みだれそめにし~私見 蘆名盛隆伝~

葛城 惶

文字の大きさ
10 / 27

しおりを挟む
 
 秋も深まり、野外から近くの寺に陣屋を構えるようになって十日余りが過ぎていた。
 佐竹からの文は、その頻度も少なくはなったが、やはりほつりほつりと盛隆の手元に届いていた。
 文面は戦のことなど忘れたように常陸の秋の様などが記され、ーぜひ一度見せたいーと必ずのように締められていた。他国に行くなど叶うはずもないことだが、義重の言う、ー黄金の穂が広い田に波のようにように揺れるー
その様は見てみたいと思った。
 盛隆は海というものを見たことが無かった。猪苗代の湖よりもっと広いというその『海』というものを見てみたいと思った。

ー叶うはずも無いが...ー

 結城達の状況も変わった様子もなく、所在なく雪花がちらほらと舞い始めた空を眺める盛隆の元に、金上がほっとした表情で走り寄ってきた。

「事が成りましたぞ」

 開口一番、告げられた言葉に、盛隆は一瞬、戸惑いを隠せなかった。

「佐竹殿が軍を引くことに同意なされました」

「義重殿が?」

 金上が深く頷いて言葉を続けるには、田村・結城・向山羽黒の諸将とも図り、佐竹の副将、義久に停戦を持ち掛けた結果、合意を得た、という。

「佐竹義重公のご子息、喝食丸さまをご養子に向かえ白河結城の跡目とすることで合意をいただきました」

 本来的に白河結城には単独で城を維持する力は無い。むしろ佐竹の子息を迎え、佐竹を後ろ楯にすることを結城義親は選んだのだ。

「我が軍も早々に国許に立ち戻るよう、ご指示をくださりませ」

「わかった......」

 安堵の表情を浮かべる盛隆の面に、わずかに寂しげな色が浮かんだ。

ーやはり......ー

 金上は気づかぬ振りをして、今ひとつの提案を盛隆に告げた。

「この近くの山合に良き湯が沸いているそうにございます。傷にもよう効くとか......。是非にも戦の疲れを癒して帰られますよう、と結城殿が申しておられました」

「湯か......だが、皆も疲れているのに、私だけというのも」

 渋る盛隆に金上が畳みかけるように言った。

「結城殿のお気遣いでございます。ここより歩いても小半時こはんときほどで行ける場所と伺っております」

「そうか......ならば甘えさせてもらうか」

 盛隆が遠慮がちながら同意すると、金上はそそくさと支度をさせ、盛隆の近習となっていた自身の息子と子飼いの手練れの者をつけて盛隆を送り出し、ほうっと息をついた。

 佐竹義久との交渉のうちで最も肝要な部分だった。

ー戦場を離れておふたりでゆっくり向き合える場を設けるー

 年甲斐もなく恋に胸をときめかせる主に頭を痛めていた佐竹の執事の苦肉の策だった。金上は速やかにこれに同意した。

ー盛隆さまは、傾国......ー

 本人がそうと意識していなくても、いや意識していないからこそ、心奪われた男をたらし込むことは難しくはない。佐竹義重を懐柔できれば、蘆名の大きな後ろ楯になる。伊達に忍従を強いられてきた南奥州に新たな息を吹き込むことが出来る。

 蘆名の執事、金上盛備の抱いた大きな秘策だった。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...