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種を蒔く
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秋が近づいていた。
温んでいた田の水も少しずつ冷んやりとしてきた。
頭を巡らすと、稲穂の揺れる狭間に薄く白くなった頭が見える。
「爺さま、そんなんむきにならんでも......今年はよぅ出来とるけ.....」
「何を言うとる!」
深い皴の刻まれた目尻がきっ......と吊り上がった。
「今のうちに抜いておかにゃあ。種が方々に散らかって、土の中さ潜って次の年の土が悪うなるわ」
「へぃへぃ.....」
喜助は不服そうに口を歪めて、田の草をぶちぶちと千切った。
「そんなんしたら、いかん! 雑にやると種が拡散してしまう。......花んとこはもそっと静かに摘まむんじゃ!」
うへぇ......と息をつき、喜助は腰を伸ばして天を仰いだ。高く突き抜けるような青の中に、白い雲がぽかりぽかりと浮かんでた。
が、それより遠く視線を投げると、遥かな西の方に白い煙が立ち昇っている。
「どした.....?」
怪訝そうな顔で、老爺が喜助の目線の先を追う。
「煙が立ってる......西の山の方だ」
「おおかた、国境《くにさかい》の砦が落ちたんじゃろ。......あそこはよぅ焼かれるからな」
「爺さま.....」
にべも無い老爺の言葉に、喜助は大きく溜め息をついた。
「戦なんぞばっかりしおって......」
老爺はくるりと背を向けるとまた草を抜き始めた。
都で起きた公方様の身内争いに端を発した戦の火種は、瞬く間にほうぼうに燃え広がり、喜助達の棲む山里まで、落武者が流れてきたこともあった。
―爺さま......俺も手柄を立てたい―
喜助は『お雇い』が来る度に、何度も祖父である老爺に頼み込んだ。が、祖父は頑として首を縦には振らなかった。
―侍なんぞ、碌なもんじゃねぇ.....―
老爺の脇腹には大きな傷がある。若い頃、土地のお代官に駆り出されて、戦に連れていかれた時、侍に切りつけられて死ぬところだったという。
―爺さまは、侍だったのか?―
と問うとえらい勢いで怒鳴られた。
―馬鹿言うでねぇ。俺ぁ人足に駆り出されただけだ。―
そう言って湯冷ましをぐいと口に含んで黙り込むのだった。
―弥兵衛の爺さまは、侍が嫌いだから......―
と近所のお婆やお爺に慰めれたが、喜助にはどうでも合点がいかなかった。
―俺らは、この雑草でえぇんじゃ―
祖父は事ある度に喜助にしつこいくらいに言った。
―踏まれても虐げられても、踏ん張って種を残すんじゃ。人間はなぁ喜助、生きたが勝ちなんじゃ―
事ある毎に繰り返される言葉に辟易していた喜助の耳にとある話が飛び込んできた。
―山向こうの殿様が、兵隊を集めているそうな......お支度金も出るそうな...―
喜助は、その晩、村を出奔した。祖父には何も言わず終いだった。
山向こうの殿様の兵隊になって、戦場《いくさば》に出た。闇雲に槍を振り回し、何度か生き延びた。が、一緒に出奔した向かいの輪平も、隣村の耕三も、死んだ。血塗れで、泥の中に突っ伏して息絶えた。
ある日、『お雇い』された仲間の中でも一番若かった差十郎が、死んだ。まだ十五だった。
昨夜、賜り物の饅頭を半分にして食べたばかりだった。急に戦に出るのが恐くなった。
―人間は、生きたが勝ちじゃ―
祖父の言葉が頭に甦った。大急ぎで支度をして、夜に紛れて陣地を抜け出した。
一晩、二晩、必死に走った。走って走って、里に着いたのは十日の後だった。
「喜助、お前ぇ......」
ようやく里に辿り着いて家の前まで来ると、隣の弥治郎爺やんが、呆れたように喜助を見た。
「お前ぇ、今まで何処行っとったんじゃ?!」
「爺さまは.....?」
と訊くと、瞬時に眉根を寄せて呟くように言った。
「死んだよ.......去年の秋じゃあ。侍が仰山押し掛けてきてな。刈ったばかりの稲を全部持っていっちまった......爺さまはな、その稲を守ろうとして侍に斬られちまった」
「え......?!」
―これだけは、やれん。これは来年の種籾じゃ。これが無うては、稲が作れん。孫が困る......―
弥兵衛は、どうしても、その一束の稲だけは渡さなかったという。田圃に前のめりに突っ伏し、血塗れになっても離さなかったという。
「ほれ、これじゃ....。ほんの一握りじゃが、『喜助が帰ってきたら渡してくれ』と言うとった」
神棚から弥治郎が取り出してきた小さな麻袋の中を覗き込むと、本当にごく僅かな、一つまみほどの籾が、ところどころ赤く染まった籾が大事そうに納められていた。
「爺さま......」
喜助の頬を涙がつたった。
「ほんのこれっぽっちなのに......。ほんのこれっぽっちの種籾のために.......」
弥治郎が、踞った喜助の背中を皴だらけの手で擦った。
「なに、今はこれっぽっちだが、田に植えれば何倍にもなる。お前が生きている間に作り続ければ、何十倍にも何百倍にもなるんじゃ。弥兵衛爺さまのためにも、作ってやらにゃあ......」
喜助は涙をぼろぼろと流しながら頷いた。
喜助は百姓に戻った。何度も田を焼かれ、収穫した稲を奪われた。が、最初に祖父に供えた一握りの種籾から何度も作り直した。
気がつけば戦は終わり、沢山の侍が死んだ。
喜助の田圃は、そんな間にすくすくと稲は育ち、今年も良い出来になった。
喜助は、秋の近づいていた今日もせっせと草を抜き続ける。
つぃ.....と赤トンボがふっくらと実の入った穂先に止まった。
―人間は生きたが、勝ちじゃあ.....―
祖父の笑い声が高い空の何処からか聞こえる気がした。
温んでいた田の水も少しずつ冷んやりとしてきた。
頭を巡らすと、稲穂の揺れる狭間に薄く白くなった頭が見える。
「爺さま、そんなんむきにならんでも......今年はよぅ出来とるけ.....」
「何を言うとる!」
深い皴の刻まれた目尻がきっ......と吊り上がった。
「今のうちに抜いておかにゃあ。種が方々に散らかって、土の中さ潜って次の年の土が悪うなるわ」
「へぃへぃ.....」
喜助は不服そうに口を歪めて、田の草をぶちぶちと千切った。
「そんなんしたら、いかん! 雑にやると種が拡散してしまう。......花んとこはもそっと静かに摘まむんじゃ!」
うへぇ......と息をつき、喜助は腰を伸ばして天を仰いだ。高く突き抜けるような青の中に、白い雲がぽかりぽかりと浮かんでた。
が、それより遠く視線を投げると、遥かな西の方に白い煙が立ち昇っている。
「どした.....?」
怪訝そうな顔で、老爺が喜助の目線の先を追う。
「煙が立ってる......西の山の方だ」
「おおかた、国境《くにさかい》の砦が落ちたんじゃろ。......あそこはよぅ焼かれるからな」
「爺さま.....」
にべも無い老爺の言葉に、喜助は大きく溜め息をついた。
「戦なんぞばっかりしおって......」
老爺はくるりと背を向けるとまた草を抜き始めた。
都で起きた公方様の身内争いに端を発した戦の火種は、瞬く間にほうぼうに燃え広がり、喜助達の棲む山里まで、落武者が流れてきたこともあった。
―爺さま......俺も手柄を立てたい―
喜助は『お雇い』が来る度に、何度も祖父である老爺に頼み込んだ。が、祖父は頑として首を縦には振らなかった。
―侍なんぞ、碌なもんじゃねぇ.....―
老爺の脇腹には大きな傷がある。若い頃、土地のお代官に駆り出されて、戦に連れていかれた時、侍に切りつけられて死ぬところだったという。
―爺さまは、侍だったのか?―
と問うとえらい勢いで怒鳴られた。
―馬鹿言うでねぇ。俺ぁ人足に駆り出されただけだ。―
そう言って湯冷ましをぐいと口に含んで黙り込むのだった。
―弥兵衛の爺さまは、侍が嫌いだから......―
と近所のお婆やお爺に慰めれたが、喜助にはどうでも合点がいかなかった。
―俺らは、この雑草でえぇんじゃ―
祖父は事ある度に喜助にしつこいくらいに言った。
―踏まれても虐げられても、踏ん張って種を残すんじゃ。人間はなぁ喜助、生きたが勝ちなんじゃ―
事ある毎に繰り返される言葉に辟易していた喜助の耳にとある話が飛び込んできた。
―山向こうの殿様が、兵隊を集めているそうな......お支度金も出るそうな...―
喜助は、その晩、村を出奔した。祖父には何も言わず終いだった。
山向こうの殿様の兵隊になって、戦場《いくさば》に出た。闇雲に槍を振り回し、何度か生き延びた。が、一緒に出奔した向かいの輪平も、隣村の耕三も、死んだ。血塗れで、泥の中に突っ伏して息絶えた。
ある日、『お雇い』された仲間の中でも一番若かった差十郎が、死んだ。まだ十五だった。
昨夜、賜り物の饅頭を半分にして食べたばかりだった。急に戦に出るのが恐くなった。
―人間は、生きたが勝ちじゃ―
祖父の言葉が頭に甦った。大急ぎで支度をして、夜に紛れて陣地を抜け出した。
一晩、二晩、必死に走った。走って走って、里に着いたのは十日の後だった。
「喜助、お前ぇ......」
ようやく里に辿り着いて家の前まで来ると、隣の弥治郎爺やんが、呆れたように喜助を見た。
「お前ぇ、今まで何処行っとったんじゃ?!」
「爺さまは.....?」
と訊くと、瞬時に眉根を寄せて呟くように言った。
「死んだよ.......去年の秋じゃあ。侍が仰山押し掛けてきてな。刈ったばかりの稲を全部持っていっちまった......爺さまはな、その稲を守ろうとして侍に斬られちまった」
「え......?!」
―これだけは、やれん。これは来年の種籾じゃ。これが無うては、稲が作れん。孫が困る......―
弥兵衛は、どうしても、その一束の稲だけは渡さなかったという。田圃に前のめりに突っ伏し、血塗れになっても離さなかったという。
「ほれ、これじゃ....。ほんの一握りじゃが、『喜助が帰ってきたら渡してくれ』と言うとった」
神棚から弥治郎が取り出してきた小さな麻袋の中を覗き込むと、本当にごく僅かな、一つまみほどの籾が、ところどころ赤く染まった籾が大事そうに納められていた。
「爺さま......」
喜助の頬を涙がつたった。
「ほんのこれっぽっちなのに......。ほんのこれっぽっちの種籾のために.......」
弥治郎が、踞った喜助の背中を皴だらけの手で擦った。
「なに、今はこれっぽっちだが、田に植えれば何倍にもなる。お前が生きている間に作り続ければ、何十倍にも何百倍にもなるんじゃ。弥兵衛爺さまのためにも、作ってやらにゃあ......」
喜助は涙をぼろぼろと流しながら頷いた。
喜助は百姓に戻った。何度も田を焼かれ、収穫した稲を奪われた。が、最初に祖父に供えた一握りの種籾から何度も作り直した。
気がつけば戦は終わり、沢山の侍が死んだ。
喜助の田圃は、そんな間にすくすくと稲は育ち、今年も良い出来になった。
喜助は、秋の近づいていた今日もせっせと草を抜き続ける。
つぃ.....と赤トンボがふっくらと実の入った穂先に止まった。
―人間は生きたが、勝ちじゃあ.....―
祖父の笑い声が高い空の何処からか聞こえる気がした。
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