種を蒔く

葛城 惶

文字の大きさ
3 / 4

帰郷

しおりを挟む
 「う~ん」

 苔むした石段を上がると、青々とした樹叢が視界いっぱいに拡がる。俺はひとしきり伸びをして、石段に積もった枯れ葉を払い、どっかと腰を降ろす。
 あたりには、人の気配は無い。背中に背負った竹皮の包みを開き、握り飯を頬張る。


 眼下に見下ろす集落には、まだ幾らかの人間は残っているだろうか......。
 この社から少し歩いた集落に、俺は生まれた。すぐ傍らの小川の脇には大きな桜の木があった。花の時期には皆で集まって花見をした。童達は皆、笹舟を作って競いあった。

 竹筒の水筒を取り出し、水を含む。谷あいの滝の水は、いつも冷たくて美味かった。
 ごろり......と土の上に寝転がると、色褪せた鳥居と、それを押し包むように繁った木々が、どんよりとした空を隠していた。眼を瞑り、ふぅ.......と息をつく。

 親父は早くに亡くなった。お袋も十の歳には死んだ。小さかった弟妹を置いて、俺は里を出た。親戚も貧しく、育ち盛りの子供を三人も面倒みきれる甲斐性など、あるわけがなかった。
 俺は村長に頼み込み、町場に出稼ぎに出た。幸いにも馬喰の仕事にありついて、少しも稼げるようになった頃、あちこちで、戦が始まった。

 俺も馬を牽いていた時、山の中で侍達に出くわし、危うく殺されかけた。けれど、物好きなお殿様に山道を案内した褒美に、下働きに使ってもらえることになった。

 五年経ち、十年経った。
 俺は懸命に働き、上役にも可愛がられた。
 殿様が都に登ることになり、俺も付いていくように言われた。
―侍にならないか。―
 と言われた。けれど、俺は首を振った。

―お暇をください―

 願い出た俺に、上役はカンカンに怒った。
 けれど、俺は知っていた。少し前に里が焼き討ちにあったこと。焼き討ちしたのは、殿様の配下の侍だったこと。
 それを聞いた時、俺は怒りに震えた。俺を可愛がってくれた殿様や上役が憎くてたまらなくなった。
 俺は黙ってお城を抜け出し、里へと向かった。 

 久しぶりに帰ってきた里......だけど俺は、その中に入っていく勇気は無かった。里の人の骸を、弟や妹たの骸を見るのではないかと思うと、怖くて怖くて仕方が無かった。
 いや、みんなが無事に生きていたとしても、俺は里に火をかけた殿様の配下だ。合わせる顔などあるわけがない

 里の鎮守の稲荷さまの山に登り、里をじっと見つめた。歩けば一里も無いはずなのに、遠く遠く思えた。

―おや、十郎兵衛じゃ......―
―十郎兵衛じゃ.....―

 ふと気がつくと、耳許でひそひそと囁く声がした。

―妖かし.....?―

 俺は身を固くして、耳を澄ました。くすくす......と子どものような笑い声がした。

―帰ってきよったか―
―きよったか―

 薄目を開けてあたりを伺う。が、視界に見えるのは、濃い緑の葉陰とキラキラと揺れる木漏れ日だけだった。

―里が恋しゅうて戻ったか.....―
―いや、恋しいのは里ではあるまい.....―

 童のようなその声は、揶揄するように耳許で囁いた。

―十郎兵衛は臆病者じゃて.....―
―臆病者じゃて......―

 つんつん......と何かが頬を突っついた。

―俺は臆病者じゃねぇ!―

 と、がばりと起き上がろうとしたが、身体が動かない。声も出ない。......と、頭上からふぅわりと優しい風が吹き、さやさやと葉ずれの音に混じって、綺麗な女の声がした。

―これ、お前達、止めなさい。十郎兵衛は臆病ではない。自分の大切なものが何かを知っているだけじゃ......―

―でも......―
―でも......―

と童のような声が応える。

―心配はいりませんよ......―

 かろうじて、もう少し眼を開くと、頭上に眩しい光の塊《かたまり》がふわふわと大きくなったり、小さくなったりして揺れていた。勇気を出して、もう少し視線を下げると、ふっくらふさふさとした尻尾が右と左でぶんぶん揺れていた。

―き、きつね....?―

 俺を見下ろしていたのは真ん丸な目の小狐だった。
 小狐どもは、うふふ、うふふと笑って言った。

―もう来るかな?―
―来る頃じゃ―

 
 何が来るんだ、鬼か?―俺は、覆い被さる小狐どもを振り払い、渾身の力を込めて立ち上がった。

「じゅうろべ兄《あに》さん......!」

 立ち上がった俺の眼に入ったのは、鬼じゃなかった。ふっくらとした紅い頬をした娘っこ。もしや隣の家の、幼なじみの......

「おたね...ちゃん?」

「そうじゃ。おたねじゃ。あぁ、本当にじゅうろべ兄《あに》さんじゃ......」

 ぱんぱん、と勢い良く、俺の肩やら背中やら叩きながら、娘っこはほろほろ涙を流して言った。

「......お願いしとったんじゃ。ずうっと、ずうっと...!!兄《あに》さんが、帰ってきますよぅに.....て」

 娘っこ......おたねは、一気呵成に言うと、俺の袖を掴んでぐいぐい引っ張った。

「みんな待っとるで。家さ帰ろう!」

「みんなって?」

「皆んなは皆んなや....佐吉も、お加代も待っとるで...さぁさぁ......」

 俺は、娘っこに手を引かれて石段を駆け降りた。束ね髪が揺れて、キラキラ光を弾いて、とても眩しかった。


―――――――

 「やれ気の毒なことじゃのぅ......」

 旅姿の僧は眼を伏せると、はや骸となった男の傍らにしゃがみ、手を合わせた。

 焼き払われた里近く、稲荷の社に辿り着いた時、男の寿命は尽きていた。苔むした石段に寄りかかり、横たわる骸骨。その頬が仄かに微笑んでいるように見えたのは、早い春の柔らな陽差しの見せた幻....かもしれない。

 眼下に拡がる青垣の中、不如帰ほととぎすの幽かな音色が風に零れた。








 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

童話短編集

木野もくば
児童書・童話
一話完結の物語をまとめています。

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...