鳥籠の忌み子は月光に抱かれて羽ばたく

永川さき

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さようなら

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「好きだ。俺と付き合ってくれ」
 
 夕陽が差し込む、俺とダニエル以外誰もいない研究室。
 ダニエルはキュッと眉間に皺を寄せ、いつもより怖い顔をしていた。
 だけど、首筋まで真っ赤にしながら俺をギッと睨みつけてくる。
 
 その瞬間に理解した。
 これが、家族には抱かない『好き』という気持ち。
 顔と言葉が一致していないことすら愛おしい。
 
「俺も、ダニエルが好きだ」
 
 必ず終わりが来ると知りながら、愚かにも俺はダニエルの気持ちに応えてしまった。
 いつまでイーサンとして過ごせるのかもわからない。
 本当の名前を呼ばれることもない。
 苦しいことばかりだ。
 
 それでも、ダニエルとの蜜月は幸せだった。
 王都ネービアの街に繰り出し、美味しいものを食べたり買い物をしたりした。
 真面目なダニエルは、街で手を繋く時にも俺の気持ちを確認する。
 それが恋人同士っぽくてこそばゆい。
 
 初めてのキスはダニエルの寮室でだった。
 触れるだけの口付けだけなのに、体が燃えるように熱い。
 オーバーヒートした俺に呆れることなく、そのまま何もせず帰してくれた彼は立派な紳士だ。
 
 そして、キスにも軽い触れ合いにも慣れたころ、俺たちは心と体を重ねた。
 ダニエルの指先は、秘めていた俺の情欲をすべて暴く。
 慣れない行為のはずなのに気持ち良くて、恥ずかしくて、幸せで。
 愛することの幸せを、愛される歓びを知った俺は何度もダニエルを求め、ダニエルもまた俺を欲しがった。

 俺の世話をするヨセフは、当然このことを知っている。
 けれど、それ咎めることも、ましてやアクロン家に報告することもしなかった。
 これが明るみに出れば、ヨセフもただでは済まない。
 それでも、黙認してくれていたんだ。
 
 けれど、夢はすぐに覚めるもの。
 イーサンが快復したという知らせは、ダニエルと想いを通わせてから僅か三ヶ月後の、早春のころだった。
 イーサンと交替するのは、奇しくもダニエルの魔術大学院の卒業式前日の夜中。
 つまり明日の夜だ。
 
 父さんに会える。
 本当の家に帰れる。
 それはとても嬉しいことだ。
 
 それと同時に、ダニエルと離れるのは体が引き裂かれるほど苦しくて悲しい。
 最初からわかっていたことだ。
 でもまさか、こんなに早く終わりが来るなんて思っていなかった。
 
 ヨセフからそれを告げられた俺は、すぐに彼を下がらせた。
 ドアが閉まると、俺はベッドに潜り込んで頭から毛布を被る。
 そして、声を押し殺して泣いた。
 
 泣いて、泣いて、泣いて。
 明日、おかしな挙動をしないように、ダニエルへの想いをすべて流し出した。
 
 でも、強欲な俺は最後の思い出が欲しかった。
 体を重ねる時、ダニエルはそういう雰囲気を作ってくれる。
 俺から誘ったことは今のところない。
 どうしたらいいかわからなくて、結局直球勝負でいくしかなかった。
 
「ダニエル」
「ん?」
「そっその……明日卒業式だから朝早いだろうけど、さ。あの……」
「うん」
「したい……です」
「俺も思っていた」
 
 蚊の鳴くような声は、果たしてダニエルの耳にしっかりと届いた。
 ダニエルは輝くような笑みを浮かべ、俺をベッドに優しく押し倒した。
 
 そして、すべてが終わった時。
 
「さようなら、愛していた」
 
 治癒魔術を応用させた、麻痺の魔術。
 密かに会得していたそれでダニエルの動きを封じ、とびきりの笑顔で別れを告げた。
 俺の笑顔を覚えていてほしいから。
 だから、これが俺の精一杯の別れの挨拶。
 
「なっ……! どういうことだ、イーサンッイーサン……!」
 
 ダニエルの叫びを背中で受け、唇を噛んで部屋を出る。
 ドアが閉まると、俺ははらはらと哀しみを落としながら駆け出した。
 
 麻痺の魔術は半刻も持たない。
 魔法騎士になるダニエルは、今年卒業する学生の中で一番身体能力が高い。
 追いつかれたらすべて終わりだ。
 
 俺は全力疾走で寮室に戻り、あらかじめまとめていた荷物を引っ掴む。
 そして、すぐさまヨセフが待つ大学院の裏門へ向かった。
 
 そこには馬車が一台停まっていた。
 ヨセフは相変わらず無表情だけど、落ち着かない様子なのはわかった。
 イーサンはまだ到着していない。
 でも、御者は明日の昼には家に着くように出発を早めると言って、俺を無理矢理馬車に押し込めた。
 
 変だ。
 ここでイーサンと会い、必要な記憶の共有をしてから交替することになっていたはずだ。
 大事な工程を飛ばせば、苦労するのは本物のイーサンだというのに、アクロン家に仕えているはずの男たちはそれを理解していない。
 いや、するつもりがない。
 
 加えて、馬車の外でヨセフが同僚であるはずの男たちに掴み掛かって何か怒鳴っている。
 やっぱりおかしい。
 腰を上げて半開きのドアに触れようとした瞬間、目の前が明滅して全身の力が抜け落ちた。
 
「ぅ、あ……?」
 
 支えるものがない体は赤いベルベットに包まれた座席に叩きつけられる。
 指先すら動かせない。
 勢いよく閉まったドア。
 カーテンがぴっちりと引かれた車内は真っ暗だ。
 その上、強烈な睡魔に襲われ、意識を保っていられない。
 
 何がどうなっている。
 イーサンは?
 ヨセフは?
 俺はどうなる?
 
 その疑問に応えてくれる者はいない。
 やがて走り出した馬車がもたらす心地良い振動が瞼をさらに重くする。
 
「だにえる……」
 
 散り散りになる思考の狭間に浮上したのは、最後に見たダニエルの絶望した顔と、悲痛な叫びだった。
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