みだれそめにし~私見 蘆名盛隆伝~

葛城 惶

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「何?またか?」

 蘆名盛氏は、隠居所とした岩崎城の謁見の間で低く呻いた。
 常陸国主、佐竹義重が再び結城白河城に攻め入ったというのだ。



 尤も事の起こりは、白河結城氏10代当主・結城晴綱が病により当主としての活動が困難になってより、家中の実権を握るようになった小峰義親の謀反だった。
 天正元年(1573年)に晴綱が病死し、その子で幼少の義顕が家督を継ぐと後見人となったのだが、天正3年(1575年)結城(白河)姓を名乗って自らが白河結城氏の当主となった。
 義親は盛氏の婿であり、密かにそれを支援していた。

 ところが、会津が盛興の死によって混乱が生じた隙に常陸の佐竹氏が白河城に侵攻してきたのだ。
 結城白河氏はその臣下として屈したが、天正5年(1577年)7月、佐竹氏が南方から北条氏政に攻められたのに乗じて、盛氏は田村氏とともに援軍を送り手薄になっていた佐竹勢を白河城から逐い、白河家の実権を義親の手に取り戻したのだ。

 その白河城に北条氏との同盟を取り付けた佐竹義重が再び侵攻してきたというのだ。

「しつこい男だ......」

 白河結城氏と佐竹氏の確執は長い。国境を接していることもあり、また先に古河公方が山入佐竹家の所領を白河家に与えてしまったことも両家の争いの火種になっている。(尤もこれは既に佐竹氏に奪還されている)
 それより後、佐竹氏の南奥州への侵攻が続いているのだ。
 とりわけ当代の当主、佐竹義重は鬼佐竹と異名を取るほどの猛将である。先の白河城の奪還の際には四宿老のひとり、松本図書助ずしょのすけを戦場で喪っている。

ー白河は捨てるか......ー

 盛氏は深く息をついた。白河結城ごときのためにこれ以上戦力を削りたくは無かった。かと言って一兵も出さずに見殺しにするわけにもいかない。

 「盛隆さまに、ご出陣いただいてはいかがですか?」

「鶴王にか.....」

 元服を済ませた盛隆はすでに平四郎の仮名を名乗っている。が、代々蘆名家当主に引き継がれているこの名を口にすることを盛氏は好まなかった。

ー鶴王丸は蘆名の人間ではないー

 盛氏の中には確実にその区別があった。それは家来衆の中でも同じだった。

ーさればこそ......ー

「先の御初陣でも立派なるお働きをなされた。此度も蘆名の当主として先陣に立たれれば、家中の者の身も引き締まりましょう」

ううむ......と盛氏は唸った。既に盛氏は還暦近い年齢になっている。戦場で長く過ごすことが辛くなってきたのは確かだった。しかも本領とは関わりない手伝い戦だ。

「良かろう。鶴王に二千の兵を与えて、白河に向かわせよ」

 盛氏は大きな息をひとつ吐き、金上に命じた。

ーただし......、適度なところで退かせよーと。

 初陣を見た限りでは盛氏の思っていたよりも勇猛で、槍筋、刀筋も悪くは無かったー密かに盛興が手塩にかけて仕込ませた賜物なのだがーしかし、やたらに前に出て、突っ込みたがる癖はあった。

ー今、死なれては困るー

 余所者の養子でも、蘆名の家を継げる者がいない今、その存在を消してしまうわけにはいかなかった。


 一両日中に盛氏の命は黒川城にもたらされ、盛隆は蘆名の総大将として白河に向かうことになった。
 その身に纏う甲冑は亡き盛興の着けていたそれだった。先の合戦からまたひとしきり背が伸びた盛隆には以前の甲冑は合わなくなっていたのだ。

『きっと義兄上さまが守ってくださいますよ』

 彦姫は静かに微笑みながら、盛隆が義兄の甲冑を纏う姿を見守っていた。
どこまでも優しい、哀しい人だった。

 
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