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盛隆と名を改めた鶴王丸の家督相続は当然、周囲に波紋を起こした。
当時の奥州では当主や嗣子がみまかったおり、傍流の子弟に跡を継がせるのではなく、友好関係にある同格の他家から養子を迎えるのが通例となっていた。
だが、周辺の国々には相応の男子がおらず、恭順したとはいえ本来的に家格の高い二階堂家の嫡子、盛隆が相続することになったのだ。
一方で養子縁組みに意欲を示していた伊達家の次男、小次郎はまだ七歳であり、伊達家の正室、義姫の強い反発もあって成らなかった。
『伊達の輝宗どのは油断のならないお方ですから......』
家督相続の相談を持ち掛けた盛氏に、金上盛備は眉をひそめて言った。
盛興の急死には不可解な点もあった。日頃から酒に溺れていたという事実はあっても嫡子として幼少期から鍛練に励んでいた盛興が酒を口にするようになって十年余りで命を奪われるなどというのは考えにくい。
毒を盛られていた可能性もある、というのだ。しかも長期に渡って少しずつ。
『彦姫か......?』
『そうとは限りませぬ。......彦姫さまは形の上では輝宗さまのご息女として輿入れなさっておりますが、実際には先代、晴宗さまのお子にて.....』
『そうか......』
この時期、今ひとつの奥州の大大名、伊達家の内情も荒れていた。領国経営の方針を巡って、先代の領主と家督を譲られた当代の領主の間に争いが起こっていた。
先代晴宗はその父植宗を、当代の輝宗はやはりその晴宗を戦で逐っていた。
盛氏の正室は植宗の娘であり、盛興の嫁を取る際にも伊達家からの輿入れに反発するものも多かったが。家格的に釣合いの取れる上杉氏には子が無く、佐竹氏とは長く交戦状態にあった。磐城氏は佐竹寄りであり、相馬氏は伊達家の傍流でありかつ先代の晴宗といさかいを起こしていた。
東山道を治める他家に関しても同様であった。
ゆえに先の二階堂氏との戦の停戦の条件として提示された盛興と彦姫の婚姻に否やと言う理由もなく、ある意味、伊達氏と二階堂氏と双方から人質を取る形で鉾を収めたのだ。
『鶴王丸さまは、輝宗さまの姉上、於南姫さまのご子息でございますし......』
同じ伊達家の血を継ぎ、しかも鶴王丸の母と彦姫は両親を同じくする姉妹。伊達氏の横槍をかわすには十分だった。
盛氏は腕組みをして考え込んでいたが、鶴王丸に跡目を継がせることに同意した。
元々は人質の身だ。周囲の反発は強かろう。だが、実際に家臣を采配するのは隠居である自分なのだ。形だけの傀儡が誰であろうとさしたる問題はなかった。
『鶴王に蘆名を継がせる。......但し、妻は彦姫を娶らせよ』
これには、金上も一瞬、息を呑んだ。彦姫は鶴王丸ー盛隆の実の叔母である。しかも十歳も年上になる。
『伊達を黙らせねばならぬ......』
輝宗にはまだ姫はいない。他家から嫁を取るとなれば、それ相当の介入を覚悟せねばならなかった。
それに......。
ー鶴王丸は儂のものよー
心惹かれるような女子など側に置く気はさらさら無かった。
「私は別に構わない」
元服を済ませ、前髪断ちを済ませた鶴王丸ー盛隆は婚儀の話を伝えにきた金上に淡々と言った。
「二十五の若さで仏門に入られるのも、実家に返されるのもご不憫であろう」
それに盛隆は兄、盛興に託されたのだ。
ー彦姫や姫達を頼む......ーと。
所詮は飾り物の領主。それでも亡き兄の妻や子らを守れるなら、それで良いと思った。
婚儀の終わった夜、新床で盛隆は彦姫に率直に気持ちを伝えた。
年上の新妻は、はらはらと涙を溢し、ーありがとうございますーと盛隆の手を取った。
「でも、もし盛隆さまに想う女子が出来たら、遠慮無うお城にお招きくださいね」
盛隆は無言で頷いた。そんな事が出来ようはずもないことは百も承知していた。
蘆名の家の中にも伊達の手の者は入り込んでいるのだ。彦姫や磐城御前(盛氏室)が許そうとも、伊達の当主が許さない。実際、兄の盛興や盛氏が目をかけた侍女や城下の娘はいつの間にか姿を消しているのだ。
ー伊達は執念深い....ー
この奥州の全ての大名や豪族をその血で支配しようとしているのだ。
ーそれに......ー
養父となった盛氏はようやっと黒川城を出て、岩崎城に居を移したものの、指南と称して盛隆を呼びつけることも少なくない。
そして、その耳に毒のように注ぎ込むのだ。
ーそなたは儂のものじゃ、鶴王。儂の手の中で舞っておればよいー
しらしらと闇を照らす白い月を見つめながら、盛隆は自らが死んでいくのを感じていた。そして胸の奥でひっそりと呟いていた。
ーこんな家など滅ぼしてやる......ー
傾国と謗った男の禿げ上がった頭を掻き抱きながら、その胸の内にふつふつと沸き上がる怒りを噛み締めていた。
それだけが、日々死に続けていく自分を唯一この世に留める拠り所となっていた。
十五歳の盛隆の心に、まだ光明は見えなかった。
当時の奥州では当主や嗣子がみまかったおり、傍流の子弟に跡を継がせるのではなく、友好関係にある同格の他家から養子を迎えるのが通例となっていた。
だが、周辺の国々には相応の男子がおらず、恭順したとはいえ本来的に家格の高い二階堂家の嫡子、盛隆が相続することになったのだ。
一方で養子縁組みに意欲を示していた伊達家の次男、小次郎はまだ七歳であり、伊達家の正室、義姫の強い反発もあって成らなかった。
『伊達の輝宗どのは油断のならないお方ですから......』
家督相続の相談を持ち掛けた盛氏に、金上盛備は眉をひそめて言った。
盛興の急死には不可解な点もあった。日頃から酒に溺れていたという事実はあっても嫡子として幼少期から鍛練に励んでいた盛興が酒を口にするようになって十年余りで命を奪われるなどというのは考えにくい。
毒を盛られていた可能性もある、というのだ。しかも長期に渡って少しずつ。
『彦姫か......?』
『そうとは限りませぬ。......彦姫さまは形の上では輝宗さまのご息女として輿入れなさっておりますが、実際には先代、晴宗さまのお子にて.....』
『そうか......』
この時期、今ひとつの奥州の大大名、伊達家の内情も荒れていた。領国経営の方針を巡って、先代の領主と家督を譲られた当代の領主の間に争いが起こっていた。
先代晴宗はその父植宗を、当代の輝宗はやはりその晴宗を戦で逐っていた。
盛氏の正室は植宗の娘であり、盛興の嫁を取る際にも伊達家からの輿入れに反発するものも多かったが。家格的に釣合いの取れる上杉氏には子が無く、佐竹氏とは長く交戦状態にあった。磐城氏は佐竹寄りであり、相馬氏は伊達家の傍流でありかつ先代の晴宗といさかいを起こしていた。
東山道を治める他家に関しても同様であった。
ゆえに先の二階堂氏との戦の停戦の条件として提示された盛興と彦姫の婚姻に否やと言う理由もなく、ある意味、伊達氏と二階堂氏と双方から人質を取る形で鉾を収めたのだ。
『鶴王丸さまは、輝宗さまの姉上、於南姫さまのご子息でございますし......』
同じ伊達家の血を継ぎ、しかも鶴王丸の母と彦姫は両親を同じくする姉妹。伊達氏の横槍をかわすには十分だった。
盛氏は腕組みをして考え込んでいたが、鶴王丸に跡目を継がせることに同意した。
元々は人質の身だ。周囲の反発は強かろう。だが、実際に家臣を采配するのは隠居である自分なのだ。形だけの傀儡が誰であろうとさしたる問題はなかった。
『鶴王に蘆名を継がせる。......但し、妻は彦姫を娶らせよ』
これには、金上も一瞬、息を呑んだ。彦姫は鶴王丸ー盛隆の実の叔母である。しかも十歳も年上になる。
『伊達を黙らせねばならぬ......』
輝宗にはまだ姫はいない。他家から嫁を取るとなれば、それ相当の介入を覚悟せねばならなかった。
それに......。
ー鶴王丸は儂のものよー
心惹かれるような女子など側に置く気はさらさら無かった。
「私は別に構わない」
元服を済ませ、前髪断ちを済ませた鶴王丸ー盛隆は婚儀の話を伝えにきた金上に淡々と言った。
「二十五の若さで仏門に入られるのも、実家に返されるのもご不憫であろう」
それに盛隆は兄、盛興に託されたのだ。
ー彦姫や姫達を頼む......ーと。
所詮は飾り物の領主。それでも亡き兄の妻や子らを守れるなら、それで良いと思った。
婚儀の終わった夜、新床で盛隆は彦姫に率直に気持ちを伝えた。
年上の新妻は、はらはらと涙を溢し、ーありがとうございますーと盛隆の手を取った。
「でも、もし盛隆さまに想う女子が出来たら、遠慮無うお城にお招きくださいね」
盛隆は無言で頷いた。そんな事が出来ようはずもないことは百も承知していた。
蘆名の家の中にも伊達の手の者は入り込んでいるのだ。彦姫や磐城御前(盛氏室)が許そうとも、伊達の当主が許さない。実際、兄の盛興や盛氏が目をかけた侍女や城下の娘はいつの間にか姿を消しているのだ。
ー伊達は執念深い....ー
この奥州の全ての大名や豪族をその血で支配しようとしているのだ。
ーそれに......ー
養父となった盛氏はようやっと黒川城を出て、岩崎城に居を移したものの、指南と称して盛隆を呼びつけることも少なくない。
そして、その耳に毒のように注ぎ込むのだ。
ーそなたは儂のものじゃ、鶴王。儂の手の中で舞っておればよいー
しらしらと闇を照らす白い月を見つめながら、盛隆は自らが死んでいくのを感じていた。そして胸の奥でひっそりと呟いていた。
ーこんな家など滅ぼしてやる......ー
傾国と謗った男の禿げ上がった頭を掻き抱きながら、その胸の内にふつふつと沸き上がる怒りを噛み締めていた。
それだけが、日々死に続けていく自分を唯一この世に留める拠り所となっていた。
十五歳の盛隆の心に、まだ光明は見えなかった。
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