給餌行為が求愛行動だってなんで誰も教えてくれなかったんだ!

永川さき

文字の大きさ
5 / 11

再会は突然に

しおりを挟む

 それは新学期が始まる前日。
 マテウスの根城でもある、春の日差しが差し込む平民科の聖堂にノックの音が響いた。
 ここは確かに魔術教師の控室があって僕もそのひとつを根城にはしているが、今日はマテウスしか出勤していないはず。
 それに、今は春休みで学生もいない。
 マテウスは首を傾げながら控室のドアを開けると、そこにいたのは面影を残しつつ精悍な顔立ちになった懐かしい元教え子の姿だった。

「アイ、ザック?」
「お久しぶりです、マテウス先生」

 色気が漂う大人びた笑顔にくらっときたのは自分でもびっくりした。
 まさか自分が元教え子の、それも同性に惹かれるなんて思っても見なかったから。
 妻が儚くなってすでに十二年が過ぎ、育児と仕事に追われて後添えを探すどころかそんな気すらなかった。
 三十半ばにもなって今更こんな感情も持つなんてあり得ない。
 きっと一瞬の気の迷いだ。

「どうして?」
 
 色々聞きたいことはあったのに口から出たのは主語も何もない言葉。
 教師のくせに情けないったらなかった。

「明日から貴族科の魔術教師になるんです。職務中関わることはないですが、先生に会いたくて来ちゃいました」
「来ちゃったって、どうやって?」

 貴族科と平民科の敷地は隣り合っているけど塀で区切られているし、行き来できる唯一の門は召喚の儀のときくらいしか開かない。
 そもそも、稀代の魔術師がほいほい歩いていたら大騒ぎになっているはず。

「瞬間移動で来ました。俺は陣じゃなくて魔術でも瞬間移動できますし、陛下から個人利用の許可はもらっています。これでいつでも先生と会えますね」
 
 あっけらかんとニコニコ笑いながら言っているのは、他の誰かが聞けば卒倒しそうな内容だ。
 いや、マテウスも気を失いたい。

 陣を使った瞬間移動でさえ世紀の大発明なのに、それを陣なしで発動できて、個人利用も許可されていて、しかもそれをマテウスと会うために使うって?

 突然の再会と驚く内容の発言に処理が追いつかない。
 夢でも見ているんだろうか?

「迷惑でしたか?」

 目を白黒させているマテウスを見て困った顔したアイザック。
 そのしょぼくれた顔は教え子時代と変わらずで、思わず抱き締めてあげたくなるのを我慢して頭を撫でるに留める。

「迷惑じゃない、嬉しいよ。大きくなったね」

 マテウスよりも頭ひとつ分背が高くなったアイザックは、魔術師にしては珍しくしっかりと筋肉がついていてまるで騎士のようだ。
 実力で名声と貴族位を獲得した彼は、多少昔の名残がありまだ若輩とはいえ、マテウスに守られるような存在ではない。
 それが嬉しくもあり、ほんのちょっと寂しくもあった。

「先生、俺もう子どもじゃありませんよ」
「わかっているよ。ついね。でも、有名人が気軽に出歩くものじゃないだろう?」
「有名人だろうと俺はもうここの教師です。俺の希望もありますが、学院にいれば他国からのスカウトも入ってこれないからここに来たんです。学院内くらい気軽に歩きたいんですよ」
「それはまぁ、大変だったね。ああ、時間はあるかい? 立ち話もなんだからお茶でも飲もう」
「是非」

 備え付けの簡易キッチンで、以前アイザックによく出していたココアを用意する。
 ソファに座ったアイザックの前に出すと、綺麗な所作でそれを飲み始めた。
 貴族然とした動きは見慣れないけれど、見惚れるほど美しいことはわかった。

 それからは離れている間に何があったのかを報告しあった。
 フィッツロイ家の養子になったアイザックは、主にエリオットの父と相談して以下のことを決めたそうだ。
 後継の序列には加わらないこと。
 縁談はアイザックの意思を尊重すること。
 魔術師として功績を残せば、国王に進言して独立できるようにすることなどなど……。

 そして、貴族としてのマナーや教養を身につけていった。
 フィッツロイ家では養子だからと特別扱いされることもなく、エリオットと同様に優しく、そして厳しく育ててもらったようだ。
 実母と義父、妹にも定期的に会えたようで、家族がふたつもあると得した気分になったそうだ。
 現フィッツロイ侯爵夫人は社交が非常に上手く、アイザックの存在が明るみに出たときは騒然となった社交界を見事な手腕で終結させた。
 フィッツロイ家に引き取られてから最初の誕生日には昼食会が開かれたが夫人のおかげで盛況に終わり、アイザックは貴族たちに受け入れられた。

 そして、時は進み卒業後、わずか二年で偉業を成し遂げた。
 が、魔術師の塔にいると、繋がりを持ちたい貴族からの縁談や交換留学制度を利用してきていた他国の魔術師からのスカウトの嵐で研究どころではなくなった。
 そこで、魔術師の塔の長に相談した結果、研究の場を他国や貴族から干渉がない学院に移し、ついでに教師として働くことに相なったというわけらしい。
 人気者は大変だ。

 マテウスはというと、特に変わり映えのない生活をしていて話すことはそうなかった。
 息子のジェイコブが学院に入学し、来年からは騎士コースに進むことくらいだった。
 そう、ジェイコブは魔術に関してはセンスがなかった。
 大雑把なところが母のナディアに似たのかどうかはさておき、適性のあるところに進むのが一番だ。
 幸いにして魔術が不得意なことはジェイコブの中では瑣末なことのようで、体を動かすのが好きな彼は騎士になる気満々だ。

 そんな話題に花を咲かせれば、時間はあっという間に過ぎ去った。
 ジェイコブと約束した帰宅時間になり、名残惜しくもアイザックとの時間は終わりを告げた。
 彼は寂しそうに微笑むと、では、と言って目の前で瞬間移動の魔術を披露した。
 光に包まれていなくなった彼とは、次の召喚の儀まで会えないのだろうなと寂しくなった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

惚れ薬をもらったけど使う相手がいない

おもちDX
BL
シュエは仕事帰り、自称魔女から惚れ薬を貰う。しかしシュエには恋人も、惚れさせたい相手もいなかった。魔女に脅されたので仕方なく惚れ薬を一夜の相手に使おうとしたが、誤って天敵のグラースに魔法がかかってしまった! グラースはいつもシュエの行動に文句をつけてくる嫌味な男だ。そんな男に家まで連れて帰られ、シュエは枷で手足を拘束された。想像の斜め上の行くグラースの行動は、誰を想ったものなのか?なんとか魔法が解ける前に逃げようとするシュエだが…… いけすかない騎士 × 口の悪い遊び人の薬師 魔法のない世界で唯一の魔法(惚れ薬)を手に入れ、振り回された二人がすったもんだするお話。短編です。 拙作『惚れ薬の魔法が狼騎士にかかってしまったら』と同じ世界観ですが、読んでいなくても全く問題ありません。独立したお話です。

何も知らない人間兄は、竜弟の執愛に気付かない

てんつぶ
BL
 連峰の最も高い山の上、竜人ばかりの住む村。  その村の長である家で長男として育てられたノアだったが、肌の色や顔立ちも、体つきまで周囲とはまるで違い、華奢で儚げだ。自分はひょっとして拾われた子なのではないかと悩んでいたが、それを口に出すことすら躊躇っていた。  弟のコネハはノアを村の長にするべく奮闘しているが、ノアは竜体にもなれないし、人を癒す力しかもっていない。ひ弱な自分はその器ではないというのに、日々プレッシャーだけが重くのしかかる。  むしろ身体も大きく力も強く、雄々しく美しい弟ならば何の問題もなく長になれる。長男である自分さえいなければ……そんな感情が膨らみながらも、村から出たことのないノアは今日も一人山の麓を眺めていた。  だがある日、両親の会話を聞き、ノアは竜人ですらなく人間だった事を知ってしまう。人間の自分が長になれる訳もなく、またなって良いはずもない。周囲の竜人に人間だとバレてしまっては、家族の立場が悪くなる――そう自分に言い訳をして、ノアは村をこっそり飛び出して、人間の国へと旅立った。探さないでください、そう書置きをした、はずなのに。  人間嫌いの弟が、まさか自分を追って人間の国へ来てしまい――

【完結】異世界から来た鬼っ子を育てたら、ガッチリ男前に育って食べられた(性的に)

てんつぶ
BL
ある日、僕の住んでいるユノスの森に子供が一人で泣いていた。 言葉の通じないこのちいさな子と始まった共同生活。力の弱い僕を助けてくれる優しい子供はどんどん大きく育ち――― 大柄な鬼っ子(男前)×育ての親(平凡) 20201216 ランキング1位&応援ありがとうごございました!

またのご利用をお待ちしています。

あらき奏多
BL
職場の同僚にすすめられた、とあるマッサージ店。 緊張しつつもゴッドハンドで全身とろとろに癒され、初めての感覚に下半身が誤作動してしまい……?! ・マッサージ師×客 ・年下敬語攻め ・男前土木作業員受け ・ノリ軽め ※年齢順イメージ 九重≒達也>坂田(店長)≫四ノ宮 【登場人物】 ▼坂田 祐介(さかた ゆうすけ) 攻 ・マッサージ店の店長 ・爽やかイケメン ・優しくて低めのセクシーボイス ・良識はある人 ▼杉村 達也(すぎむら たつや) 受 ・土木作業員 ・敏感体質 ・快楽に流されやすい。すぐ喘ぐ ・性格も見た目も男前 【登場人物(第二弾の人たち)】 ▼四ノ宮 葵(しのみや あおい) 攻 ・マッサージ店の施術者のひとり。 ・店では年齢は下から二番目。経歴は店長の次に長い。敏腕。 ・顔と名前だけ中性的。愛想は人並み。 ・自覚済隠れS。仕事とプライベートは区別してる。はずだった。 ▼九重 柚葉(ここのえ ゆずは) 受 ・愛称『ココ』『ココさん』『ココちゃん』 ・名前だけ可愛い。性格は可愛くない。見た目も別に可愛くない。 ・理性が強め。隠れコミュ障。 ・無自覚ドM。乱れるときは乱れる 作品はすべて個人サイト(http://lyze.jp/nyanko03/)からの転載です。 徐々に移動していきたいと思いますが、作品数は個人サイトが一番多いです。 よろしくお願いいたします。

呪われ竜騎士とヤンデレ魔法使いの打算

てんつぶ
BL
「呪いは解くので、結婚しませんか?」 竜を愛する竜騎士・リウは、横暴な第二王子を庇って代わりに竜の呪いを受けてしまった。 痛みに身を裂かれる日々の中、偶然出会った天才魔法使い・ラーゴが痛みを魔法で解消してくれた上、解呪を手伝ってくれるという。 だがその条件は「ラーゴと結婚すること」――。 初対面から好意を抱かれる理由は分からないものの、竜騎士の死は竜の死だ。魔法使い・ラーゴの提案に飛びつき、偽りの婚約者となるリウだったが――。

事故つがいΩとうなじを噛み続けるαの話。

叶崎みお
BL
噛んでも意味がないのに──。 雪弥はΩだが、ヒート事故によってフェロモンが上手く機能しておらず、発情期もなければ大好きな恋人のαとつがいにもなれない。欠陥品の自分では恋人にふさわしくないのでは、と思い悩むが恋人と別れることもできなくて── Ωを長年一途に想い続けている年下α × ヒート事故によりフェロモンが上手く機能していないΩの話です。 受けにはヒート事故で一度だけ攻め以外と関係を持った過去があります。(その時の記憶は曖昧で、詳しい描写はありませんが念のため) じれじれのち、いつもの通りハピエンです。 少しでも楽しんでいただければ幸いです。よろしくお願いします。 こちらの作品は他サイト様にも投稿しております。

悪役令嬢の兄、閨の講義をする。

猫宮乾
BL
 ある日前世の記憶がよみがえり、自分が悪役令嬢の兄だと気づいた僕(フェルナ)。断罪してくる王太子にはなるべく近づかないで過ごすと決め、万が一に備えて語学の勉強に励んでいたら、ある日閨の講義を頼まれる。

処理中です...