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三章
28/狐乃
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就職してから迎える、初めての週末の金曜日。
病み上がりなのでバグへの待機はやめて、定時に帰宅する事を職員からすすめられた。
マガツカミは悟狸、猿真、犬威、狐乃、和兎がそれぞれ対応する別件もあるので、また今度話そうと言われて。
「お先に失礼します」
「お疲れ様っ!」
職員から手を振って送り出されたが、命だけは恨めしげに蓮美を見ている。
今日の彼の夕飯は残ったご飯だ。
ふりかけも用意しておいたがおかずはない、反省を促すために。
「土曜日と日曜日は何を食べたらいいですか?」
遠慮がちに去り際の彼女を引き留める。
所は役所の分類なので土日は休みとなっているが、バグが現れた場合は召集がかけられ集まるそうだ。
ただし人間の蓮美は例外で休み扱いとなる、出勤も出動もない。
「なんでもいいんじゃないかな、コンビニのパンとか今まで食べてた物で」
お灸を据えようとわざとそっけなくする。
ブスと言われて本気で根に持っている訳ではない、軽口でも知り合ったばかりの相手をコケにするというのは問題でもあるし、相手が男なら手が出る事だってある。
人付き合いを学ぶ事、冷たくされる事で心の痛みを学んだりもする、大人になろうとする彼の為にもあえて冷たい態度を取ったのだ。
「……え」
命は落ち込んだ様子を見せて立ち尽くす。
「おつかれさま」
目を合わせないまま職員室を出て、広い校庭へと出た。
美しい夕焼けが広がり、うーんと伸びをする。
あっという間の五日間だった。
どんな風に過ごしたのか細かい所は覚えてもいない。
大変なのは命との関わりだったが、病んでしまう程ストレスを感じていた訳ではなかった。
彼と出会った事で過去の自分と向き合えた気がしたし、大好きな動物の職員と働くという子供の頃に描いたような夢が叶ったのだから。
沈みかける夕日を見つめながら心の中で思う。
忙しくても、大変でもいいから、平穏な日々がこのまま続けばいいなと。
異世界の空間を抜け、駅への道を歩いていると後ろから車のエンジン音がした。
音は蓮美の横まで来て止まる。
「蓮美ちゃん」
狐乃だった。
彼の車、フェラーリの窓が開いて声を掛けてきた。
所を出ると眷属の職員は動物の姿から人の姿に変化する、今の彼も久々に見た人間の姿だ。
彼はモデル体型と顔立ちをしているので遠目でもとても目立つ。
今はサングラスをかけていた。
「狐乃さん……」
それにしても目立つ。
車のカラーはシルバーだが、車体に特徴がありすぎてそれでも大いに目立つ。
高級車なのでうっかり傷でもつけたら弁償ができない。
蓮美は車から離れて距離を取った。
「外勤の待機は良かったんですか?」
「うん、俺はプライベートが忙しいから日によって免除されてるんだ。ところでバグの件で話しがあるんだけど」
「え、バグですか?」
昼間の会議だろうか。
あまり理解ができていなかったから迷惑をかけたのかと不安になる。
「気になる事があって意見を聞きたいんだ、立ち話もなんだから車に乗ってくれないかな?」
「わかりました」
重要な件だろうか。
「急いで」
「は、はい」
失礼しますと声を掛けてからドアを開けて助手席に乗り込んだ。
車内はシトラス系の香りがしてシートの座りごこちがとてもいい、生まれて初めて乗る高級車に緊張する。
大学時代、蓮美は学業とバイトが忙しくて免許を取る事ができなかった。
車も欲しかったが貯金が少ない事や滅多に遠出しなかった事が理由だ。
車内に落ち着くと狐乃は車を発進させる。
「バグについてのお話しってなんでしょうか?」
声を掛けたが何も言わない。
運転を続け、車はスピードを上げてどんどん道を進む。
「あの……」
忘れていた。
乗る前に向かう先を聞いていない。
「狐乃さん、どこへ行くんですか?」
通勤時の道から外れて大通りへと出る。
焦って声を掛けた。
「この間の話しを覚えてる?」
運転しながら彼が質問する。
「話しですか?」
何かあっただろうか。
「冷たいなぁ、金曜の夜に飲みに行こうって誘ったよね」
まさか。
「バグの話しというのは嘘なんですか?」
「そうだよ、君と飲みに行きたくて。俺は狐だから人を騙す事は平気でね」
「……嘘」
蓮美は嘘が苦手だ。
不器用な自分の性格を良く知っているからこそ、つくのもつかれるのも苦手なのだ。
軽かろうと重かろうと、為にならない嘘をつくのは良くない事だと思っている。
「降ります」
「ダメだよ、車を止めたりはしないよ」
察してはいたが彼は強引だ、しかしこういう形で巻き込まれるとは思ってもみなかった。
「付き合ってる彼氏がいるとか?」
「え、い、いません……」
個人的な質問をされたので面食らう。
尻すぼみになって答えるが、答えてからしまったと思う。
いるとこちらも嘘をつけばいいだけなのに。
不器用すぎる自分に嫌気がさす。
「ならよくない?」
あっさり言われ、なぜだか今朝の出来事を思い出す。
「彼氏なんかずっといませんよ……」
自身に向けて吐き捨てた言葉。
けれど分かっていた、自分は人間を心から信用していない。
理由の原因は両親だとわかっている。
中途半端な愛情を注がれる事も、注ぐ事も嫌なのだ。
傷つく事が怖い、傷つけるのも怖い。
それが恋愛だ。
なのに。
恋をした事も、してもいないのに怖い。
自分は潔癖すぎるのだろうか。
一人で傷つき一人で勝手に落ち込んでしまう。
それともこれは、命と同じように自分の殻を打ち破るきっかけなのだろうか。
「行き先だけでも教えて下さい」
諦めて尋ねると彼は前を見たままニヤリと笑う。
「俺の店だよ」
笑いながら、アクセル深く踏んでスピードを上げた。
病み上がりなのでバグへの待機はやめて、定時に帰宅する事を職員からすすめられた。
マガツカミは悟狸、猿真、犬威、狐乃、和兎がそれぞれ対応する別件もあるので、また今度話そうと言われて。
「お先に失礼します」
「お疲れ様っ!」
職員から手を振って送り出されたが、命だけは恨めしげに蓮美を見ている。
今日の彼の夕飯は残ったご飯だ。
ふりかけも用意しておいたがおかずはない、反省を促すために。
「土曜日と日曜日は何を食べたらいいですか?」
遠慮がちに去り際の彼女を引き留める。
所は役所の分類なので土日は休みとなっているが、バグが現れた場合は召集がかけられ集まるそうだ。
ただし人間の蓮美は例外で休み扱いとなる、出勤も出動もない。
「なんでもいいんじゃないかな、コンビニのパンとか今まで食べてた物で」
お灸を据えようとわざとそっけなくする。
ブスと言われて本気で根に持っている訳ではない、軽口でも知り合ったばかりの相手をコケにするというのは問題でもあるし、相手が男なら手が出る事だってある。
人付き合いを学ぶ事、冷たくされる事で心の痛みを学んだりもする、大人になろうとする彼の為にもあえて冷たい態度を取ったのだ。
「……え」
命は落ち込んだ様子を見せて立ち尽くす。
「おつかれさま」
目を合わせないまま職員室を出て、広い校庭へと出た。
美しい夕焼けが広がり、うーんと伸びをする。
あっという間の五日間だった。
どんな風に過ごしたのか細かい所は覚えてもいない。
大変なのは命との関わりだったが、病んでしまう程ストレスを感じていた訳ではなかった。
彼と出会った事で過去の自分と向き合えた気がしたし、大好きな動物の職員と働くという子供の頃に描いたような夢が叶ったのだから。
沈みかける夕日を見つめながら心の中で思う。
忙しくても、大変でもいいから、平穏な日々がこのまま続けばいいなと。
異世界の空間を抜け、駅への道を歩いていると後ろから車のエンジン音がした。
音は蓮美の横まで来て止まる。
「蓮美ちゃん」
狐乃だった。
彼の車、フェラーリの窓が開いて声を掛けてきた。
所を出ると眷属の職員は動物の姿から人の姿に変化する、今の彼も久々に見た人間の姿だ。
彼はモデル体型と顔立ちをしているので遠目でもとても目立つ。
今はサングラスをかけていた。
「狐乃さん……」
それにしても目立つ。
車のカラーはシルバーだが、車体に特徴がありすぎてそれでも大いに目立つ。
高級車なのでうっかり傷でもつけたら弁償ができない。
蓮美は車から離れて距離を取った。
「外勤の待機は良かったんですか?」
「うん、俺はプライベートが忙しいから日によって免除されてるんだ。ところでバグの件で話しがあるんだけど」
「え、バグですか?」
昼間の会議だろうか。
あまり理解ができていなかったから迷惑をかけたのかと不安になる。
「気になる事があって意見を聞きたいんだ、立ち話もなんだから車に乗ってくれないかな?」
「わかりました」
重要な件だろうか。
「急いで」
「は、はい」
失礼しますと声を掛けてからドアを開けて助手席に乗り込んだ。
車内はシトラス系の香りがしてシートの座りごこちがとてもいい、生まれて初めて乗る高級車に緊張する。
大学時代、蓮美は学業とバイトが忙しくて免許を取る事ができなかった。
車も欲しかったが貯金が少ない事や滅多に遠出しなかった事が理由だ。
車内に落ち着くと狐乃は車を発進させる。
「バグについてのお話しってなんでしょうか?」
声を掛けたが何も言わない。
運転を続け、車はスピードを上げてどんどん道を進む。
「あの……」
忘れていた。
乗る前に向かう先を聞いていない。
「狐乃さん、どこへ行くんですか?」
通勤時の道から外れて大通りへと出る。
焦って声を掛けた。
「この間の話しを覚えてる?」
運転しながら彼が質問する。
「話しですか?」
何かあっただろうか。
「冷たいなぁ、金曜の夜に飲みに行こうって誘ったよね」
まさか。
「バグの話しというのは嘘なんですか?」
「そうだよ、君と飲みに行きたくて。俺は狐だから人を騙す事は平気でね」
「……嘘」
蓮美は嘘が苦手だ。
不器用な自分の性格を良く知っているからこそ、つくのもつかれるのも苦手なのだ。
軽かろうと重かろうと、為にならない嘘をつくのは良くない事だと思っている。
「降ります」
「ダメだよ、車を止めたりはしないよ」
察してはいたが彼は強引だ、しかしこういう形で巻き込まれるとは思ってもみなかった。
「付き合ってる彼氏がいるとか?」
「え、い、いません……」
個人的な質問をされたので面食らう。
尻すぼみになって答えるが、答えてからしまったと思う。
いるとこちらも嘘をつけばいいだけなのに。
不器用すぎる自分に嫌気がさす。
「ならよくない?」
あっさり言われ、なぜだか今朝の出来事を思い出す。
「彼氏なんかずっといませんよ……」
自身に向けて吐き捨てた言葉。
けれど分かっていた、自分は人間を心から信用していない。
理由の原因は両親だとわかっている。
中途半端な愛情を注がれる事も、注ぐ事も嫌なのだ。
傷つく事が怖い、傷つけるのも怖い。
それが恋愛だ。
なのに。
恋をした事も、してもいないのに怖い。
自分は潔癖すぎるのだろうか。
一人で傷つき一人で勝手に落ち込んでしまう。
それともこれは、命と同じように自分の殻を打ち破るきっかけなのだろうか。
「行き先だけでも教えて下さい」
諦めて尋ねると彼は前を見たままニヤリと笑う。
「俺の店だよ」
笑いながら、アクセル深く踏んでスピードを上げた。
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