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第二章 さらば愛しき日々
第29話 絶望の中で ~決断~
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ーやっちまった.....ー
俺は正直、後悔した。勢いで物を言ってしまうのは俺の悪い癖だ。無理な話だからではない。長年裏街道を歩ってきた俺だ。アイツを貶めた奴らのような汚い連中をのさばらせておくのは俺の主義に反するし、そういう奴らを始末することに躊躇いは無い。
問題は今の俺には以前のような駒が無いこと、と裁量で動ける範囲がほとんど皆無だということだ。
いくら俺が楊ファミリーの幹部だったとは言え、この容姿では誰もそんなことは信じない。かつての俺を慕ってくれていた舎弟達だって、耳など貸すわけがない。いきおい、アイツ...高瀬諒の言う『仇討ち』をするには、ミハイルの手を借りねばならない。
ーとんでもねぇ話だ......ー
ヤツはカフェからの戻りの車中で悠然と革のシートに身を預けて、半ば頭を抱えている俺を振り向きもせず、呟いた。
「慈悲深いことだ.....お前はさぞや神に愛されるだろうな」
「うるせぇ...! 」
このネタの背後にどれ程のものが隠れているかは知らないが、コイツに、ミハイルに『借り』を作ることになるのは確かだ。
ー見ず知らずのガキのために、こんなヤツに借りを作るのか.....ー
冷静に見れば馬鹿げているとしか言いようがない。だが、アイツが俺の身体に入っている限り、勝てない喧嘩を仕掛けてボロボロになってくたばる姿は見たくないし、レイラや息子に見せたくない。
どこか遠くで平和に暮らしてほしい。本人も、誰も傷つかないように……。
「アイツは俺だ。ならば俺がアイツの仇を取ってやるしかねぇだろう」
俺は言って顔を背けた。ヤツは楽しそうに喉を鳴らした。
「お前らしい。......私はお前のそういうところも嫌いではない」
「気色悪いから止めてくれ」
俺は思いきり顔をしかめた。そしてふとある事に気づいた。
「アイツは俺の名前を使っているのか?」
俺にも敵がいなかったわけじゃない。いや、裏の奴らには俺を煙たがる奴らも少なくは無かった。ある意味、今のアイツが俺の名前を使うのは危険過ぎる。
「その事なんだが.....」
ミハイルが少々思案気な顔をして、指を口許に当てた。
「彼には、新しい名前を用意してやらなければならないと思っている。お前の名前をそのまま使うには無理が有り過ぎる」
中国語もロシア語も出来ないラウル-志築はあり得ない.....とミハイルは言った。
「日本で子供の頃に使っていた名前は無いのか。通称名のような.....」
俺は少し考えて、嫌々ながらヤツに答えた。
「ある。.....ガキの頃は融と名乗らされていた」
「トオル......?」
「そうだ。志築 融てのが、俺の日本にいた頃の名前だ。....オヤジがそう名付けた」
「オヤジ?」
「育ての親だ」
「ならば、トオル シヅキだな。いやトオル - ヤナイ.....か。シヅキではすぐにわかってしまうからな」
「えっ?」
俺はギョッとした。『柳井』は母方の祖母さんの家の名字だ。
「ミハイル、お前なぜ.......?!」
硬直する俺に、ヤツはニヤリと笑って言った。
「調べさせてもらった。お前を黙らせるネタを探したんだが、なかなか掴めなくてね。お前の父親の家系はナチスの協力者だった。さぞや肩身が狭かったんだろう。お前の父親は軍隊を逃亡してシンジケートに加担していた。...母親の家系は一人娘で、祖父母も鬼籍に入っている。天涯孤独ってやつだな。お前を産んで数年後に離別している。そしてお前は父親の死後、父親と懇意だった香港マフィアの幹部に育てられた。趙夬.....日本名は須藤孝央だったか....?」
ーこいつはいったい.....ー
俺は心底ぞっとした。そして不安になった。
「まさかレイラのことも....」
「知っていた。お前らしい。馴染みではあっても同棲するわけでも囲うわけでもなく、世間並の付き合いだから、まさか子供まで作っていたとは思わなかった」
ヤツは大袈裟に眉をひそめ、不気味に唇を歪めて言った。
「まぁ、あの女も今のお前がかつての恋人とは思わないだろうがな.....」
「彼女に、息子に手を出すな....」
「お前次第だと言ったろう?お前が私に従順であれば、彼らも幸せな人生を送れる。パピィ、私は慈愛に満ちた男だ」
ヤツが本物の悪魔に見えた。俺は今すぐにでもこいつを撃ち殺したかった。だが、それは何よりも叶わない望みだった。ヤツは固まったままの俺に微笑み、囁いた。
「手は貸してやる。存分に愉しませてくれ。『九龍の鷲』の爪が小悪党どもを八つ裂きにする様を特等席で観賞させてもらおう、趙小狼」
趙小狼.....ファミリーの皆が呼んでいた愛称までも揶揄されて、俺にはもはや返す言葉は無かった。暗い空を見上げ、じっと唇を噛みしめていた。
俺は正直、後悔した。勢いで物を言ってしまうのは俺の悪い癖だ。無理な話だからではない。長年裏街道を歩ってきた俺だ。アイツを貶めた奴らのような汚い連中をのさばらせておくのは俺の主義に反するし、そういう奴らを始末することに躊躇いは無い。
問題は今の俺には以前のような駒が無いこと、と裁量で動ける範囲がほとんど皆無だということだ。
いくら俺が楊ファミリーの幹部だったとは言え、この容姿では誰もそんなことは信じない。かつての俺を慕ってくれていた舎弟達だって、耳など貸すわけがない。いきおい、アイツ...高瀬諒の言う『仇討ち』をするには、ミハイルの手を借りねばならない。
ーとんでもねぇ話だ......ー
ヤツはカフェからの戻りの車中で悠然と革のシートに身を預けて、半ば頭を抱えている俺を振り向きもせず、呟いた。
「慈悲深いことだ.....お前はさぞや神に愛されるだろうな」
「うるせぇ...! 」
このネタの背後にどれ程のものが隠れているかは知らないが、コイツに、ミハイルに『借り』を作ることになるのは確かだ。
ー見ず知らずのガキのために、こんなヤツに借りを作るのか.....ー
冷静に見れば馬鹿げているとしか言いようがない。だが、アイツが俺の身体に入っている限り、勝てない喧嘩を仕掛けてボロボロになってくたばる姿は見たくないし、レイラや息子に見せたくない。
どこか遠くで平和に暮らしてほしい。本人も、誰も傷つかないように……。
「アイツは俺だ。ならば俺がアイツの仇を取ってやるしかねぇだろう」
俺は言って顔を背けた。ヤツは楽しそうに喉を鳴らした。
「お前らしい。......私はお前のそういうところも嫌いではない」
「気色悪いから止めてくれ」
俺は思いきり顔をしかめた。そしてふとある事に気づいた。
「アイツは俺の名前を使っているのか?」
俺にも敵がいなかったわけじゃない。いや、裏の奴らには俺を煙たがる奴らも少なくは無かった。ある意味、今のアイツが俺の名前を使うのは危険過ぎる。
「その事なんだが.....」
ミハイルが少々思案気な顔をして、指を口許に当てた。
「彼には、新しい名前を用意してやらなければならないと思っている。お前の名前をそのまま使うには無理が有り過ぎる」
中国語もロシア語も出来ないラウル-志築はあり得ない.....とミハイルは言った。
「日本で子供の頃に使っていた名前は無いのか。通称名のような.....」
俺は少し考えて、嫌々ながらヤツに答えた。
「ある。.....ガキの頃は融と名乗らされていた」
「トオル......?」
「そうだ。志築 融てのが、俺の日本にいた頃の名前だ。....オヤジがそう名付けた」
「オヤジ?」
「育ての親だ」
「ならば、トオル シヅキだな。いやトオル - ヤナイ.....か。シヅキではすぐにわかってしまうからな」
「えっ?」
俺はギョッとした。『柳井』は母方の祖母さんの家の名字だ。
「ミハイル、お前なぜ.......?!」
硬直する俺に、ヤツはニヤリと笑って言った。
「調べさせてもらった。お前を黙らせるネタを探したんだが、なかなか掴めなくてね。お前の父親の家系はナチスの協力者だった。さぞや肩身が狭かったんだろう。お前の父親は軍隊を逃亡してシンジケートに加担していた。...母親の家系は一人娘で、祖父母も鬼籍に入っている。天涯孤独ってやつだな。お前を産んで数年後に離別している。そしてお前は父親の死後、父親と懇意だった香港マフィアの幹部に育てられた。趙夬.....日本名は須藤孝央だったか....?」
ーこいつはいったい.....ー
俺は心底ぞっとした。そして不安になった。
「まさかレイラのことも....」
「知っていた。お前らしい。馴染みではあっても同棲するわけでも囲うわけでもなく、世間並の付き合いだから、まさか子供まで作っていたとは思わなかった」
ヤツは大袈裟に眉をひそめ、不気味に唇を歪めて言った。
「まぁ、あの女も今のお前がかつての恋人とは思わないだろうがな.....」
「彼女に、息子に手を出すな....」
「お前次第だと言ったろう?お前が私に従順であれば、彼らも幸せな人生を送れる。パピィ、私は慈愛に満ちた男だ」
ヤツが本物の悪魔に見えた。俺は今すぐにでもこいつを撃ち殺したかった。だが、それは何よりも叶わない望みだった。ヤツは固まったままの俺に微笑み、囁いた。
「手は貸してやる。存分に愉しませてくれ。『九龍の鷲』の爪が小悪党どもを八つ裂きにする様を特等席で観賞させてもらおう、趙小狼」
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