてやる」
言ってしまってから、俺は、はっ......としてミハイルを見た。ヤツの形の良い唇が静かに開いた。
「出来るのか?ラウル」
俺はごくりと唾を飲み、ヤツを真っ直ぐに見た。
「勿論だ。.....ミハイル、手を貸せ」
「いいだろう」
ミハイルは短く言ってニコライに目配せした。ヤツの言いたいことはわかっている。
ーこれは貸しだ。ー
ヤツの眼差しに無言で頷き、俺は『俺』に向き直った。
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