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八章
57/狐達の誘(いざな)い
しおりを挟む時間は土曜日の午後の昼過ぎ。
都心を無数の車と人々が行きかう。
「蓮美さんっ、蓮美さんっ!」
隣の命が蓮美の肩をポンポンと叩く。
「早く渡りましょうっ!」
信号が青に変わるとスマホを手にして誰もが歩き出した。
遅れて歩き出した蓮美はみんな器用だなと、いつも思う。
「わかってるよ」
興奮気味にせかされ、並んで横断歩道を進んだ。
本日の蓮美は休み。
命も午前の勤務は休み、バグに備えて夕方からの勤務体制にした。
目指すはホストクラブ、Bluefire。
琉星の勧(すす)めで命の一日ホスト、見習い体験をしに行くのだ。
以前の命だったなら。
「行きたくないです……」
そう答えていただろう。
だが、誘いがあった経緯を話すと。
「それは楽しいのですかっ!」
と、テンション高めに聞いてきた。
わかっているのか不明だが、社会経験へのいい機会という事でお願いをさせてもらう。
悟狸には狐乃の店の従業員と命が知り合い、交流を深める体験学習だと報告していた。
「うんうん、いいねぇ。命君の更なる成長を願って、外出許可を出すよ」
大いに喜んでくれたが、犬威は泣いて見送る可能性があるので外出とだけ伝えてある。
肝心の狐乃だが、彼はたまに所を休むのだとか。
行き先については何も話さず、私用とだけ。
琉星達も理由については知らないらしく、何かと忙しい生活を送っているのは間違いないらしい。
この日も狐乃は勤務を休み、悟狸から後で知らせてもらう事にする。
蓮美は一旦、命と逢花市の駅、逢花駅で落ち合い、はるばるやって来た。
命は電車ではしゃぐはしゃぐ。
遠足に行く園児さながら、静かにするよう注意したりと大変だったが、都内に近づくにつれ静かになっていった。
「命君、電波が飛んでると思うんだけど平気?」
ニンマリ笑顔は無表情となり、少しだけ緊張をする。
周囲は手に手にスマホを持つ人。
「通信状態を外部からは遮断して、僕からのアクセスしかできない設定に切り替えています。買い物に行き出してからか、無理な繋がりはしなくなって最近は安定してきています」
「……問題はないんだ」
蓮美はバッグから琉星の名刺を取り出す。
「来る時は必ず持ってきて、ないと店に辿り着けないから」
名刺は手形と似た物らしく、持参しないと道に迷うと彼に言われた。
店はオフィス街の中にあり、周辺には大手の会社や銀行などがある。
立地からして狐乃らしいが、そこにホストクラブがあるとは思わない。
集客の対象を若者ではなく、懐具合(ふところぐあい)のいい中高年向けに絞っていると琉星は話していたが。
「こっちです」
隠れ家的、大人向けの社交場なら似つかわしいのかもしれない。
「凄いね、すぐにわかるんだ」
道順は命の検索から案内をしてくれた。
裏通りを歩き、角を曲がるとBlue Fireの入るビルが見つかったが。
「……ここなんだよね」
「はい」
小ぎれいなビルだが店の看板が見当たらない。
「間違いないんだよね?」
「間違いないです」
以前は夜で看板を見た記憶はなかったが、どうやら元からなかったようだ。
クラブな印象は見当たらないが、間違いないのだろう。
「……?」
なぜだか所と似た違和感がする。
表通りと違って空気が重いというか、何かが感覚に訴えた。
「ここに結界が張ってあります」
命はビルを見上げる。
「目に見えないのにわかるの?」
「一応はこの国の神です、わかりますよ」
猫の暗示にかかって散歩に連れ出した折、古びた道祖神に導かれたが、あれも関係しているのだろうか。
「こんなの余裕で見抜けます、蓮美さんは僕を神だと忘れていませんか?」
「忘れてないよ……」
彼なりに特別な見識が宿っているらしいが、日頃の奇抜な振る舞いからして伺い知るのは無理である。
「狐乃さんがかけた術みたいですね、立ち入る人間を限定されています」
「私が来た時はお金を沢山持ってなかったけど、入れたよ」
財布の中身を心配した事だけはしっかりと覚えている。
「そういう事ではなく、お酒に依存したり、やりくりに困っている人など事情のある場合だと思います。お金があっても余裕がある分だけを使う様に、パイセンらしいですね」
狐乃の能力について知らなかったが、そんな事ができるのかと問うと。
「眷属は不健全を嫌います。神々だって神社にお賽銭一つを入れても、お金から持ち主の記憶や素性を読み取りますから。欲をかくと痛い目をみます、蓮美さんも気を付けてください」
あっさりとんでもない事を聞いてしまった。
過去におかしな願いを神社でしていないかと思い出す。
「バチが当たるとか?」
「バチは当たりませんが、身の程に合わない願いを安易にしなければ大丈夫です。十円玉一枚で億万長者になりたいとか、努力に見合わない願いを神々は聞き入れません。大体……」
と、急に押し黙った。
「大体?」
黙る。
空を仰いで黙る。
「大体、何?」
何も言わない。
空を仰いだまま。
「……知らない方がいいですよ、それでも聞きたいですか?」
「え……」
予想に反してホラー感が出てしまった。
夜に思い出しそうなので余り触れたくない。
「いいよ、きょ、興味ないから。全然興味ないから」
人知の及ばない話しをされても困るので、話題を戻す。
「所にも結界があるんだよね。命君は神様だから、狐乃さんのでも平気なの?」
前に命は店の正面から入って来ていた。
自分に会いに。
ブスって言って、謝りに。
「僕には眷属でも人でも仕掛けた術は通用しません、破って通ります」
通用しない。
破って通る。
『我々も神々に繋がるルーツを持ってはいるが、人の姿をした神の力には到底及ばない。万が一何かあれば抑える事や制御してやる事は非常に難しい』
悟狸は命との力関係について語っていた。
彼の能力が暴走したとしたら、止める相手はいるのだろうか。
「さあっ、行きましょうっ!」
疑問も不安も、本人はどこ吹く風。
心配ではあるが、世界がどんなものかを知って欲しい。
社会と。
人間と。
命との関わりを。
「待って、命君」
その為にここへとやって来たのだ。
神としても、人としても。
行くべき道を見誤らない為に。
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