みだれそめにし~私見 蘆名盛隆伝~

葛城 惶

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「ん?」

 佐竹義重は、ふと目を細めた。
 白河城の攻防が続くなか、田村と蘆名の軍が西から加勢に軍を派遣したという報告は既に届いていた。
 谷津田川を挟んで、白河城を庇うように布陣した蘆名の軍にふと違和感を覚えたのだ。

「蘆名盛興は病でみまかったと聞いたが...」

「さようにございます」

 義重の問いに傍らに控えていた佐竹義久が主の問いに頷いた。

「では、あれはなんだ?」

 川向こう、蘆名の陣営の中央に陣取っているのは、見覚えのある盛氏の甲冑ではなく、義重の記憶が確かなら、先の合戦で盛氏の傍らにいたその息子、盛興のものだった。
 よく見れば、盛氏らしき姿も無い。

「おそらくは.....先頃、跡目を継いだご養子、盛隆どのではないかと.....」

「二階堂の倅か.....」

 見れば緊張しているのだろう、膝の上でしきりと手を擦っている。傍らに盛氏の腹心、金上盛備がいる養子を見れば、蘆名の陣営の中心であることに間違いない。

ー初の大将か.....ー

 義重は小さく口を歪めた。本来的にこの戦の総大将は白河結城の義親だ。田村と向山羽黒、蘆名は援軍に過ぎない。だが、義親の軍は度重なる戦で疲弊しているはずだ。

「田村から潰せ」

 義重は、冷ややかに言い放ち、|床几
《しょうぎ》から立ち上がった。毛虫と呼ばれる独特の毛の房のついた兜を被り、きつく緒を締める。

ーまずは、小僧に合戦の作法を見せてやらずばなるまいのうー

 
 この時代、戦においては後の世に伝わる総力戦の戦はほとんど無い。あらかたは川などを挟んでの両陣営の睨み合い、徒士の下級兵士の槍の応酬、時に将兵が刃を交わすことはあっても、全ての兵が動くわけでは無かった。
 特に、この奥州においては、ほとんどが元を辿れば親族ということもあり、殲滅戦のような戦は行われていなかった。ほどほどに打撃を与えて退却を促すのだ。


「行くぞ」

 義重は黒鹿毛の愛馬に跨がり、愛用の八文字長義を高く振りかざした。
 佐竹義重は二つ名を板東太郎、鬼義重と呼ばれる剛の者である。先の戦では北条方の武者を馬上で真っ二つに切り伏せたという逸話まであった。
 その義重が、先頭を切って刀を振りかざして突進してきたのだ。

 田村氏の陣営は瞬く間に崩れた。結城、羽黒の軍勢も向かっては来るものの、尻込みをしているのがあからさまに見て取れた。

ー手応えが無いのぅ...ー

と、その時だった。左手の奥から一気に突進してくる騎馬が目に入った。
葦毛の馬の背で刀を振りかざしているのは、間違いなく、蘆名の陣営の中央にいたあの青年だった。

ー面白い......ー

 義重はニヤリと口元を歪めた。

「会津蘆名が大将、平四郎盛隆、参る!」

 高らかに名乗りを上げるその声は意外にも鈴を転がすようにまろやかだった。

「鬼義重と知って挑むか、ならば一手お相手つかまつろう」

 まずは打ち出してくる一刀を刀の背で軽く交わす。だが、怯むこと無く打ち込んでくる気概は他の雑多な将より遥かに手応えがあった。が、所詮は若年だ。義重の刀捌きには到底及ぶものではない。

ー頃合いか......ー

 義重はすっ...と刀を薙いだ。青年の兜の緒がふつりと切れ、兜はあっけなく地に落ち、下から青年の顔が顕になった。その面差しを見た義重は、はっと息を呑んだ。
 雪の如く白い肌に紅く紅を差したような形のよい唇。切れ長の黒目がちの瞳で自分を睨みつけ、艶やかな黒髪を乱してなおも切り込んでくる青年はあまりにも美しく、その所作は妖艶にすら見えた。

「命を無駄にするな、御曹司」

 義重は、青年の刀を擦り上げ、突き放した。怯む間に素早く馬の首を返す。傍らから脇将らしき武者が馬を走らせてきている。討たれることは無いだろう。

「いずれまた会おう、盛隆殿」

 馬に鞭を入れ、兵卒に退却を命じ、早々に自陣へと駈け戻る。田村陣営への打撃は十分だった。

ーどうしたというのだー

 あの青年に睨まれてより、早鐘を打つように胸が高鳴っていた。川を渡り終え振り返ると端正な面差しがまだ悔しげにこちらを見ていた。
 そのさまに我れ知らず、顔が緩むのを感じた。

ーまさか、のぅ......ー

 戦場の只中でおぼえた、恋のときめきだった。
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