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戦場は相変わらず硬直していた。
実際にはこの時代の合戦では珍しいことではなく、せんだって激戦となった川中島でも、それ以前の戦闘においては半年ほども睨み合いが続いていたという。
冬になり雪が降り始めれば、どちらからともなく兵を引く。それが当代の戦の慣わしだった。
ただ、いつもの合戦と様相が違うのは......。
文が届くのだ。
しかも毎日のように。
大将である蘆名盛隆に宛てて、敵方の大将である佐竹義重から。
さすがに訝しく思った側近の金上盛備は、意を決して盛隆に、傍らに積み重ねられた文を見せて欲しい、と申し出た。
「停戦か、降伏の勧告ですか?」
と問うと、盛隆は困ったような顔をして小さく頷いた。
「拝見したい」
躊躇いがちにその文を差し出したその文の内容を見て、金上は呆気に取られた。
『あなたの美しい姿をいつまでも見ていたいとは思うが、いつか誰かに傷を負わされるのではないかと気が気ではない』
『早く里に返して差し上げたいが、その姿を見れなくなると思うと些か寂しい気もするし、里でどなたかが待ち焦がれているかと思うと胸が焼ける気がする』
『ここのところ、急に冷え込んできたが、風邪など召されてはいないか。たかが結城のためにいたずらに兵を動かすのは気が進まないが、そなたの姿を見たいとも思うて迷っている』
『戦の最中というのに、そなたと酒など酌み交わしてじっくり語り合えたらどれほど楽しかろうかと夜毎、そちらの陣営の篝火を眺めている』
等々......。
「恋文ではありませぬか、これは」
呆れて文に目を凝らす金上に盛隆も深い溜め息を洩らした。
「一度始めてしまった戦だ。家臣達の手前もある。私情で止めるわけにもいかぬ、と再三返事はしておるのだが.....」
盛隆の口からふぅ.....と重い息が零れる。金上はこの一月余りの戦況を思い浮かべた。
金上は田村や結城本隊に小競り合いを仕掛けても、蘆名隊を素通りするような佐竹の軍の運びに不可解さを拭えずにいた。盛隆が若輩ゆえ甘く見ているのかとも思った。しかし、こちらから仕掛けると叩きのめされる。
認めたくはないが、自軍の足並みは決して揃っているとは言えない。殊に田村は蘆名や結城の兵力が目減りすることを目論んでいるふしさえある。
そして、今ひとつ。
困ったと言いながら、佐竹からの文を見る盛隆の表情が心無しか嬉しそうに見えたのだ。
実際の内容を見て、金上にはやっとその理由が見て取れた。
ー盛隆さまも、義重殿を憎からず思っておられる......ー
容姿を褒めるだけではない。体調を気遣い、また陣中での気の配り方、敵との交戦時の助言など、事細かに記されていた。それも、盛隆を見ていなければ分からないような、手傷の具合を気に書けるような記述さえあった。しかも盛隆に傷を負わせたものは厳重に処罰したというのだ。
人から優しく気遣かわれることの少ない盛隆には沁みる言葉だ。義兄の盛興を亡くして、当主となってからは殊に盛隆に向けられる視線は厳しく冷たかった。
金上は思いあぐねた。が、この戦を長引かせたところで、蘆名にとって格段の得があるわけではない。むしろいたずらに兵糧を消費するのは好むところでは無かった。雪が本格的に降り始めれば、行軍も困難なことになる。
「私にお任せくださいますか?」
金上は動かない戦況を前に頭を抱える盛隆に意を決して申し出た。
未だ知謀というものに慣れない若い当主はこっくりと頷いた。
実際にはこの時代の合戦では珍しいことではなく、せんだって激戦となった川中島でも、それ以前の戦闘においては半年ほども睨み合いが続いていたという。
冬になり雪が降り始めれば、どちらからともなく兵を引く。それが当代の戦の慣わしだった。
ただ、いつもの合戦と様相が違うのは......。
文が届くのだ。
しかも毎日のように。
大将である蘆名盛隆に宛てて、敵方の大将である佐竹義重から。
さすがに訝しく思った側近の金上盛備は、意を決して盛隆に、傍らに積み重ねられた文を見せて欲しい、と申し出た。
「停戦か、降伏の勧告ですか?」
と問うと、盛隆は困ったような顔をして小さく頷いた。
「拝見したい」
躊躇いがちにその文を差し出したその文の内容を見て、金上は呆気に取られた。
『あなたの美しい姿をいつまでも見ていたいとは思うが、いつか誰かに傷を負わされるのではないかと気が気ではない』
『早く里に返して差し上げたいが、その姿を見れなくなると思うと些か寂しい気もするし、里でどなたかが待ち焦がれているかと思うと胸が焼ける気がする』
『ここのところ、急に冷え込んできたが、風邪など召されてはいないか。たかが結城のためにいたずらに兵を動かすのは気が進まないが、そなたの姿を見たいとも思うて迷っている』
『戦の最中というのに、そなたと酒など酌み交わしてじっくり語り合えたらどれほど楽しかろうかと夜毎、そちらの陣営の篝火を眺めている』
等々......。
「恋文ではありませぬか、これは」
呆れて文に目を凝らす金上に盛隆も深い溜め息を洩らした。
「一度始めてしまった戦だ。家臣達の手前もある。私情で止めるわけにもいかぬ、と再三返事はしておるのだが.....」
盛隆の口からふぅ.....と重い息が零れる。金上はこの一月余りの戦況を思い浮かべた。
金上は田村や結城本隊に小競り合いを仕掛けても、蘆名隊を素通りするような佐竹の軍の運びに不可解さを拭えずにいた。盛隆が若輩ゆえ甘く見ているのかとも思った。しかし、こちらから仕掛けると叩きのめされる。
認めたくはないが、自軍の足並みは決して揃っているとは言えない。殊に田村は蘆名や結城の兵力が目減りすることを目論んでいるふしさえある。
そして、今ひとつ。
困ったと言いながら、佐竹からの文を見る盛隆の表情が心無しか嬉しそうに見えたのだ。
実際の内容を見て、金上にはやっとその理由が見て取れた。
ー盛隆さまも、義重殿を憎からず思っておられる......ー
容姿を褒めるだけではない。体調を気遣い、また陣中での気の配り方、敵との交戦時の助言など、事細かに記されていた。それも、盛隆を見ていなければ分からないような、手傷の具合を気に書けるような記述さえあった。しかも盛隆に傷を負わせたものは厳重に処罰したというのだ。
人から優しく気遣かわれることの少ない盛隆には沁みる言葉だ。義兄の盛興を亡くして、当主となってからは殊に盛隆に向けられる視線は厳しく冷たかった。
金上は思いあぐねた。が、この戦を長引かせたところで、蘆名にとって格段の得があるわけではない。むしろいたずらに兵糧を消費するのは好むところでは無かった。雪が本格的に降り始めれば、行軍も困難なことになる。
「私にお任せくださいますか?」
金上は動かない戦況を前に頭を抱える盛隆に意を決して申し出た。
未だ知謀というものに慣れない若い当主はこっくりと頷いた。
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