やおよろず生活安全所

森夜 渉

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一章

2/部屋

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眩しい。
瞼を開くと西日が差し込み、顔を照らしていた。
ここはどこだろう。
目だけ動かすとタンスの上にぬいぐるみが並べられている。
子供の頃から集めた動物のぬいぐるみで、古ぼけた兎が一際目立っていた。
いつだったか両親に買ってもらった物で、そこで自分の部屋のベッドにいるのだとわかる。
どうやら眠っていたらしい。
「……今日って何日だっけ」
体を起こすと目覚まし時計は五時三十分を指していた。
体調がすぐれず両手で顔を覆う。
「しんどい……、バイトが入ってたら店に連絡して休もう」
机のカレンダーを見ようと立った際、右足のかかとがズキリとした。
「……痛い」
予定はなく、代わりに面接と二文字が書かれている。
「夕飯の支度をしないと……」
就職の道のりはまだまだ長い。
食べたくなくても体力をつけなければ社会で生きていけないのだ。
足を引きずるようにキッチンへと進み、エプロンを着けようとして手が止まった。
「……あれ、どうして」
リクルートスーツを着ている。
なぜスーツのまま寝ていたのか、霞がかったように頭がはっきりとしない。
「……スーツ?」
私は何をしていたんだろう、なんでスーツを着たまま寝ていたんだろう。
今日は何かあっただろうか。
今日は。
今日、は。
「……面接?」
現実感が戻り再びカレンダーの元へと走る。
間違いない。
予定に面接とある。
慌ててリクルート鞄を探した。
「どこっ!」
置きっぱなしにする事はないのだが、右往左往して玄関前にあるのを見つける。
手帳を探すと日付には十時に訪問、場所の確認をと書かれていた。
「……だけど」
思い出せない。
採用先へ行った気もするが、部屋に帰り着くまでの記憶が抜け落ちている。
「もしかして夢?」
夢かもしれない。
ひどく疲れていた。
だからうたた寝して予定をすっぽかしたのではないか。
「……そんな」
泣きそうになり、両肩を抱きしめる。
変えたかった。
臆病な性格を。
「あなたの望んだ道を進みなさい……」
病を抱えながらも病室で励ましてくれた咲枝。
残りの命がわずかだと知りながらも、内気な蓮美をいつも支えてくれた。
両親はもういない、彼女がいなくなれば世界で一人ぼっちになってしまう。
だったら社会で揉まれて強くなろうと、進学先はあえて東京を選んだ。
はずだったのだが。
現実は都会の暮らしに馴染めず、孤独に押しつぶされそうでいる。
「……無理だったのかな」
涙が出そうになる。
ぐっと堪らえているとふいにスマホが鳴った。
音は鞄からで、取り出すと着信履歴が二件きている。
「……たぶん面接先だ、謝らないと」
鼻をすすり受話ボタンを押す。
間をおいて、はい、と力なく出た。
「恐れ入ります、こちらは朝霧様のお電話でよろしかったでしょうか……」
電話に出たのは男で、声に聞き覚えがあるような気がした。
「朝霧蓮美です、あの……」
話しながらも鼻をすする。
「今日の面接は合格です」
「え……?」
耳を疑った。
「失礼、名乗るのが先でした。私は本日、朝霧さんが訪れたやおよろず生活安全所の職員で面接を担当した日向の上司、犬威と申します」
「……ひむかい」
その名を聞いて一日の出来事が巻き戻されていく。
学校みたいな建物。
面接後に現れた動物達。
日向という青年。
渡された名刺。
「名刺をもらったんだ」
片手で鞄を探り、名刺入れを探した。
蓋を開けると中に一枚だけ確かに入っている。
やおよろず生活安全所、IT部門担当、日向 命と。
ズキンとかかとが再び痛む。
乗る筈だった電車が止まり、遅刻しないよう急いだら革靴で擦りむいた。
思い出す。
面接は確かに受けたのだ、夢なんかではない。
「朝霧さん?」
相手は無言の蓮美に呼びかける。
「すみません、夢を見ていたのかなと」
「夢……。そうですね、あなたがあの場の出来事を夢と思われてしまいたいようでしたら、内定は辞退して頂いても構いません。こちらとしては非常に残念ではありますが……」
受話越しに小さな溜息が聞こえた。
「いえ、よろしくお願いします」
返事に迷いはない。
「ですが、時間を置かれてからの方がいいのでは?」
「大丈夫です、勤務開始はいつからでしょうか」
スマホを握る手に力がこもる。
「では、急ですが来週からでも……」
「伺います」
「……わかりました。来週の月曜日、十時に玄関前で面接を担当した日向がお待ちしています。本日はお疲れ様でした」
「はいっ」
会話は終わり、受話ボタンは切られた。
しばらく呆然としていたが、お腹がグゥと鳴って我に返る。
「やったぁ!」
力一杯に叫ぶ。
「……咲枝さん、私、就職が決まったよ」
満面の笑みで化粧台にたてかけてある叔母の写真を見た。
「どんな所かまだわからないけれど、頑張ってみる」
言いながら涙があふれた。
ボロボロと。
「……がんばるよ」
翳る部屋の中。
夕日を背にして蓮美は一人、静かに泣いた。
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