8 / 27
八
しおりを挟む
「ん?」
佐竹義重は、ふと目を細めた。
白河城の攻防が続くなか、田村と蘆名の軍が西から加勢に軍を派遣したという報告は既に届いていた。
谷津田川を挟んで、白河城を庇うように布陣した蘆名の軍にふと違和感を覚えたのだ。
「蘆名盛興は病でみまかったと聞いたが...」
「さようにございます」
義重の問いに傍らに控えていた佐竹義久が主の問いに頷いた。
「では、あれはなんだ?」
川向こう、蘆名の陣営の中央に陣取っているのは、見覚えのある盛氏の甲冑ではなく、義重の記憶が確かなら、先の合戦で盛氏の傍らにいたその息子、盛興のものだった。
よく見れば、盛氏らしき姿も無い。
「おそらくは.....先頃、跡目を継いだご養子、盛隆どのではないかと.....」
「二階堂の倅か.....」
見れば緊張しているのだろう、膝の上でしきりと手を擦っている。傍らに盛氏の腹心、金上盛備がいる養子を見れば、蘆名の陣営の中心であることに間違いない。
ー初の大将か.....ー
義重は小さく口を歪めた。本来的にこの戦の総大将は白河結城の義親だ。田村と向山羽黒、蘆名は援軍に過ぎない。だが、義親の軍は度重なる戦で疲弊しているはずだ。
「田村から潰せ」
義重は、冷ややかに言い放ち、|床几
《しょうぎ》から立ち上がった。毛虫と呼ばれる独特の毛の房のついた兜を被り、きつく緒を締める。
ーまずは、小僧に合戦の作法を見せてやらずばなるまいのうー
この時代、戦においては後の世に伝わる総力戦の戦はほとんど無い。あらかたは川などを挟んでの両陣営の睨み合い、徒士の下級兵士の槍の応酬、時に将兵が刃を交わすことはあっても、全ての兵が動くわけでは無かった。
特に、この奥州においては、ほとんどが元を辿れば親族ということもあり、殲滅戦のような戦は行われていなかった。ほどほどに打撃を与えて退却を促すのだ。
「行くぞ」
義重は黒鹿毛の愛馬に跨がり、愛用の八文字長義を高く振りかざした。
佐竹義重は二つ名を板東太郎、鬼義重と呼ばれる剛の者である。先の戦では北条方の武者を馬上で真っ二つに切り伏せたという逸話まであった。
その義重が、先頭を切って刀を振りかざして突進してきたのだ。
田村氏の陣営は瞬く間に崩れた。結城、羽黒の軍勢も向かっては来るものの、尻込みをしているのがあからさまに見て取れた。
ー手応えが無いのぅ...ー
と、その時だった。左手の奥から一気に突進してくる騎馬が目に入った。
葦毛の馬の背で刀を振りかざしているのは、間違いなく、蘆名の陣営の中央にいたあの青年だった。
ー面白い......ー
義重はニヤリと口元を歪めた。
「会津蘆名が大将、平四郎盛隆、参る!」
高らかに名乗りを上げるその声は意外にも鈴を転がすようにまろやかだった。
「鬼義重と知って挑むか、ならば一手お相手つかまつろう」
まずは打ち出してくる一刀を刀の背で軽く交わす。だが、怯むこと無く打ち込んでくる気概は他の雑多な将より遥かに手応えがあった。が、所詮は若年だ。義重の刀捌きには到底及ぶものではない。
ー頃合いか......ー
義重はすっ...と刀を薙いだ。青年の兜の緒がふつりと切れ、兜はあっけなく地に落ち、下から青年の顔が顕になった。その面差しを見た義重は、はっと息を呑んだ。
雪の如く白い肌に紅く紅を差したような形のよい唇。切れ長の黒目がちの瞳で自分を睨みつけ、艶やかな黒髪を乱してなおも切り込んでくる青年はあまりにも美しく、その所作は妖艶にすら見えた。
「命を無駄にするな、御曹司」
義重は、青年の刀を擦り上げ、突き放した。怯む間に素早く馬の首を返す。傍らから脇将らしき武者が馬を走らせてきている。討たれることは無いだろう。
「いずれまた会おう、盛隆殿」
馬に鞭を入れ、兵卒に退却を命じ、早々に自陣へと駈け戻る。田村陣営への打撃は十分だった。
ーどうしたというのだー
あの青年に睨まれてより、早鐘を打つように胸が高鳴っていた。川を渡り終え振り返ると端正な面差しがまだ悔しげにこちらを見ていた。
そのさまに我れ知らず、顔が緩むのを感じた。
ーまさか、のぅ......ー
戦場の只中でおぼえた、恋のときめきだった。
佐竹義重は、ふと目を細めた。
白河城の攻防が続くなか、田村と蘆名の軍が西から加勢に軍を派遣したという報告は既に届いていた。
谷津田川を挟んで、白河城を庇うように布陣した蘆名の軍にふと違和感を覚えたのだ。
「蘆名盛興は病でみまかったと聞いたが...」
「さようにございます」
義重の問いに傍らに控えていた佐竹義久が主の問いに頷いた。
「では、あれはなんだ?」
川向こう、蘆名の陣営の中央に陣取っているのは、見覚えのある盛氏の甲冑ではなく、義重の記憶が確かなら、先の合戦で盛氏の傍らにいたその息子、盛興のものだった。
よく見れば、盛氏らしき姿も無い。
「おそらくは.....先頃、跡目を継いだご養子、盛隆どのではないかと.....」
「二階堂の倅か.....」
見れば緊張しているのだろう、膝の上でしきりと手を擦っている。傍らに盛氏の腹心、金上盛備がいる養子を見れば、蘆名の陣営の中心であることに間違いない。
ー初の大将か.....ー
義重は小さく口を歪めた。本来的にこの戦の総大将は白河結城の義親だ。田村と向山羽黒、蘆名は援軍に過ぎない。だが、義親の軍は度重なる戦で疲弊しているはずだ。
「田村から潰せ」
義重は、冷ややかに言い放ち、|床几
《しょうぎ》から立ち上がった。毛虫と呼ばれる独特の毛の房のついた兜を被り、きつく緒を締める。
ーまずは、小僧に合戦の作法を見せてやらずばなるまいのうー
この時代、戦においては後の世に伝わる総力戦の戦はほとんど無い。あらかたは川などを挟んでの両陣営の睨み合い、徒士の下級兵士の槍の応酬、時に将兵が刃を交わすことはあっても、全ての兵が動くわけでは無かった。
特に、この奥州においては、ほとんどが元を辿れば親族ということもあり、殲滅戦のような戦は行われていなかった。ほどほどに打撃を与えて退却を促すのだ。
「行くぞ」
義重は黒鹿毛の愛馬に跨がり、愛用の八文字長義を高く振りかざした。
佐竹義重は二つ名を板東太郎、鬼義重と呼ばれる剛の者である。先の戦では北条方の武者を馬上で真っ二つに切り伏せたという逸話まであった。
その義重が、先頭を切って刀を振りかざして突進してきたのだ。
田村氏の陣営は瞬く間に崩れた。結城、羽黒の軍勢も向かっては来るものの、尻込みをしているのがあからさまに見て取れた。
ー手応えが無いのぅ...ー
と、その時だった。左手の奥から一気に突進してくる騎馬が目に入った。
葦毛の馬の背で刀を振りかざしているのは、間違いなく、蘆名の陣営の中央にいたあの青年だった。
ー面白い......ー
義重はニヤリと口元を歪めた。
「会津蘆名が大将、平四郎盛隆、参る!」
高らかに名乗りを上げるその声は意外にも鈴を転がすようにまろやかだった。
「鬼義重と知って挑むか、ならば一手お相手つかまつろう」
まずは打ち出してくる一刀を刀の背で軽く交わす。だが、怯むこと無く打ち込んでくる気概は他の雑多な将より遥かに手応えがあった。が、所詮は若年だ。義重の刀捌きには到底及ぶものではない。
ー頃合いか......ー
義重はすっ...と刀を薙いだ。青年の兜の緒がふつりと切れ、兜はあっけなく地に落ち、下から青年の顔が顕になった。その面差しを見た義重は、はっと息を呑んだ。
雪の如く白い肌に紅く紅を差したような形のよい唇。切れ長の黒目がちの瞳で自分を睨みつけ、艶やかな黒髪を乱してなおも切り込んでくる青年はあまりにも美しく、その所作は妖艶にすら見えた。
「命を無駄にするな、御曹司」
義重は、青年の刀を擦り上げ、突き放した。怯む間に素早く馬の首を返す。傍らから脇将らしき武者が馬を走らせてきている。討たれることは無いだろう。
「いずれまた会おう、盛隆殿」
馬に鞭を入れ、兵卒に退却を命じ、早々に自陣へと駈け戻る。田村陣営への打撃は十分だった。
ーどうしたというのだー
あの青年に睨まれてより、早鐘を打つように胸が高鳴っていた。川を渡り終え振り返ると端正な面差しがまだ悔しげにこちらを見ていた。
そのさまに我れ知らず、顔が緩むのを感じた。
ーまさか、のぅ......ー
戦場の只中でおぼえた、恋のときめきだった。
0
あなたにおすすめの小説
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる