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十
しおりを挟む秋も深まり、野外から近くの寺に陣屋を構えるようになって十日余りが過ぎていた。
佐竹からの文は、その頻度も少なくはなったが、やはりほつりほつりと盛隆の手元に届いていた。
文面は戦のことなど忘れたように常陸の秋の様などが記され、ーぜひ一度見せたいーと必ずのように締められていた。他国に行くなど叶うはずもないことだが、義重の言う、ー黄金の穂が広い田に波のようにように揺れるー
その様は見てみたいと思った。
盛隆は海というものを見たことが無かった。猪苗代の湖よりもっと広いというその『海』というものを見てみたいと思った。
ー叶うはずも無いが...ー
結城達の状況も変わった様子もなく、所在なく雪花がちらほらと舞い始めた空を眺める盛隆の元に、金上がほっとした表情で走り寄ってきた。
「事が成りましたぞ」
開口一番、告げられた言葉に、盛隆は一瞬、戸惑いを隠せなかった。
「佐竹殿が軍を引くことに同意なされました」
「義重殿が?」
金上が深く頷いて言葉を続けるには、田村・結城・向山羽黒の諸将とも図り、佐竹の副将、義久に停戦を持ち掛けた結果、合意を得た、という。
「佐竹義重公のご子息、喝食丸さまをご養子に向かえ白河結城の跡目とすることで合意をいただきました」
本来的に白河結城には単独で城を維持する力は無い。むしろ佐竹の子息を迎え、佐竹を後ろ楯にすることを結城義親は選んだのだ。
「我が軍も早々に国許に立ち戻るよう、ご指示をくださりませ」
「わかった......」
安堵の表情を浮かべる盛隆の面に、わずかに寂しげな色が浮かんだ。
ーやはり......ー
金上は気づかぬ振りをして、今ひとつの提案を盛隆に告げた。
「この近くの山合に良き湯が沸いているそうにございます。傷にもよう効くとか......。是非にも戦の疲れを癒して帰られますよう、と結城殿が申しておられました」
「湯か......だが、皆も疲れているのに、私だけというのも」
渋る盛隆に金上が畳みかけるように言った。
「結城殿のお気遣いでございます。ここより歩いても小半時ほどで行ける場所と伺っております」
「そうか......ならば甘えさせてもらうか」
盛隆が遠慮がちながら同意すると、金上はそそくさと支度をさせ、盛隆の近習となっていた自身の息子と子飼いの手練れの者をつけて盛隆を送り出し、ほうっと息をついた。
佐竹義久との交渉のうちで最も肝要な部分だった。
ー戦場を離れておふたりでゆっくり向き合える場を設けるー
年甲斐もなく恋に胸をときめかせる主に頭を痛めていた佐竹の執事の苦肉の策だった。金上は速やかにこれに同意した。
ー盛隆さまは、傾国......ー
本人がそうと意識していなくても、いや意識していないからこそ、心奪われた男を誑し込むことは難しくはない。佐竹義重を懐柔できれば、蘆名の大きな後ろ楯になる。伊達に忍従を強いられてきた南奥州に新たな息を吹き込むことが出来る。
蘆名の執事、金上盛備の抱いた大きな秘策だった。
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