やおよろず生活安全所

森夜 渉

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七章

56/変革前

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出勤前の金曜日の昼。
琉星はマンションの自室で顧客のデータをパソコンに纏めていた。
足を運ぶ時期、時間、落としていく金額、好みや趣味など。
これらは狐乃の進めで始めた物だった。
無駄を嫌う彼から指導を受けて試してみたが、データ化してから客の受けは前より良くなっている。
内情は極秘だが、店は投資家や資産家などの太客が主に占め、狐乃は裏で金融の情報を集めているとか、いないとか。
そんな噂が仲間内では流れていた。
実際、纏めたデータは共有もしている。
掘り下げて聞いたりはしないが、彼が何かしらの目的を持って社会に潜り込んでいるのはと、スタッフは密かに考えていた。
「ん?」
キッチンのテーブルに置いていたスマホが鳴っている。
「お客かな?」
店では仕事用のスマホを割り当てられている、かかってきているのはそちらだ。
取りに行くと知らない番号からだった。
客なら名前が表示されるがそれもない、ないなら間違いか迷惑電話なのか。
「蓮美ちゃんかな?」
頭に浮かんだのは蓮美だった、こないだ名刺を渡したばかりでもある。
人のいい彼女なら歓迎だ。
関係者以外なら拒否ればいいと、スマホの受話ボタンを押した。
「……はい」
「僕だよっ、僕僕っ、僕だけっ!」
ブツッ。
反射的に通話を切った。
「今のって……」
独特な呼びかけに身に覚えがある。
神である命だ。
またかけてきたのはいいとして、なぜ今回は電話番号が表示されたのかと混乱した。
彼からは非通知でかかってくる筈ではなかったか。
心の準備ができていなかったせいで、変な汗が全身から噴き出る。
「僕だよっ!」
僕では誰だかわからない。
画面を見ていると、着信音がまた鳴った。
「すーっ……」
過剰なスキンシップ、圧やモラハラなんのその。
品のいい客ばかりではない。
色欲とエゴとまずい酒も飲み干して、化かし化かされ人間社会で生きている。
売れっ子なりの根性をみせようと、深い呼吸をして受話状態をスピーカーにした。
「……はい」
「琉星さんですか……?」
さっきと違い、若い女性の声。
「もしかして蓮美ちゃん?」
「そうです、さっきはすみません。休憩時間にかけてるんですが、電話をしたら命君に奪われて……」
電話に出てみたぁいと、ゴネる声が漏れてくる。
ダメだよ、向こうで話すから盗み聞きとかしないでね、と会話がした。
ガサガサ音がして無音。
場所を変えるのだろう、数分して。
「今、電話はいいですか?」
「大丈夫だよ、自分の部屋にいたし」
パソコンをスリープにすると彼はソファーに座った。
「この間は買い物に付き合ってくれてありがとうございます。命君、喜んでました。ただ、二人が買い物に来てくれた事は内緒にしてあります、説明が長くなりそうで……」
「いいよいいよ、でも役に立てて良かった」
彼女とわかって噴き出た汗も引いていく。
「それで、名刺をもらったのでお店に……」
「蓮美ちゃんなら無料でサービスするよ、空いてる日を調べるからちょっと待っ……」
アプリのカレンダーを開こうとして、画面を切り替えると。
「命君もいいですか……?」
「えっ?」
この返事には、さすがに琉星も固まった。
「お店でのお酒の出し方とか、皆さん凄く様になってて。命君に大人の場っていうか、マナーを知る勉強になるかなと思って。少しの時間でいいんです、でも男の人と行っていいのか知らなくて……」
休んでいる時は何をしてるのかと尋ねたら。
「ネットで取り寄せた本を読んだり、コンビニで買ったお菓子を食べたり……」
社畜と自称していたが、満足な休みを過ごした事があるのかわからない。
彼らと知り合えたのは狐乃の計らいだが、他人と関わる事で距離感が掴めないだろうかと思っていた。
今のままでは姉代わりが続いてしまう、対等な関係を持てる相手はやはり同性しかいない。
ただし、協力してくれる人物は命の正体を知り得る相手でなければ。
頼めるとしたら彼らだ。
「そっか、そういう理由なら……」
琉星はしばらく考え。
「同業じゃなきゃ男のお客でもいいけど。ならさ、店が開いてない時間に二人で来てみたらどう。その方が気兼ねがいらないよね」
「いいんですか?」
「社会勉強をさせたいんだよね、あの神様に」
「そうです……」
「俺らもね、狐乃さんに拾われた頃は人間の勉強をしてたんだ。見習いの研修も含めて。洲汪さんが厳しくてさ、結構大変だったよ」
狐乃のマネージャーである洲王を思い出した。
命に向けた鋭い眼差しを思い出す。
「洲王さんは来ますか?」
「開店前にしか来ないから安心していいよ。時間は二、三時間かな、堅苦しくしないから大丈夫。ゆるい感じで体験していくといいよ」
「ありがとうございます」
やはり彼らは頼りがいがある。
実は彼女自身がお店に行ってみたいが、一人では不安という本音もちょっとあったりした。
男子と接点のない自分だが、彼らだと甘えてしまいそうになる。
だが。
「ところで体験って、なんでしょう……?」
「神様の一日ホストの体験入店だよ」

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