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砥師ーとぎしー
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その男は、四年に一度、花の頃になると思い出したようにやってきた。
人里離れた山合いに隠れ棲む研師とぎしの喜平のあばら家を、たったひとりで訪ねてくる。
入り口に掛けた薦こもを無造作に廻り上げ、照れたようなばつの悪そうな笑いを口の端に浮かべて、にっ......と笑い、腰の柄物てたを無造作に差し出す。
「済まねぇが、こいつを研いでくれ」
喜平は黙って受け取り、砥石をかける。柄杓の水を掛けながら、丁寧に刃筋を整えていく。その間、男は入口近くの壁にもたれ、じぃっ......と喜平の手元を見詰めている。
「出来たぞ.......」
と声を掛けると、またにぃっ...と笑って大事そうに受けとるのだ。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
最初に、喜平の許を訪れた頃、男はまだ小童こわっぱだった。どこからかふらりとやってきて、喜平の前に如何にもな安っぽい刀を差し出して、唇を尖らせて言った。
「済まねぇが、こいつを研いでくれ」
薄汚い服装なりに、ぼさぼさの頭......刀がその男の物で無いことは一目瞭然に見て取れた。
「戦に行くんだ」
男は研ぎ上がった刀を腰に差し、ふんぞり返って立ち去っていった。が、その鞘の尻は今にも地面に着きそうだった。
二度目に訪れてきた時、男は胴丸を着けていた。頬にも脚絆にも返り血がべっとりと着いていた。ひどい歯零れを丁寧に削り、刃筋を整えてやった。
「死ぬなよ」
背中越しに喜平が言うと、
「死なねぇよ」
入口に突えそうな頭を少し巡らせて答えた。
三度目に来たときには、こざっぱりとした体ていで小袖に袴を着けて、いっぱしに髭を生やしていた。
差し出した刀は以前の物よりも格段に立派で、歯零れはほんの小さなものが一つきりだった。が、血脂の曇りが目についた。
研ぎを待つ間、男は懐から簪かんざしを取り出しては眺め、そわそわと身を揺すっていた。
「嫁をもらうのか?」
と訊くと、
「わからねぇ...」
と照れた顔で笑った。
四度目に来た時には、直垂ひたたれを着て、烏帽子を被っていた。
胡座をかく様も堂にいって、膝元でぐっと握った手はごつごつと節くれだっていたが、喜平の手元を見つめる眼差しは穏やかだった。外に繋いだ馬が、ブルル......と頸を振ると優し気に微笑んだ。
差し出した刀に歯零れは無く、僅かに錆の気配があった。
「抜いていないのか」
と訊くと、
「良いことではないか......」
と笑った。
五度目の春、喜平は、花の時期が終わりかかった頃、家の外に、何やら気配がするのを感じた。
薦を捲って外に出ると、あの男が倒れていた。小袖が血に染まっていた。
喜平は男を家の中に運び入れた。
「済まねぇが、こいつを研いでくれ」
肩で荒い息をしながら、男が差し出した刀は半ばからぽっきりと折れていた。
「悪いが、こいつは無理だ。小刀にするしかねぇ」
喜平は血塗れになった束巻きから男の指を一本ずつ剥がし、自分の寝床に横たえた。
「そうか.....。済まねぇな、無理ばかり言っちまって.....」
そう言って男は静かに笑った。
喜平は何ひとつ問いもせず、三月の間、男を介抱した。
秋の風が吹き始める頃、傷の癒えた男は旅立った。
喜平が拵え直し、美しい小刀に仕立てた上げたそれを腰に差し、再び薦を捲り上げた。
「行くのか」
喜平は涙で目を滲ませながら、男の背中に言った。
「行く」
と男は答えた。
「もう来れないかもしれない......。けど、感謝してるぜ。親父......」
「お前は、馬鹿だ」
絞り出すように呟き、喜平は男に背を向けた。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
それから、また四年が経ち、戦の後に新しい領主が立った.....と人づてに聞いた。
新しい領主は年貢も減らし、村や町の暮らしも以前よりずっと良くなった。
が、山の中にひとり暮らす喜平には、なんの関わりも無かった。
時折、里に降りて村人の道具を研ぎ、また山へ帰った。
次の四年が過ぎ、喜平は庭先で高い空を見上げていた。もぅ目もよく見えず、手足も効かなかったが、やはりひとり山の中に棲まっていた。不便はひどくなったが、離れる気にはなれなかった。
さわさわと初夏の風が肌をなぶって過ぎる。喜平は花の終わった木に腰を下ろし、千切れた雲がゆるりと流れていく様を見るともなく眺めていた。
「もし、そこなご老人......」
ふと.....風に混じって、涼やかな声が耳に触れた。振り向いた喜平の老いた眼まなこに、少年の姿が映った。
あの男とよく似た面差しが、喜平を見つめていた。腰には、見覚えのある小刀がきらりと光っていた。
「済まないが、城へ来てくれぬか。殿様が...父が、刀を研いで欲しいと仰せなのじゃ」
少年は含羞はにかみながら、だが、しっかりとした口調で言った。
喜平の目から、滴がぽとり、と落ちた。
「俺は、もぅ目も手足もいけない。研いでやれぬ......」
「ならば、俺に教えておくれ。お祖父じじ様.....俺がお祖父じじ様の目になる。手足になるから......さ」
少年は、あの男そっくりに、にぃ......と笑って喜平の手を取った。
「ほんに、馬鹿な伜じゃなぁ.....」
咽ぶように呟きながら、喜平は今一度、空を仰いだ。眩しいほどに蒼かった。
人里離れた山合いに隠れ棲む研師とぎしの喜平のあばら家を、たったひとりで訪ねてくる。
入り口に掛けた薦こもを無造作に廻り上げ、照れたようなばつの悪そうな笑いを口の端に浮かべて、にっ......と笑い、腰の柄物てたを無造作に差し出す。
「済まねぇが、こいつを研いでくれ」
喜平は黙って受け取り、砥石をかける。柄杓の水を掛けながら、丁寧に刃筋を整えていく。その間、男は入口近くの壁にもたれ、じぃっ......と喜平の手元を見詰めている。
「出来たぞ.......」
と声を掛けると、またにぃっ...と笑って大事そうに受けとるのだ。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
最初に、喜平の許を訪れた頃、男はまだ小童こわっぱだった。どこからかふらりとやってきて、喜平の前に如何にもな安っぽい刀を差し出して、唇を尖らせて言った。
「済まねぇが、こいつを研いでくれ」
薄汚い服装なりに、ぼさぼさの頭......刀がその男の物で無いことは一目瞭然に見て取れた。
「戦に行くんだ」
男は研ぎ上がった刀を腰に差し、ふんぞり返って立ち去っていった。が、その鞘の尻は今にも地面に着きそうだった。
二度目に訪れてきた時、男は胴丸を着けていた。頬にも脚絆にも返り血がべっとりと着いていた。ひどい歯零れを丁寧に削り、刃筋を整えてやった。
「死ぬなよ」
背中越しに喜平が言うと、
「死なねぇよ」
入口に突えそうな頭を少し巡らせて答えた。
三度目に来たときには、こざっぱりとした体ていで小袖に袴を着けて、いっぱしに髭を生やしていた。
差し出した刀は以前の物よりも格段に立派で、歯零れはほんの小さなものが一つきりだった。が、血脂の曇りが目についた。
研ぎを待つ間、男は懐から簪かんざしを取り出しては眺め、そわそわと身を揺すっていた。
「嫁をもらうのか?」
と訊くと、
「わからねぇ...」
と照れた顔で笑った。
四度目に来た時には、直垂ひたたれを着て、烏帽子を被っていた。
胡座をかく様も堂にいって、膝元でぐっと握った手はごつごつと節くれだっていたが、喜平の手元を見つめる眼差しは穏やかだった。外に繋いだ馬が、ブルル......と頸を振ると優し気に微笑んだ。
差し出した刀に歯零れは無く、僅かに錆の気配があった。
「抜いていないのか」
と訊くと、
「良いことではないか......」
と笑った。
五度目の春、喜平は、花の時期が終わりかかった頃、家の外に、何やら気配がするのを感じた。
薦を捲って外に出ると、あの男が倒れていた。小袖が血に染まっていた。
喜平は男を家の中に運び入れた。
「済まねぇが、こいつを研いでくれ」
肩で荒い息をしながら、男が差し出した刀は半ばからぽっきりと折れていた。
「悪いが、こいつは無理だ。小刀にするしかねぇ」
喜平は血塗れになった束巻きから男の指を一本ずつ剥がし、自分の寝床に横たえた。
「そうか.....。済まねぇな、無理ばかり言っちまって.....」
そう言って男は静かに笑った。
喜平は何ひとつ問いもせず、三月の間、男を介抱した。
秋の風が吹き始める頃、傷の癒えた男は旅立った。
喜平が拵え直し、美しい小刀に仕立てた上げたそれを腰に差し、再び薦を捲り上げた。
「行くのか」
喜平は涙で目を滲ませながら、男の背中に言った。
「行く」
と男は答えた。
「もう来れないかもしれない......。けど、感謝してるぜ。親父......」
「お前は、馬鹿だ」
絞り出すように呟き、喜平は男に背を向けた。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
それから、また四年が経ち、戦の後に新しい領主が立った.....と人づてに聞いた。
新しい領主は年貢も減らし、村や町の暮らしも以前よりずっと良くなった。
が、山の中にひとり暮らす喜平には、なんの関わりも無かった。
時折、里に降りて村人の道具を研ぎ、また山へ帰った。
次の四年が過ぎ、喜平は庭先で高い空を見上げていた。もぅ目もよく見えず、手足も効かなかったが、やはりひとり山の中に棲まっていた。不便はひどくなったが、離れる気にはなれなかった。
さわさわと初夏の風が肌をなぶって過ぎる。喜平は花の終わった木に腰を下ろし、千切れた雲がゆるりと流れていく様を見るともなく眺めていた。
「もし、そこなご老人......」
ふと.....風に混じって、涼やかな声が耳に触れた。振り向いた喜平の老いた眼まなこに、少年の姿が映った。
あの男とよく似た面差しが、喜平を見つめていた。腰には、見覚えのある小刀がきらりと光っていた。
「済まないが、城へ来てくれぬか。殿様が...父が、刀を研いで欲しいと仰せなのじゃ」
少年は含羞はにかみながら、だが、しっかりとした口調で言った。
喜平の目から、滴がぽとり、と落ちた。
「俺は、もぅ目も手足もいけない。研いでやれぬ......」
「ならば、俺に教えておくれ。お祖父じじ様.....俺がお祖父じじ様の目になる。手足になるから......さ」
少年は、あの男そっくりに、にぃ......と笑って喜平の手を取った。
「ほんに、馬鹿な伜じゃなぁ.....」
咽ぶように呟きながら、喜平は今一度、空を仰いだ。眩しいほどに蒼かった。
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